リアムが服を脱いで先に入る。その後に僕ものろのろと服を脱いだ。そして前を隠して風呂場に入る。
すでに身体を洗い始めていたリアムが、「おいで」と僕に手を差し出す。
恐る恐る伸ばした手を掴まれて、あっという間に抱き寄せられた。
「本当だ。細いのに薄く筋肉がある。おまえの肌はすべすべして手触りがいいな」
「やっ…ちょっ…と!くすぐったいからっ」
「仕方ないだろ。触りたくなる肌をしているフィーが悪い」
「なにそれっ…あんっ」
僕の背中を撫でていた手が下に降りる。尻を撫でられて思わず変な声が出た。
「ばかっ…僕、身体を洗いたいのに…」
ぐすんと鼻声で呟くと、リアムが慌てて身体を離して「悪いっ」と謝る。そして甲斐甲斐しく僕の全身を洗ってくれた。
自身の身体に残っていた泡も洗い流して僕の手を掴む。
「ほら、風邪ひくから早く拭こう」
「うん…あっ」
僕の手を引いて鏡のある部屋に戻り、カゴに用意されていた布で拭いてくれようとするのを慌てて止める。
「じっ、自分で拭くから。リアムも早く拭かなきゃ風邪ひいちゃうよ」
「なんだ、俺が拭いてやりたかったのに」
「…次の時に。だって時間はたっぷりとあるでしょ?」
「そうだな」
僕の頭に布を被せてリアムが笑う。
僕も笑い返して身体を拭こうとしたその時、また胸にあの刺すような痛みが走った。
「あっ…痛いっ!」
「どうしたっ?」
なにこれ?今までの比じゃないくらいにすごく痛い!鋭利な刃物を何本も突き立てられているみたいだ。
僕は我慢できずに胸を押さえて膝をついた。
リアムも屈んで僕の背中を撫でる。
「あっ…!いっ…」
「フィー!どこが痛いっ?」
全身から変な汗が噴き出してくる。手足の先が冷えて氷のようだ。ああ…ごめんねリアム。リアムにこのことを相談しようと思ってたのに遅かった。こんなに一気にひどくなるなんて思わなかった。
青い顔をして覗き込んできたリアムの顔が涙でぼやける。そして再び襲ってきた強い痛みと共に、僕の身に驚くべきことが起きた。
「えっ…なにこれ…」
胸を押えていた手のひらに熱を感じて、慌てて離して下を向く。押さえていた左胸の真っ白な肌に、黒い点が現れた。その点から黒い筋が伸びて、絵を描くように四方八方に広がっていく。そして左胸と左腕に、蔦のような模様ができた。
「なんだこれは!どういうことだ?取れないぞっ」
リアムが僕の胸の模様を布で強くこする。
「痛い…」
「まだ痛むのかっ?大丈夫か!」
「違う…」
「え?」
違う。模様が現れた途端に刺すような痛みは消えた。きれいに消えた。今はただ強くこすられて痛かっただけだ。
僕は自分の身体を抱きしめて震え出した。
待って…。これは…こんなことって。どうして…今になって…。あれは…本当だったんだ。
僕はすっかり忘れていたある光景を思い出した。
あれは僕が六歳か七歳の頃だ。
庭を散歩している時に蝶々を見つけた。ヒラヒラと飛ぶ姿に惹かれて追いかけているうちに、入っては行けないと言われている奥庭にまで来てしまった。
僕は震えた。このことが知れたら、もっと母上に嫌われる。そう思って急いで戻ろうとした。その時、どこからか話し声が聞こえてきた。
あ、これは母上の声だ。
冷たくされていても、母上のことは好きだ。だから僕はその場にしゃがんで、声を聞き続けた。
しかし話す内容を聞くうちに、僕は悲しくなった。声を上げて泣きたいのを我慢して、そっとその場を離れた。
部屋に戻るとラズールが待っていた。
ラズールの顔を見た途端、僕はラズールに抱きついて泣き出した。
「どうされました?何があったのですか?」
「ラズールっ、ぼくっ、ぼく…」
「俺はどこにも行きませんから、落ち着いたら話してください」
ラズールは椅子に座ると、僕を膝に乗せて抱きしめた。そして自分のシャツが汚れるのも構わずに、ずっと僕の背中を撫でてくれた。
「ふっ…んっ」
「落ち着かれましたか」
「…うん」
「では、話せますか?」
そっと顔を上げた僕の頬を、ラズールが手で優しく拭う。「ひどい顔だ」と困ったように笑って、僕の額にキスをした。
「庭から突然いなくなったので、心配しましたよ」
「ごめんね…蝶々を見つけたから追いかけてたの」
「綺麗でしたか?」
「うん」
「でもとても心配したので、これからは俺に言ってから追いかけてくださいね」
「うん、わかった」
「それで?」
「行ってはだめって言われてる奥庭に入っちゃったの。そこに母上がいて…」
「見つかったのですかっ?」
「ううん、隠れてたから大丈夫」
「…そうですか」
「でもね、誰かと話してる声が聞こえて…。僕、なんとなく聞いたことあるから知ってたけど、僕は…呪われた子だから邪魔だって。生まれた時にすぐに消しておけば、フェリが病気になることはなかったのにって。僕…邪魔なの?僕のせいで姉上は病気なの?僕がいなくな…」
「違う!」
「…ラズール?」
「違う!あなたは呪われた子などではないっ」
ラズールがとても強く僕を抱きしめた。
苦しくてラズールの胸を押そうとして、僕はラズールが震えていることに気づいた。
「ラズール…どうしたの?苦しいの?」
「はい…。俺は、あなたが悲しんでいる姿を見ると苦しいのです…。いいですかフィル様。俺が今から話すことをよく覚えておいてください。確かに我が国には、呪われた子の言い伝えがあります。しかし呪われた子には、身体のどこかに蔦のような痣があるそうですよ。でもあなたの身体には何もないでしょう?真っ白で滑らかで、とても美しい身体です。だからフィル様は、呪われた子ではありません。全くの嘘ですよ」
「そうなの?」
「そうです。俺が断言します。フィル様は、誰よりも美しいお方です。さ、安心しましたか?」
「うん…」
「よかった。安心したらお腹が空きませんか?先ほど侍女がケーキを持ってきたのです。ちゃんと毒味も済ませてます。一緒に頂きましょう」
「うんっ!いっぱい食べていい?」
「もちろん」
勢いよく顔を上げて笑う僕の髪を、ラズールは何度も何度も撫でてくれた。「あなたは俺の天使です」と微笑んで。