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役目
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霞柱専属の隠となった私は、その名の通り、霞柱の身の回りのお世話をする。寝起きの悪い無一郎くんを起こすところから始まり、食材の買い出し、食事の用意、片付け、お洗濯、掃除、寝床の準備…などなど。
無一郎くんが任務で怪我をした時は、軽症で済んだ場合は私が手当てをする。隊服が破れたり穴が空いたりした際にも繕って綺麗にする。
銀子ちゃんに頼まれて、報告書を代筆することもあった。
変わらない日常。
無一郎くんは食事の度に、私が作ったふろふき大根をすごく気に入ってくれて、「これがいちばん美味しい」「また作って」と言う。でもそんなやり取りをしたことも、次のごはんの時間には忘れてしまっているから。毎回のように同じ約束をするのだった。
隠も年中無休で働き詰めというわけにはいかないので、月に決まった回数のお休みがある。
普段もお屋敷には何人かの隠がいて、役割分担しながら仕事をしている。私が非番の時には他の隠の仲間が無一郎くんのお世話をすることになっていた。
無一郎くんにとって、私はどんな存在なのかな。
顔も隠れているし、記憶を維持できない彼にとっては、私も他の隠も大して変わらない“その他大勢”なのかも。
でもそれでいい。とにかく私は、無一郎くんの傍で彼を支えていくことを望んだのだから。
私が作ったごはんを、毎回「美味しい」と言って食べてくれる。こんな嬉しいことはないじゃない。
守らなきゃ。無一郎くんを。有一郎くんにもしてあげたかったことや叶わなかったこと全部、無一郎くんにやってあげたい。身の回りのお世話はもちろん、彼がつらい思いをしている時は私がいちばん近くで支えて元気づけてあげたい。
そう願いながら、私は今日も仕事に取り掛かる。
霞柱に就任した僕。僕の為に建てられた屋敷では今日も数人の隠の人たちが働いている。
僕と同じ時に柱就任の声が掛かった隊士は、柱を僕に任せて自分は霞柱専属の隠となったらしい。でも顔が隠れている上に、僕は人の名前も顔もちゃんと覚えていられないから、隠になる前に顔を見た筈のその人がどの隠なのか分からなかった。
掃除をしてくれる人、洗濯をしてくれる人、ごはんを作ってくれる人。どの人かな。どの人があの隊士なんだろう。考えたって分からないし、もし気付いたとしてもすぐ忘れちゃうんだけど。
『時透様。お食事の用意ができました』
(声の高さから察するに多分)女の子の隠に声を掛けられて食事に行く。
綺麗……。
つやつやに炊きあがったごはん、味がしみているのがひと目で分かる見た目の大根、ほうれん草の白和え、美しく巻かれた玉子焼き、湯気が立ちのぼる味噌汁、うさぎの形に切られたりんご。
「いただきます」
箸で料理を口に運ぶ。ああ、すごく美味しい。
「美味しい。これがいちばん好き」
『ふろふき大根ですね。時透様は本当にこれがお好きなんですね』
隠の人が目を細めて笑った。琥珀色の瞳が印象的だった。
「うん、好き。また作ってくれる?」
『もちろんです』
僕はこの味を知っている気がする。自分が忘れているだけで、度々作ってもらっているのだろうか。
ある日の昼食。ふろふき大根が出された。なぜか胸がときめく。自分が好きなものなのかな?
でも。
「…?」
美味しいんだけれど。何か違う…?
何だろう。この違和感は。
「霞柱様。どうかされましたか?」
隠がたずねてくる。
「いや、えっと……」
「お口に合いませんでしたか?」
「ううん、そんなことはない……。美味しいよ…」
歯切れ悪く答える僕に、隠がピンときた顔になった。
「本日は普段霞柱様のお食事の用意をする者がお休みをいただいておりまして。その者から霞柱様がふろふき大根がお好きと聞いていたので、別の者が作ったのですが…。味付けが違っていたようですね」
「…あ、そうだったんだ」
やっぱり味が違っていたのか。それに気が付くくらい、僕はその人が作るふろふき大根を食べていたのかな。
「その人の名前は何ていうの?…聞いても忘れちゃうだろうけど」
「“宝生茉鈴”と申す者です。…私共も味見や賄いで彼女の作った料理を食べますが、本当に美味しいですもんね。戻ってきたら伝えておきます。きっと喜びますよ」
「そう……。ほうしょう…まりん……」
何だろう。どこかで聞いたことがあるような、ないような。
忘れてしまうかもしれないけれど、せめてもの悪足掻き?に、僕はその人の名前を復唱するのだった。
熱が出た。高い熱ではないけれど、明日になっても下がらなかったら蝶屋敷に行こうと銀子に言われた。
幸い、任務は入っていなかった。僕の担当地区の警備は近くを担当している狼の人と梟の人が分担して見廻ってくれるらしい。
「銀子、ごめんね。…狼の人と梟の人にも迷惑掛けちゃった…」
《ナンニモ気ニシナクテイイノヨ、無一郎。疲レガ溜マッテタノネ。ユックリ休ンデ。不死川サント煉獄サンモソウ言ッテイタワ》
「うん……」
鬼殺隊の生活は不規則だ。鬼は夜に出没するから任務は夜から朝にかけてだし、昼間は稽古をしたり町を見廻って安全を確認したり。寝る時間もバラバラだから体調を崩しやすいのだと銀子が教えてくれた。
『時透様』
寝室の襖の向こうから声が聞こえた。
僕が目配せして、銀子が返事をする。
《茉鈴ネ。入ッテイイワヨ》
『失礼いたします』
琥珀色の瞳をした隠が入ってきた。
『具合はいかがですか?食欲がおありなら何か消化にいいものをお作りしますよ』
「ん……」
隠は僕の額に乗せられた手拭いを取り、枕元の桶で軽くすすいで絞り、再び額に乗せた。
《茉鈴。無一郎、オ腹ハ空イテルト思ウノ。オ粥デモイイカラ作ッテクレルカシラ?》
『分かったわ、銀子ちゃん。時透様、お粥と、他に何か食べたいものはございますか?』
食べたいもの……。
「…何か、甘いの食べたい……」
『承知しました。ご用意しますのでお待ちくださいね』
「うん…」
《オ願イネ》
隠が部屋から出て行った。銀子が傍にいてくれているのに、なぜだか心細いと思ってしまった。
「…銀子、あの人、“まりん”って言った?」
《エエ、ソウヨ。アノ子ガ霞柱専属ノ隠ノ宝生茉鈴ヨ》
ほうしょう…まりん……。必死で覚えようとした名前な気がする。
《アノ子ガ仕事ノ時ハ、食事ノ仕度ハ主ニ彼女ガシテクレテイルノヨ》
「そう……」
しばらくして、あの隠が戻ってきた。
『お待たせいたしました』
あ…いい匂い……。
『時透様、お身体を起こせますか?』
「うん…」
《無一郎。ユックリデイイワヨ》
隠に支えてもらいながら身体を起こす。
『無理はなさらないで、食べられる分だけでいいですからね』
「うん。いただきます」
普通の白いお粥ではなく、玉子のお粥だ。出汁のいい香りが鼻腔を擽る。
お匙で掬って口に運ぶ。玉子のまろやかな味が口の中に優しく拡がる。
「…美味しい」
『よかったです』
玉子のお粥、本当に美味しかった。ひと口食べたら急に食欲が湧いてきて、器に入っていた分を全部平らげてしまった。
『お腹に余裕がございましたら、こちらもどうぞ。甘いものが食べたいと仰っていたので』
小さめのお椀に入れられた、透き通った黄色の液体。とろみがついているのが分かる。
「これは?」
『りんごの葛湯です。身体が温まりますよ』
そっと掬って数回息を吹き掛け、口に含む。甘くて美味しい。りんごのいい香り。
「美味しい。好きな味だ…」
『気に入っていただけてよかったです。また作りますね』
「うん」
《ヨカッタワネ、無一郎》
お粥も葛湯も完食できた僕を見て、銀子も嬉しそうに笑っていた。
隠に手伝ってもらいながら布団に身体を横たえる。
お腹いっぱいになって、身体がぽかぽかで、なんだか眠くなってきちゃった。
心地良いまどろみの中、僕はゆっくりと意識を手放した。
“む…ちろ……!!”
“お前らみたいな……な…は…、いても……、なくて……、つまらない……なん…らよ!”
“神様…、仏……、ど…か……、お……します……”
何だこれは。
血だ。大量の。
誰だ?“誰か”が僕を庇って……。
“何か”に対して怒りが爆発した。
“むいち…くん……、ゆ…■■くん、また明日…、会い……てね。……束よ… ”
心配そうな“誰か”の声。
再び目の前が真っ赤に染まる。
黒い…着物…?青黒く変色した……腕…?蛆が湧いて…匂いもすごくて……。でも離れたくなくて……。
嫌だ!怖い!!誰か!!
誰か来て!
■■さんを助けて!!
僕を独りにしないで…!!
「うわあああぁぁっ!?」
自分の声で飛び起きた。
心臓がバクバク音を立てている。
「はあっ…はぁっ……!」
息が乱れる。胸が苦しい。
『時透様!?』
僕の叫び声を聞いてか、慌てたように部屋に入ってきた隠。なぜだかその人を見た途端、鼻の奥が痛くなって視界がぼやけていくのを感じた。
『どうなさいました?』
「…分かんない……。すごく…嫌な夢を見た気がする……」
まだ息が整わない僕の背中を、隠がそっとさすってくれた。
どうしよう…泣きそう……。
「…っ……。銀子はどこ?」
『銀子ちゃんは、風柱様と一緒に時透様の担当区域の警備に出掛けました』
「…そっか……」
相変わらず背中をさすってくれている隠。ひどく優しいその手の温もりに、涙が溢れそうになるのを必死で堪える。
『汗がすごいですね。着替えますか?』
「…うん…」
一旦部屋を出て行く隠。その隙に寝間着の袖で零れる寸前だった涙を拭う。
少しして、隠が戻ってきた。手には湯気の立ちのぼる桶と手拭いを持って。
『着替えるついでに、お身体を拭きましょう。少しはさっぱりすると思いますよ』
「うん……」
『失礼しますね』
寝間着を捲り、固く絞った手拭いで背中を拭いてくれる。ああ、あったかい……。
『熱くないですか?』
「平気……。気持ちいい……」
『よかったです。…お白湯どうぞ』
「…ありがと……」
後ろから差し出された白湯を飲む。ほんのりと甘みを感じる。
手拭いを軽く濡らしてまた絞って手際よく身体を拭いてくれる隠。
ああ、だめだ……。
『…?時透様?』
「……ぅ…、……ふっ……」
とうとう堪えきれずに涙が溢れ出した。
熱い雫が止め処なく頬を伝い、落ちていく。自分の腿や布団の上にも。身体を拭いてくれていた隠の手の甲にも。
なんで僕は泣いているんだろう。分からない。
嫌な夢を見て、怖くて、不安で。でも今はあったかくて。隠の気遣いが嬉しくて。
『………時透様…』
新しい寝間着を僕の身体に掛けて、隠が別の手拭いを差し出してくれた。
それで涙を拭うけれど、ちっとも止まってくれない。
『時透様…、今だけ無礼をお許しくださいね』
「…?」
ふわりと石鹸の香りがした。それと同時に、身体の前面に心地良い圧迫感。
隠が僕をぎゅっと抱き締めていたんだ。
その瞬間、何か懐かしい感覚が全身に走った。
華奢な身体。石鹸のいい香り。とくとくと響いてくる心臓の音。
僕はこの感覚を知っている。でもそれが何なのか思い出せない。
あったかい。安心する……。
涙はますます止まらなくなった。
「ううっ…!…ひっく……うっ… 」
『…大丈夫ですよ、時透様。大丈夫です』
僕を抱き締めたまま、背中をさすってくれる“まりん”。
「…ぅ…、まりん……!」
『えっ…!?』
驚いたように声をあげた“まりん”。でもその直後、それまでよりも少し力を込めて僕を抱き締めてくれた。
「……ひっく……僕はっ…どうしたらいいの?…こうやって抱き締められた時…っ…、どうするのが正解なのか分からない……うぅっ…」
『…お嫌でなければ、相手の身体に腕をまわすといいですよ』
“まりん”が僕の腕を自分の身体に誘導した。
密着度が全然違う。比べ物にならないくらいの安心感。
どうしよう。涙が止まらない。
悲しくて、寂しくて、腹立たしくて、つらくて、あったかくて、嬉しくて。
色んな感情がぐちゃぐちゃになって涙になって流れていく。
『時透様、大丈夫です。独りぼっちじゃありませんからね。私がずっとお傍にいます。何があっても、私はあなた様の味方です』
穏やかな優しい声。でもほんの少し震えているようにも聞こえる。
僕は“まりん”の肩に顔をうずめて、彼女の華奢な身体にまわした腕にぎゅっと力を込めた。
ようやく涙が止まって、ゆっくりと身体を離す。
「…ごめん。こんな夜中に……。服もびしゃびしゃにしちゃった…」
『お気になさらないでください。替えはいくらでもございますから』
“まりん”が優しく微笑んで、僕の頬に残った涙をそっと拭ってくれた。
新しい寝間着を着て、ゆっくりと布団に入る。
『時透様、眠れそうですか?』
「うん、多分。……ここにいてくれる?」
『もちろんです。お望みとあらばお傍にいますよ』
「ありがと……」
僕が差し出した手を握ってくれた“まりん”。
「……こんなさ…、さっきみたいに大泣きするような上司、嫌じゃない…?」
自分で言っていて情けなくなる。
『嫌なわけないじゃないですか。時透様をお傍で支えるのが私の役目ですから。それに、弱いところを見せてくださるのは本当に嬉しいことですよ』
「そうなの?……僕は柱なのに、あんなふうに泣いてさ…」
『時透様……。柱の方だって血の通った人間ですよ。涙が出る程つらい思いことだってあるでしょうし、喜びで胸が震えることだってある筈です。おかしいことなんて、何もないんですよ』
「…そっか……」
じわりと涙が滲む。それを握っていないほうの手で拭う。
『時透様。ゆっくりお休みになってくださいね』
「うん……。“まりん”、ありがとう」
“まりん”の手を両手で握り、そっと顔を寄せて目を閉じる。
そして、僕は再び眠りについたのだった。
続く