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「ええ?ちっ・・・ちがっ・・・」
「遠慮しないで、私は他のモノを買いますから。このアップルパイもお勧めですよ、ここのはカルフォルニアレーズンが入ってるの!アップルも前日からブランデーに漬けてるんですって!風味が違うの!」
わかってるわよ!とばかりに彼女が微笑む
繋げろ!彼女が喋ってるぞ!何でもいいからなんとか繋げるんだ!洋平!!
「そっ・・・そうなんだ!じゃぁ・・そ・・・それも買おうかな!ほ・・他に・・・お勧めない?」
あわてて洋平はアップルパイをトングで5つも挟み、自分のトレーに乗せた、心臓がドキドキしている、棚のアップルパイは無くなっている
くるみは人差し指を顎に置いて考え込む
「あとは~~そうねぇ~~、私のお勧めはぁ~・・甘いのがお好き?それともおかず系?」
キラキラした大きな瞳で彼女が洋平に聞く
「え~っと・・・どっちかと・・いうと、おかずかな?」
ニッコリ
「それじゃぁこっちね!」
彼女はスタスタと、奥の総菜パンがずらりと並んでいる所に歩いて行った。あわてて洋平もつんのめりながら後を着いて行く
―なんか・・・すごいぞ!彼女としゃべっている!―
正確に言うと、彼女のこだわりのパンの厳選方法を、一方的に洋平が聞いているだけなのだが、それでも会話は会話だ!
1分1秒でも長く彼女の隣にいれるなら、この店のパンを全部買ってもいい!
そうやって暫く彼女のお勧めのパンを、教えて貰う度に洋平は、次から次へとパンをトレーに乗せていった
そしてレジで洋平のトレーに乗った山積みのパンの会計を待ちながら、チラリと横にいる彼女を見つめる
―やっぱり覚えてないんだな・・・―
・:.。.・:.。.
無理もない、あの頃の自分とはずいぶん今は風貌が変わっているはずだ
自殺に間違われるほど人生に絶望していたあの頃、この天使に救われた・・・・
うっとり彼女の横顔を見つめていると、またスタスタ彼女が店を出て行った
「あっ・・・ちょっと待って!」
―歩くの早っ!―
洋平は慌てて彼女を追いかけた
「それじゃぁ!私こっちですので」
ペコリと一礼してコツコツヒールを鳴らして、くるみは歩き出した
「あのっ!そっそうだ!・・・僕もそっちなんです!途中までご一緒していいですか?」
ピタリッとくるみは立ち止まった
「へぇ~・・おうち何処ですか?」
「う・・うち?・・え~っと・・」
その時少し向こうのタワーマンションが洋平の目に飛びこんできた
―よしっ!明日あそこの部屋を買うぞ!―
「あれだよ!あそこのタワーマンションに住んで・・るんです!」
「まぁ!すごい!お金持ちなのですね!何階にお住まいですか?」
「な・・・何階?」
思わず声がひっくり返った、じっとくるみが洋平を見つめる
「さ・・30階・・・かな?」
目がどうしようもなく泳ぐ、明日早急に不動産に連絡して、何が何でも30階に住もう!部屋が空いて無ければ空けるまでだ!
洋平は必死なのを悟られないように必死だった
洋平の指先は震え、額には薄い汗が浮かんでいた。信じられない!彼女と世間話をしているぞ
「それじゃぁ・・失礼しますね、さようなら」
「さ・・・さようなら・・・」
これ以上彼女を引き止めることも出来ずに洋平は、ただ・・・くるみの後ろ姿を見送った
それから1年・・・・
洋平はベーカリーショップの近くのタワーマンションを購入し、店に通い詰めた、ベーカリーショップで出会う彼女の笑顔は優しいが、目には警戒の色が宿っていた
怪しまれちゃダメだ・・・・
洋平は自分をパン好きの少年に仕立て上げ、彼女と共通の話題を見つけ近づくことに決めた
毎日ジョギングの帰りにパンを買いながら、彼女とのささやかなおしゃべりのひと時を楽しんだ
「このクロワッサン、バターの香りがたまらないよね!よかったら一緒に食べない?」
と洋平が笑顔で食い気味に言うと、彼女は小さく首を振った、そしてそれ以上の反応はなく、完全に警戒心のシャッターが、ガラガラと音を立てて閉ざされた
ちょっと・・・馴れ馴れしかったかな?
洋平は焦った、このままでは彼女の心の扉は、永遠に開かないのではないかと思った
もしかしたら彼女は男嫌いかもしれない、洋平はガツガツ行くことから作戦を変えた
保護猫に近づくように・・・ゆっくりと、安心させ、距離を縮める所から始めよう
翌日から洋平は直接食い気味に話しかけるのをやめた、代わりに彼女の近くでパンを選び、時々微笑みかける程度にした
最初は戸惑っていたくるみだが、日が経つにつれて少しずつ、彼女の男を寄せ付けない緊張が解けていった
そして洋平がこの店の全種類のパンを食べつくし、ひとつ、ひとつグルメレポが出来るようにまでなった頃
ついに運命の二人の関係がぐっと近づいた日が来た
ある日、少し肩より長めの髪を揺らして、落ち込んでいる彼女を見かけた
何か悩んでいるのかな?しょんぼりしてパンを選んでいる、彼女が心配で放っておけない
「もしよかったら夕食を僕も一緒してもいい?」
苦節2年・・・洋平の心は弾んでいた、やっと二人で食事出来るまで持ってこれた
話している時にコロコロ表情が変わる
彼女の悩みを聞いて洋平は爆笑した、それを見て真剣に怒って睨んで、こっちを見ている
そんな顔をして怒っても可愛すぎて、全然怖くないのを彼女はわかっていない
家族に小さな嘘をついた事をとても悩んでいる、何て可愛いんだ、家族なんかどうとでも話せるのに
やっぱり彼女は自分が思ってた通りの女性だ、そんな問題今すぐ僕が解決してやるよ
洋平は心の中が温かくなって一気に白ワインを飲んだ
目の前のチーズフォンディはグツグツ美味しそうに沸いている
湯気をはさんで彼女の必死の説明をうんうんと聞く
彼女とめぐり合えた喜びは、まるで人生に再び意味を見出したかの様な、深い感動となって洋平の心を満たした
キャラメルマキアートのように甘い君
・:.。.・:.。.
ねぇ、 僕達お似合いだと思わない?
・:.。.・:.。.
君の力になりたいんだ
・:.。.・:.。.
あの時君が僕にそうしてくれたように
・:.。.・:.。.
この瞬間、洋平の心の中で過去と現在が融合し新たな希望の光が灯った
自分達はここから始まるんだ
そして洋平はニッコリ笑って彼女に言った
「ねぇ!僕が君の『フェイクなフィアンセ』になるよ!」
・:.。.・:.。.
この想いは
・:.。.・:.。.
決してフェイクじゃないけどね
・:.。.・:.。.
・:.。.・:.。.
洋平はそう心の中で呟いた
・:.。.・:.。.
【完】