テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ふろふき大根
・・・・・・・・・・
霞柱に就任した無一郎くん。柱になった彼には彼の為のお屋敷が建てられた。
柱の皆さんはそれぞれ、好みや用途に合わせたお屋敷を建ててもらっているみたいだけれど、無一郎くんは特にこだわりがあるわけでもなかったので、広い道場付きの、よく見るような立派なお屋敷が建てられた。
今まで産屋敷邸にいた無一郎くんが、完成した霞柱邸に引っ越す。荷物なんて、隊服と寝間着と下着くらい。あとは任務に大事な刀とか。そんなだからすぐにお引っ越しが終わった。
私も半分ずつお世話になった産屋敷邸と、隊士の宿舎から自分の荷物を運び出す。それぞれの柱のお屋敷には、お世話をする隠の為のお部屋もいくつか用意されているので、そのうちのひと部屋を使わせてもらうことにした。
柱の候補のお話があったけれど、それは無一郎くんに託して自分は霞柱専属の隠として鬼殺隊に仕えることにした私。頑張らなくちゃ。任務には一緒に行けなくても、普段の生活の面で無一郎くんを支えてあげたい。
『時透様』
「えっと、誰だっけ?」
お屋敷で声を掛けた私に、無一郎くんが首を傾げる。
『本日より時透様の専属の隠となりました、宝生茉鈴と申します。よろしくお願いいたします』
いくら幼馴染みでも無一郎くんはもう上司だから。それその如く接しなきゃ。
礼儀作法や言葉遣いには、小さい頃から両親に厳しく躾けられた。料理もお裁縫も、お花やお茶等のお稽古事も、“どこに出しても恥ずかしくない娘”として育てられたので、歳下と言えど上官の日常のお世話をすることには少し自信があった。
「ああ、そう。せっかく自己紹介してくれたのに悪いけど、僕は物を覚えてられないから。明日には…いや、何時間か後にはもう君のこと忘れちゃってると思う」
そうだよね。分かってる…分かってるんだけど。面と向かってそう言われちゃったら、やっぱり悲しい。でもいちいち凹んでなんかいられない。
『大丈夫です。必要な時はまた聞いてくださいね 』
必死に笑顔を作る。覆面から覗いた目だけで笑っているのが伝わるように、きゅっと目を細めて。
「うん」
無表情な無一郎くん。私の言葉に短く返事をした彼は、さっさと道場へと鍛錬に行ってしまった。
廊下にぽつんと取り残された私は、泣きそうなのを堪えながら大きく深呼吸をして、台所に向かいお昼ごはんの準備に取り掛かった。
『時透様。お食事の用意ができました』
「…あ、もうそんな時間か。分かった」
鍛錬に集中していた無一郎くん。私が差し出した手拭いで汗を拭いている。
『どうぞ』
「…!いっぱい作ったんだね」
食卓に並んだ料理を見て、無一郎くんが少しだけ目を見開いた。
『一汁三菜は基本ですからね。時透様は育ち盛りでいらっしゃいますから、たくさん食べていただきたくて』
「そう。…いただきます」
箸を手に取り、料理を口に運ぶ無一郎くん。
「あ…美味しい」
表情こそ乏しいけれど、素直に感想を述べてくれた彼に、嬉しくて涙が滲んだ。
『…っ…。お口に合ってよかったです』
こっそり袖で涙を拭って笑顔を作る。
「……これ…」
『どうかなさいましたか?』
「これがいちばん美味しい。…ふろふき大根っていうのかな?」
無一郎くんの手には彼の好物のふろふき大根が入った器。
記憶を失くしてしまっても、好きなものは変わらないんだね。作ってよかった。
『ふろふき大根、で合ってますよ。お好きなら、また作ります』
「ほんと?」
私の言葉に、無一郎くんはぱっと顔を輝かせた。
『はい。お嫌でなければ毎日のお食事でふろふき大根をお出しします』
「嫌じゃない。毎日食べたいくらい美味しい。約束ね」
『はい!』
無一郎くんが微かに笑った。
目を覚ましてから、無一郎くんの顔から笑顔が消えてしまって悲しかった。でも、今久し振りに彼の笑った顔が見られて本当に嬉しい。
『時透様。他にも食べたいものがございましたらいつでも仰ってくださいね』
「うん。ありがと」
無一郎くんが心なしかいつもより明るい表情でごはんを食べ進める。私が作った料理を。嬉しい。
“茉鈴が作ったごはん美味しい!”
“全部大好き!”
“また食べたいな!”
“今度俺にも作り方教えて!”
あの頃の無一郎くんと、今は亡き有一郎くんの言葉が頭に蘇る。
ありがとう。2人がくれた“美味しい”の言葉、ずっとずっと私の宝物だよ。これからもいっぱい、栄養たっぷりのごはんを作るからね。
続く