(絶対、顔合わせないんだから……)
祝う気持ちもあったし、言葉もかけたかった。でも、会わせる顔がないし、変に目立つのも嫌で、本日の主役が会場入りしてからも、私はブライトと一緒にいた。ブライトも何処にも行かない様子ではあったが、私が変な雰囲気をかもし出していたのか、終始苦笑いをしていた。
「エトワール様、そんな風に顔歪めていたら、顔に刻まれちゃいますよ……」
「ううぅ、でも、でも……てか、ブライトは私と一緒で良いの?」
一緒にいてくれているわけではないのだろうが、彼は何も言わずに側にいてくれた。ブライトは優しい人だし、気を遣ってくれているのだろうとは思っているんだけど。まあ、それもあるだろうし、立場が悪くなったから話にいかないだけかも知れないけれど。
兎に角、周りも私達に気づいている様子はなかった。
「何か魔法でもかけた?」
「魔法ですか?」
「誰も話し掛けてこないから……まさか、私達の存在に気づいていないのかも、とか思っちゃって……私の気のせい?」
「僕は魔法をかけていませんが……」
「じゃ、じゃあ、単純に嫌われているってこと!?」
「エトワール様、あまり大きな声を出すのはどうかと」
ちらりと、ブライトは周りを見ていた。それでも、周りの人達は私達を気にする様子はなく、リースに挨拶に行ったり、トワイライトに挨拶に行ったりしていた。おかしいくらい、私達の存在に気づいていない。
かといって、気づいて声をかけられてもどんな反応をすれば良いのか分からないから、関わらなくてもいいのだけれど。
(単純に嫌われているからっていうのもあるのかもね……)
今日は、皇太子と聖女の結婚式、パーティーで、変な波風を立てたくないから声をかけに来ないのかも知れない。皇帝がいたとして、祝いの席で、誰かを罵って笑いものにしたところでいい雰囲気にはならないだろうから。気づいて、皆近付かないのだろう。私に文句は言いたいのかも知れないが、それを堪えているのかも。
そんなマイナス思考になりながらも、私は、ブライトに渡された小さなクッキーを食べていた。本当は、割って入って料理を食べに行きたいのだけど、それすらする気になれなかった。お腹は勿論すいていたけれど、動く気になれなかったのだ。
「何か、お話でもしますか?」
「お話?何か面白いことでもあるの?」
「い、いえ……その、エトワール様が気を悪くしているのではないかと」
「何かはっきり言ったね。でも、凄く気遣い嬉しい。面白い話何も出来そうに無いなあ」
ブライトは、気を遣って聞いてくれたが、話す気にもなれなかったあ。
自分に嫉妬心があるなんて思いもしなかった。リースがトワイライトと結婚したことにたいしてなのか、何なのか。でも、トワイライトを恨んでいるとかでもなくて。何に嫉妬しているのか自分でも分からなかった。ただ、この空気のなか、私がいるのは場違いな気がして、辛かったのはそうだ。
(嫌がらせ……嫌がらせなのよね……)
地味にいたい嫌がらせ、精神的苦痛。エトワール・ヴィアラッテアは本当に性格が悪いと思った。もしかしたら、この会場にいて、私の惨めさを笑っているのかも知れない。何ても思って、私は酷く腹が立っていた。
「ブライトは、最近……いや、私がいなくなってからどうだった?」
「最近ですか……僕は変わらず。周りの貴族からはよく思われていないようですし、虎視眈々と、皇帝に好かれ地位を上げようとする貴族もいました」
「そう……貴族ってそんな簡単に、地位とか上がったりするの?」
「帝国への貢献度は一つ鍵になってくるかも知れませんね。ですが、最近大きな戦争もないですし、帝国への貢献が出来るといえば、ラジエルダ王国の復旧作業……支援、とかでしょうか」
「ラジエルダ王国……」
久しぶりに聞いた国の名前に、私はそう言えば……と、色々と思い出していた。混沌との最終決戦の土地。ヘウンデウン教が支配していた土地。本当にあそこには色んな思い出がある。といってもいったことは三回ほどで、島国とは言え、国土一周なんて出来てはいない。どれだけ大きいのか、把握さえしていないかも知れないのだ。それは良いとしても、まだ復旧作業は続いているようで、ヘウンデウン教が住み着いているとかもまだ噂に聞く。ヘウンデウン教との戦いはまだ完全には終わっていないのかも知れない。
それに、ラジエルダ王国といいながら、そこの王族はもういないわけで、ラスター帝国と合併して国自体は消えるのではないかと思っている。そのために、今復旧作業をしているのかも知れない。
(グランツは、別に地位とかは気にしなさそうだし……)
彼がラジエルダ王国の第二王子であることを知っている人間も少ないだろう。ユニーク魔法を持っている時点で、他とは違うと気づいて欲しいところだが、鈍感な彼らは気づかないだろう。それに、グランツ自身、権力を嫌っている為、自分が返り咲こうとは思わないのかも知れない。でも、少なからず、ラジエルダ王国には思い入れがあるようで、もし出来るなら自分の手で国を復活させたいともいっていた。その場合、権力を手にすることになるだろうが、それは彼は良いのだろうか。
「ラジエルダ王国は、どうなるの……かな」
「分かりません。今のところは、ラスター帝国の所有地になるのではないでしょうか。あそこに有力な貴族が住み着くかも知れませんしね」
「そう……なんだ。私にはよく分からないけれど。どの貴族が領地を明け渡されると思う?」
「それもまだ……ですが、ブリリアント家ではないことは確かでしょう」
「え……」
「今ですら、領地を一割、二割ほど持っていかれましたし、これからもっと削られるかも知れません」
「それって……」
「ですが、これまでの貢献がある為、爵位が剥奪されることはないでしょう。まあ、なんとも言えませんけど」
と、ブライトは話してくれた。それは大問題なんじゃないかと私は思ったが、彼はか細く笑うばかりで、その腹の中で何を考えているか分からなかった。ブライトが背負ったもの、ブリリアント家が言い渡されたものは彼らにとってとても酷なものだったと思う。そんなことになっているなんて知らなかった。それは、皇帝がいったことなのだろうか。それとも、そういう議会で話し合って決まったことなのだろうか。
ブライトは若いし……そりゃ、若い領主もいるだろうけど、年上の人達が若者を潰そうとしてやったことかも知れない。まだ口出しが出来ない若いうちに……とか。
考えすぎかも知れないけれど、ブリリアント家がヘウンデウン教に寝返ったこと、混沌を匿っていたことは、これからもずっと足枷になるだろうということだった。
「ブライトは……」
「大丈夫です。心配しないでください。絶対にブリリアント家は僕が守りますし、僕の代で途絶えさせはしませんから。信用を勝ち取ってまた元の姿に戻せればと思っています。それに、彼が皇帝になるんです……きっと、これまで以上にラスター帝国はいい国になっていくはずです」
「そう、そうだよね。リースが、皇帝になるんだもん。きっと、いい国になっていくはず」
ブライトはにこりと笑っていた。ブライトも、リースのことを信用しているんだと何だか嬉しくなった。自分事のように誇らしくもなった。全く無関係な人間といわれればそれまでなんだけど。
「エトワール様は、殿下に挨拶に行かなくていいのですか?」
「リース……に?」
「はい……確かに立場や、周りの目を気にして動けないというのも分かりますし、心中お察しいたしますが……」
「う、うん……挨拶、挨拶ね」
ブライトにいわれ、それまでに上がってきた気持ちが一気に下落した気がした。リースのことを考えないようにしていたのに、そういう風に話をしていたのに、何故此の男はいったのかと、理不尽にもきれてしまいそうだった。私はその気持ちを飲み込んで、人だかりが出来ている方を見た。
リースも人と関わるのが嫌いなタイプで、あんな風に囲まれるのはいや何じゃないかと思ってしまった。でも、仕事というか、これからそう言う機会が増えていくと考えると慣れないといけないのかも知れないと。もし、私がリースの隣に立っていたら、そういう風に一緒に責任とか、人とか背負っていかないといけないのかなとも想像した。それが果たして自分に出来ることなのか。ただでさえ、人がそこまで好きじゃないのに。
(じゃあ、やっぱり、トワイライトの方が……)
彼女は何でも出来るし、リースを支えてくれるだろう。私なんかよりも、彼の隣にいて優秀だし。
「エトワール様、また眉間に皺が寄っていいます」
「うう……分かってるわよ」
何だか挨拶に行けと避けされているようで、私はブライトを睨み付けた。ブライトはまた苦笑いをして視線を逸らした。すると、彼のアメジストの瞳が誰かを捕らえ、何度か瞬きしていた。私は誰か珍しい人物でもいたのかと彼の視線の先を追えば、脳裏に鮮明に思い出される、あの紅蓮が視界を覆った。
「よっ、エトワール」
「あ、アルベド!?」