テラーノベル
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夕暮れ時の淡い光が、ガラス張りの『Patisserie SNOW』の店内を優しく染め上げている。
厨房からはバターとバニラが混ざり合った香ばしい甘い香りがふわりと漂い、外の冷たい空気と心地よいコントラストを描いていた。
ショーケースの奥に立つ阿部は、手際良くパレットナイフを動かしながらふと顔を上げた。
(……あれ?)
昨日の夕方、ケーキを買っていったあの背の高い高校生の姿が店内のガラス窓の向こうにちらりと見えた気がした。
制服のブレザーをきっちり着込んだその少年、目黒蓮はまるでこれから敵陣に乗り込むかの様などこか強張った表情で店の前を行ったり来たりしている。
(もしかして…、また来てくれたのかな?)
昨日、ケーキの入った箱を渡した時は顔を真っ赤にしてまるで逃げる様に店を飛び出して行ってしまった。
あの初々しすぎる反応が阿部の記憶には妙に鮮明に残っていた。
クスッと小さく笑みをこぼしながら、阿部は手についた粉を軽く払い、あえて店内の少し目立つ位置に移動して待つ。
間もなくカランコロン、とドアベルが軽やかな音を立てた。
💚「いらっしゃいませ!」
阿部がいつもの明るい笑顔で声を掛けると、目黒はびくりと大きな体を跳ねさせた。
案の定、今日の目黒も緊張でガチガチに固まっている。
足元こそしっかりしているが、視線がどこを向いていいか分からずきょろきょろと泳いでいた。
💚「いらっしゃいませ、昨日はありがとうございました!お誕生日ケーキ、いかがでしたか?」
その言葉に目黒は数歩前へ歩み寄り、深々と頭を下げた。
🖤「……っ、う、美味かったです! めちゃくちゃ!!」
💚「ふふ、よかったぁ。今日はどんなケーキをお探しですか?」
首を傾げて見上げる阿部の笑顔に、目黒の心臓は昨日と同じ様に、いや、昨日を越える猛スピードで暴れ回り始めた。
(やばい……、綺麗だし、爽やかだし、何より可愛すぎる……! やっぱ昨日の今日で来たの絶対不審がられてるだろ……!)
頭の中で、数時間前に康二達から言われたアドバイスが走馬灯の様に蘇る。
『まずは「常連客」のポジションをゲットするんや!』
『「昨日買ったケーキが美味しかったんで、また来ました」って言え!』
🖤「き、昨日の、ショートケーキが……すっげぇ美味しかったんで……っ!」
目黒は必死の思いで声を絞り出した。
少し声が裏返った気がしたけれど、今の彼にはそれを気にしている余裕など微塵もない。
🖤「っ、だから……、今日は、別のやつも食べてみたくて……プリンとか、ありますか!?」
勢いよく言い切った目黒の額には緊張と焦りでうっすらと汗が滲んでいる。
その不器用で、でも一生懸命な様子に阿部は胸の奥がキュッと締め付けられる様な、形容し難い愛おしさを覚えた。
あんなに赤くなって逃げたのに、わざわざまた足を運んでくれたのだ。
💚「プリンですね! 今日ちょうど作りたてのカスタードプリンがありますよ。たまごの風味がしっかりしてて、すごく滑らかなんです」
阿部は眩しい笑顔を向けながら、ショーケースの下段からガラス瓶に入ったプリンを丁寧に箱へと並べ始めた。
💚「あの、よかったら……僕の名前、阿部亮平って言います。名前も名乗っていなかったから、なんか変に思われてたら嫌だなと思って」
トングを動かしながら、阿部がふっと柔らかな声で告げる。
その思いがけない言葉に、目黒は目を見開いた。
はるにし
72
りー
69,261
1,327
🖤「……あ、べ……さん」
目黒は、その名前を頭の中でそっと反芻する。
阿部、亮平、さん。
響きだけでなんだか柔らかくて温かな人だという事が分かる気がした。
🖤「俺は……、目黒、蓮です。高校2年……っす」
💚「目黒くんね、うん、覚えたよ!ありがとう、目黒くん。また来てくれて嬉しい!」
プリンの詰まった箱にリボンを掛けながら、阿部がふっと目を細めて微笑む。
その無防備で真っ直ぐな笑顔を見た瞬間、目黒は(あ、これもうダメだ……)と、自分の恋の行方を完全に悟ったのだった。
💚「はい、お待たせしました。プリン、また気に入ってもらえると嬉しいな」
🖤「あ、ありがとうございます……!」
震える手でケーキの箱を受け取り、目黒は今度こそ逃げ出さない様に、しかし耳まで真っ赤に染め上げながら深々と頭を下げた。
会計を終えて、カランコロンと再びドアベルが鳴り、目黒が店を去っていく。
その後ろ姿を阿部は少し名残惜しそうに、そしてどこか温かい瞳で見送った。
💚「……目黒くん、か……」
カウンターに残り香の様に漂う甘い空気の中、阿部は自分の胸の奥がほんのりと熱を持っている事に気付く。
年の離れた、少し不器用で真っ直ぐな高校生との小さな出会いがこの静かなケーキ屋の日常に、ふわりと新しい風を吹き込んでいる事をこの時の阿部はまだ知らない。
コメント
3件

うー がんばっね🖤 ケーキ屋で働く💚に会うだろうな🥰 上手くいきますように。
ああ、もう、この距離感がたまらないですね……! 阿部さんが自ら名前を教える場面、すごく好きでした。お店の人の「お客様対応」じゃなくて、一人の人間として目黒くんにちゃんと向き合おうとしてるのが伝わってきて。そして目黒くんの「これもうダメだ」っていう悟りの瞬間、青春がぎゅっと詰まってて笑っちゃいました。不器⽤なのに真っ直ぐで、見守りたくなる主人公ですね。プリンにリボンをかける阿部さんの姿も、あたたかくて素敵でした🤍