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「忘れてください。っそれでは」
……変な電話の切り方をしてしまった。ツー、ツーと切った電話の無機質な音とは反対に、自身は肩で息して歯を食いしばる。
参考って、何の?
確かにそうだ。レダーさんに私が好きな理由なんか聞いてどうする。参考にしてどうする、自分にとっての恋とは何か、知ってどうする!
レダーさんの告白の返事でもするのか?あの人はきっと正気じゃないんだ。でなければ有り得ない、私に対して可愛いという単語が出てくることは。
「っ……はぁ~~……」
これ以上にないため息を吐いた。手で顔を覆う。元々見えないのに、今の自分の顔をとても見たくないような気がして。
「ぐち逸ー?電話終わった?」
「っあぁ、伊藤刑事」
「職質中に電話来たとか言ったから、逃げるための嘘かと思っちゃった普通に!ちゃんと本当に来てたんだ」
警察本署の壁から顔を出してきたのは伊藤刑事だ。いつもの様に処方薬を目いっぱいポケットに入れていたところ、警察本署の前をバイクで通りかかって職質をかけられてしまった。
嘘の電話と思われていたなんて、どうやら私は信用がよっぽど無いらしい。
「はあ……今の電話でどっと疲れました。申し訳ありませんが職質はまた今度に」
「いやそっちの都合すぎるだろっ!?……って、ガチで疲れてない?」
「ああもう本当ですよ、悩みの種です。貴方も今種になりかねないので今すぐ私を開放してください」
「悩み……ぐち逸、俺たち警察は市民を守るのが仕事だからさ。いつでも相談しろよ!
特にお前フクザツな性格だからギャング怒らせそうだし」
胸を張ってビシッと指をさした伊藤刑事を、思わず目を細めるほど眩しく思う。
でもちょうどいいかもしれない。ずっと底知れない男について考えていたのだ。コントラストがつきすぎるぐらいが中和される。
「では単純な性格の貴方に聞きたいのですが、私のことどう思いますか?」
「えっと……記憶喪失の厄介な個人医?」
「いや、もっと主観的にお願いします。あと厄介なのは貴方達です」
「ええ~……んー厄介ではある、けど自分の正義で動いてるから悪い奴じゃない。でもたまに心配」
「なるほど。心配するご身分ではなさそうですが」
「……あと可愛くない!!!さっきから一言余計なところとか!!」
伊藤刑事は肩を上げて怒った。
それを他所に、あるワードが気になった。可愛くない。可愛いない。
……そう、私は大前提可愛くない!あの男はおかしい!なんだ、まともな判断ができる公務員じゃないか。もうちょっと聞いてみようか。
しばらく黙っていた私を見て不安に思ったのか、怒っていた伊藤刑事は少しあたふたしていた。
「えっ……ぐ、ぐち逸傷ついたか?いやまあ正直嘘じゃないけどそんなつもりじゃ」
「お気になさらず。では私が貴方についてどう思っているか、知るにはどうすればいいでしょう」
「何その質問。……なんだろ、もしもを想像するとか?崖で落ちそうな人二人いてどっちを助けるかとか何かそういう……やべ!大型だ!」
伊藤刑事は話を続けようとしたところで、大型犯罪が起きたようで一瞬で無線をつけて車を出した。
「ぐち逸ー!今は手荷物検査なしにしてやるから!!無免許運転の現行犯も!」
「ではまた現場で」
恐らく修理済みのピカピカのパトカーであっという間に走っていってしまった。後を追うように、自分もバイクのエンジンを付ける。
さっきの質問の答えに、伊藤刑事が途中まで話していたことを思い返した。
想像する、か。
そうだな……もしも、レダーさんが__
途端、心臓がドクッと動いた。
良くないことを、考えてしまった。
__もし彼が耐えられない痛みに痺れて、助けを求める時。
もし彼が色欲に開放されたいと願う時。
縋る先が、私だったら。
身体の内側から熱くなる。耳まで赤くなっていくのを感じる。目を閉じて唾を呑んだ。
「……よくない」
患者の命が第一であり、自分だけに縋って欲しいと思うのは危険だ。命のために、医者はたくさんいる方が良い。
そうわかっていても、私を欲しがる彼を見たいと思ってしまう。
……私は、医者失格だろうか。
しかしそう願うのは彼に対してだけだ。
彼以外が患者になっても、どの医者が治療しようと助かるのならば構わない。
そう、レダーさんだけ。
「……そうか」
他の人には当てはまらない、レダーさんに対してだけ浮かぶ特別な感情。
もしや、と考える。
客観的見ると間違っているのかもしれない。”それ”とは違う感情なのかもしれない。
しかし記憶のない私には、私にとっての”それ”が何かなど決まったものでは無いのだ。
ならば、
今この感情を、”恋”と呼ぶことにしよう。