テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
彼女と会ってから洋平はまったく無関心だった、自分の身なりを気にするようになった
まずボサボサ頭を流行の美容院に行ってカットしてもらった、四角いフレームの眼鏡も外し、コンタクトレンズに変えた 彼女の好みが分からなかったから、流行りの雑誌の服装を心がけた
いつも薄暗いトレーダー室で、ヘタしたら一日中引きこもりのニート状態生活のせいで、ヒョロヒョロの、自分の体も鍛え出した
毎日朝、夕、二回・・・ジョギングコースは決まっている、 彼女の業務終了時間帯に合わせて、ディアマンテ海運国際株式会社の周りをぐるぐる走るのだ
「秋元・・・くるみさん・・かぁ~・・・」
くるみさん・・くるみちゃん・・・ くるちゃん・・・くるたん・・
にへぇ~・・・ 「かぁ~わい~いいなぁ~(はぁと)」
ハッと洋平は辺りを見回して、デレついた顔をパンパンッと叩いて、再びキリッと顔を引き締めてジョギングに精を出した
こんな所でへらへらしてたら変質者じゃないかっ ラビットコイン・ハイパーで成功してから、洋平は一躍仮想通貨界で有名スターになった、 いいこともあれば、悪いこともあった
海外や日本の投資関連サイトで引っ張りだこになった洋平は最初、所構わずインタビューの依頼を受けたが、洋平が全く言葉に出さなかった内容がさも彼が言ったかのように報道されまくって、マスコミの怖さを知った
中には洋平のインタビュー動画の口元だけをAIで加工し、架空のコインを売る詐欺サイトの片棒を担がされたり、ある女性タレントとの情事を赤裸々に語っている風な加工動画も出回った
洋平にはまったく身に覚えの無い事で、最初はショックを受けていたが段々パターンに慣れてきた洋平が、優秀な弁護士団を集め、その度訴訟を起こさせた
さらに沢山の嫉妬を受けて、色んな人から洋平の評判も落とされたりもして、この頃には彼は自分を利用する者は誰一人として容赦しないと言う、確固たる意志が出来上がっていた
良い点も、もちろんある、それはくるみの会社の社長の様な大口の良い顧客と巡り合えたことだが、それはごく少なく 、何人かの女性投資家とも親しくなって、夕食の誘いを受けた結果、ハニートラップをかけられ、身に覚えのない事で訴えられたりもしたが、優秀な洋平の弁護士団のお陰で返り討ちにした
いずれも、男も女もハイエナ達は洋平の金目当てだった 、なのですっかり女性不信になってしまっていた洋平は、怖くてディアマンテの命を救ってくれた(自殺してないけど)可愛い秘書さんにまともに声をかける勇気がなかった
それでもジョギングと講じて、何回かこの周辺で彼女を見かけるうちに、彼女の行動パターンを把握することに成功した
彼女はいつもミルクティーを自動販売機で買う、いつも秘書仲間達と団子のように行動している、 話題は新しいシャンプーと旅行の計画 、話しかけたいけど他の娘こ達が邪魔だ、
みんなとても仲が良い、女の子であんな大勢相手したら、自分が野暮な性格がバレてしまう、これが女の連帯感なのか、彼女が一人になってくれないから困ってしまう
こんな時、投資のノウハウなんか少しも使えない、人生とは厳しいものだ
彼氏いるのかな?
あ・・・あんな鞄もって可愛いな・・・
彼女をずっと遠くから見つめて悶々とする日々・・・
しかしチャンスは訪れるもので ある日彼女が一人、いつもの帰り道にある韓国ベーカリーに立ち寄った
やった!やっと羊の群れから一匹離れたぞ! (※女性秘書達のこと)
―声をかけるなら今だ!―
毎日のジョギングと彼女の出待ちと、偶然を装う計画が何度も失敗を重ねてきていたが 洋平の執着心は未完の再会への渇望を象徴していた
彼女が店内に入ってから、暫くして洋平も韓国カフェのベーカリーに向かった
カランカランと鐘を鳴らし、おしゃれなウッド調のドアを開けると、入口に焼きたてのパンがバスケットに入って所狭しと並んでいる
夕方の柔らかな日差しが差し込む、ベーカリーの店内香ばしくて美味しそうな匂いを、肺一杯に吸った
洋平の心臓は今や、ドラムロールのようにリズミカルに高鳴っていた、トレーとトングを持ち、パンを買うフリをしながら洋平の目は彼女を追いかけていた、今日の彼女は、ブラックのウエストが締まったチェスターコート、さらに同じ色のベレー帽をちょこんと被っている、同じ色の華奢な手袋、赤いパンプス まるで映画のポスターの様に美しかった
洋平の手の平は、既に汗でぐっしょりと濡れている
き・・今日こそは・・・声をかけるぞ!何度も練習してきたんだ!洋平!お前なら絶対できる!
緊張と興奮が入り混じり、洋平の全身は電流が走るかのようにピリピリと震えていた 運命の再会の瞬間・・・
洋平の人生は再び動き出した
「あ・・・あの!!!」
彼女のすぐ後ろに立って洋平は声をかけた。くるりと振り返ったくるみがじっと洋平を見つめる
うわっ・・・可愛いっっ・・・
「あ・・・その・・・・」
言えっ!洋平!怪しい物じゃないって! 自殺を助けてくれた(※してないけど)お礼と、ラズベリータルトをくれたお礼と、コーヒーをこぼした時のお礼を言うんだ!
「そ・・その・・・えっとですね・・・」
洋平は言葉を紡ごうとするが、喉が渇いたように詰まる。彼女は洋平をじっと見つめている
「実は・・・・ 」
「ハイ!どうぞ」
彼女は、最後の一つになったラズベリータルトをトングで挟み、洋平の方に向いた
「最後の一つです、欲しいんでしょう?」
―は?― 彼女はニッコリ笑って、洋平の両手に持っているトレーにラズベリータルトをポンッと置いた