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✧≡≡ FILE_011: 希望 ≡≡✧
ヴォクスホロウ研究所。 地下第二研究室。
光の届きにくいその部屋に、熱気はない。
それなのに──キルシュ・ワイミーの額には、汗が止めどなく滲んでいた。
指先が震えている。
鉛筆を持つ手は何度も紙の上で止まり、書きかけの数式が、途中で断ち切られている。
「……ありえない。ありえないんだ……」
机上には、ルミライトの構造式、電磁熱伝導システムの試作図、そしてワイミー自らが残した設計ノート。
その全てが、今、彼自身を責め立てていた。
「……どうして、あの金属が……爆弾なんかに……!」
机を軽く叩いた後、椅子の背もたれに頭を預け、天井を見上げる。
摂氏28.7度以下で超伝導を発現する──夢の金属、ルミライト。
それは、彼の人生そのものだった。
長年の実験、失敗、理論の積み重ね──ようやく形になった成果だった。
だが、新聞がすべてを変えた。
──“軍関係者、緘口令かんこうれい。目撃者は語る「空気が光っていた」”
その記事を見た瞬間、ワイミーは悟ってしまった。
あれは、ルミライトだ。自分の金属が、誰かの手で“光の爆弾”に姿を変えている。
「金属で、爆弾を“安定化させる”なんて……!」
ワイミーは、頬を手で押さえながら、唇を噛んだ。
──思い出すのは、かつて研究所で起きたあの臨海実験事故。
自分がロンドン出張中、ヴォクスホロウ第六実験室で、二人の研究者が命を落とした事故だ。
今回の爆弾も同じ手口を使っているのではないか……。
ワイミーは、手の中でペンを握りしめたまま、震える指に気づいた。
脳裏に蘇るのはあの日の現場。
今も脈打つように、胸の奥で疼いている。
──ルミライト臨界試験。
目的は、理論上の限界──摂氏28.7度をわずかに超えても、超伝導が維持されるかを確認すること。
もし成功すれば、日常環境下でも冷却装置なしで運用できる“夢の金属”になるはずだった。
発電と送電のロスはゼロになり、発電量を30%減らしても、世界は動く。
原発など不要になり、災害の危険も減る。
そんな世界を思い描いて、研究員は「室温で動く超伝導」──29℃以上での安定構造を目指していた。
その試験では、ルミライトに微弱な電流を流し、安定性を測定していた。
超伝導状態にある金属内部では、電磁波や電流が損失ゼロで循環し続ける。その性質を利用して、「どれほどのエネルギーを蓄えたまま、どこまで温度上昇に耐えられるか」を探ろうとしたのだ。
だが、温度が摂氏29.1度に達した、その瞬間──ルミライト内部に蓄積されていたエネルギーが、制御不能な“光熱変換”を起こした。
制御盤の温度センサーが振り切れ、警報が鳴る暇もなく、試験室は爆光と高熱に包まれた。
ひとりは即死。
もうひとりは重度の熱傷を負い、五日後、搬送先の病院で息を引き取った。
──この問題は、温度ではなく“蓄積された電気”だ。
金属は何も発していない。ただ、電流を抱え込んだまま、耐えていた。それが限界を超えたとき──エネルギーは“逃げ場”を失い、光になって人を焼く。
(その性質を利用した爆弾か……)
目を閉じれば、今でも焼きついている。
床に散った白衣、炭化したスチール机、天井を突き破った焦げ跡──
「……同じ過ちを……」
低く、かすれた声で呟いた。
「……繰り返すわけには、いかない……」
紙を握る指に、青黒い血が滲む。
自分の造った“夢の金属”が、いつしか神にも悪魔にもなれるものに変わってしまった。
そして今、それが──世界を変える鍵になっている。
「だが、だからこそ……」
ワイミーは目を見開いた。
「今度こそ、“制御する方法”を探し出さなければならない」
──過去の死を繰り返さないために。
その時だった。
無機質な電子音が、静寂を切り裂くように鳴った。研究机の上で震える携帯端末。差出人──ロロ。
ワイミーは嫌な予感を感じながら、手を伸ばし、画面を開いた。
そこに並ぶ短い文章は、あまりに唐突で、しかし決定的だった。
>【Kがいなくなった。避難誘導に紛れて姿を消した模様。現在捜索中。】
「……Kが?」
小さく呟いた声は、すぐに空気にかき消された。
そして次の瞬間、ワイミーの頭の中で何かが崩れ落ちた。
K──
自分が育ててきた子供たちの中で、最も期待値が高く、信頼していた存在。
そのKが、この混乱の中で、いなくなった。
ロロの連絡には「まだ街の中だと思われる」と続いていたが、そんなのも読む気になれず、目の前が暗くなる。
ワイミーは目を閉じ、机に置かれたノートを見つめた。
震える指で、再びペンを握る。
「どうすれば……」
Kの喪失に、ルミライトの暴走──
不幸は、連続してやってくるものだ。
その事実だけが、研究室の空気をより重たく冷たいものに変えていた。
──そんな時。
廊下から、怒鳴り声と足音が聞こえてきた。
「だめだ、子供は入れない!」
「待ちなさい、君──!」
研究所の自動扉が、警告音とともに開く。
そこに立っていたのは、ひとりの少年。
まだ幼さの残る顔。
コートはボロボロ、泥が膝まで跳ねて、ジーパンには血が滲んでいる。
(……この子は……)
後ろから止めようとする警備員の腕を振り切るようにして、少年は一歩、研究室の中へ踏み込んだ。
「──あなたが、キルシュ・ワイミーですか?」
(この子……)
ワイミーは直ぐに答えなかった。
いや、答えられなかった。
少年の瞳をじっと見つめる。
「そうだが……君は?」
少年は一瞬、何かを飲み込むように黙った。
目元には隈が出来ており、肩は小刻みに震えていた。
「協力してください」
少年は一歩、ワイミーに近づく。
そして、まっすぐに言った。
「……爆弾を止める方法があります」
「ッ──!?」
研究室の空気が、わずかに震えた。
それは冷気でも、熱でもない。
ただ確かに──光が、戻ってきたような感覚だった。