「実は約十日前にイヴァル帝国の女王が亡くなった。そしてまだ若き王女が即位した」
「…そうか、亡くなられたのか。病か?それとも暗殺か?」
「詳しくはわからないが、病だと思う」
「まだ若いのに労しいことだ。王女も心細いだろう。兄弟でもいれば心強いが…」
「いる」
「…は?」
「だから兄弟がいる。イヴァル帝国の王女には、双子の弟がいる」
「まさか…。イヴァルに後継ぎが産まれたと報せを受けた時、そんなことは言ってなかったはすだぞ」
伯父上の大きく開かれた目を見て、俺は溜息をつく。
「隠されていたんだよ、十六年間ずっと。あの国には悪しき慣習がある。王は女でなければならない。双子は縁起が悪い。特に双子で産まれてきた男は呪われた子だと言って、本来は産まれてすぐに消されるそうだ」
「恐ろしい話だな…」
「まったく」
険しい顔をする伯父上に、俺は深く頷いてみせる。
あの国でフィーが受けてきた仕打ちを思うと胸が痛いが、その悪しき慣習が無ければ、俺はフィーと出会えていなかった。複雑ではあるがフィーと出会えたことは感謝している。
俺は小さく咳払いをして「その双子の王子が」と続けた。
「その双子の王子がフィーだ。姉が病弱だったために、消されずに姉の代わりをしていた。産まれてからずっとだ。だが成長して体力がついてきたこと、新しい薬が作られたことで、姉が元気になった。その途端にフィーは城から追い出されたらしい。そして森の中で殺されそうになっていたところを俺が助けたというわけだ」
「なんと不憫な…!二人とも王の子ではないかっ」
「だからそういう国なんだよ、隣国は。俺は旅をしながらお互いを知って、城に戻って父上の許しをもらってフィーを妻にしようと決めた」
「不憫なフィルさんを、おまえが必ず幸せにしてやれ。…ん?王子?フィルさんは男か?」
「…そうだ」
伯父上が真剣な表情で俺を見る。でもすぐに目を細めて「そうか」と頷いた。
「おまえが好きになったのなら、きっと素晴らしい人なんだろう。それに美しくて可愛いと話していたな。ますます早くフィルさんに会いたくなった。隣国の王が代わって、フィルさんはもう狙われなくなったんだな?」
「それが…」
俺はグラスに手を伸ばそうとした。だけど空だったことに気づいて、指を固く握りしめた。
「俺はフィーを王城まで連れ帰った。父上に話そうと思っていた矢先に、イヴァル帝国から使者が来た。王の逝去を報せる使者だ。その使者の一人がフィーを城から連れ出して、イヴァル帝国へと帰ってしまった」
「なぜだ?新王の命か?」
「違う。もっと複雑な理由だ」
俺はイヴァル帝国でのことを思い出して、再び眉間に皺を寄せた。
俺の固く握りしめた手の上に、手が重ねられる。その手が暖かくて、気持ちが少し落ち着いた。
「リアム…話しにくければ無理に話さなくともいいのだぞ?」
俺は黙って伯父上を見つめた。そして小さく首を横に振る。
「いや、伯父上には聞いてほしい。フィーが城から消えて、俺はすぐに父上にイヴァル帝国に行く許可をもらった。前王の弔問という名目でイヴァル帝国に行き、フィーを連れ戻すために。ろくに休憩もとらずに馬を走らせ隣国に着いた。そして新王と対面した。その新王は…フィーだった」
「えっ!隣国は、王は女でなければならないのではなかったか?」
「そうだよ。だから対面したフィーは、女王の格好をして、自分はフェリだと双子の姉を名乗ったんだ」
あの時のフィーの姿を思い浮かべる。
銀糸で刺繍がされた黒のドレスを着たフィー。とても美しかった。誰が見ても美しい女性だと思っただろう。だが俺は、部屋に入るなりフィーだとわかっていた。フィーがどのような姿をしていたとしても、必ず気づくよ。
伯父上の静かな声に、俺は伏せていた目を上げる。
「一度はいらぬと城から追い出しておいて、また代わりをさせるために連れ戻したのか。そのような所にいて、フィルさんは幸せになれるのか…?そもそも、なぜ再び代わりをしている?」
「前王が亡くなり王女も病に倒れたんだ。だからフィーは国に戻った。姉を助けるためだと話していた。しかし姉も死んでしまったらしい。…憶測だが、イヴァル帝国では王は女でなければならない。だからフィーは、この先ずっと姉のフェリとして女王を続けていくつもりなのだろう」
「無茶苦茶な話だな。王女まで亡くなられていたことは、とても可哀想な話ではある。しかしフィルさんは男だろう?王は女がすると決まっているなら、例え女のフリをしたとしても、男のフィルさんではダメなのじゃないか?それならばいっその事、フィルさんが男のまま王になったほうがマシではないのか」
「まあ…まともな伯父上や俺はそう考えるさ。でもイヴァルの王城にいる奴らは、悪しき慣習にとらわれて頭がおかしくなってる。外からどんなに意見を言っても聞きやしないよ。フィーは責任感が強いから、国と民を捨てて俺の元へ来ることができないんだ。王族の者としての責任を果たそうとしてる。俺はね伯父上、フィーと約束をした。必ず迎えに行くから待ってろと。フィーも待ってると言ってくれた」
「そうか。しかしフィルさんは国を離れられないのだろう?フィルさん以外に王になる者がいないのなら」
「そうなんだよなぁ。他に王族の血縁者で女がいれば解決すると思うんだが…」
俺は腕を組んで天井を睨む。
王は女がなるものだというなら、他にフィーの血縁者の女が見つかれば、男のフィーが王になるよりはいいんじゃないかと、帰ってくる道中もずっと考えていた。フィーは血縁者は母と姉だけだと言っていたが、よく捜せば遠縁の者がいるんじゃないか?銀色の髪を持つ血縁者が。
その者を捜し出して連れていき、フィーをさらうか。或いはこれはやりたくはない方法だが、隣国に…。
「リアム、俺はおまえやフィルさんのために力になりたい。ところでこのことを父王には話さんのか?」
伯父上の声に顔を下ろすと、俺は大きく息を吐いた。
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