テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
夕飯の席。
今日も赫の好きなものが多かった。
「無理しなくていいからね」
「今日は早く寝よ」
「食べられる分でいいぞ」
赫に向けられる言葉が、
次々と、柔らかく落ちていく。
赫は小さくうなずいて、
どこか申し訳なさそうに箸を動かしていた。
その光景を、
翠は黙って見ていた。
——いいな。
喉まで出かかった言葉が、
思ったより簡単に零れた。
「……いいな」
小さな声だった。
独り言のつもりだった。
でも。
「は?」
桃の声が、低く落ちる。
「今、なんて言った?」
翠ははっとして顔を上げる。
しまった、と思ったときにはもう遅かった。
「……別に」
「なんでもない」
その誤魔化しが、
火に油だった。
「“いいな”って聞こえたけど」
茈の声も、いつもより硬い。
「赫が心配されてるのが、いいって?」
箸を置く音が、やけに大きく響く。
「翠」
桃がまっすぐ見てくる。
「赫がどれだけ苦しんでるか、分かってて言ってる?」
胸が、きゅっと縮む。
「……違う」
「そういう意味じゃ……」
「じゃあどういう意味だよ」
茈の言葉は刺すようだった。
怒ってる。
完全に。
「赫はな」
「今、限界なんだぞ」
「家族みんなで守らなきゃいけない状況なんだ」
その“みんな”の中に、
自分が含まれていない気がして。
翠は、視線を落とす。
「……分かってる」
「分かってるから……」
だから、
俺が我慢すればいい。
そう言いかけて、
言葉が喉で潰れた。
「翠にぃ……」
赫が、不安そうに名前を呼ぶ。
その声で、
翠の中の何かが決定的に折れた。
「……ごめん」
それだけ言って、
それ以上、何も言えなくなる。
桃は深く息を吐いて、
少しだけ声を荒げた。
「今は赫が優先」
「翠は、後だ」
——後。
その二文字が、
胸に重く落ちた。
「……うん」
返事はできた。
でも、味はもうしなかった。
ご飯を口に運んでも、
噛んでる感覚が遠い。
頭の中で、
同じ言葉がぐるぐる回る。
いいな。
いいな。
いいな。
羨ましいって、
思っちゃいけなかったのに。
コメント
2件

あああああほんとにああぁうーこれは最高すぎるあああもう心が痛い