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帝都入りしたのは、八月に入って夏真っ盛りの時期だ。
と言っても帝都は広大な領土の北側にあり、シャレット王国よりずっと涼しい。
暑さはあるものの湿度はさほどなく、風さえあれば爽やかに過ごせる。
加えて帝都付近は曇天に支配されているので、直射日光を浴びずに済むのはありがたい。
貴賓館に到着した私たちは、使用人が荷物を運ぶ間、応接室で休憩した。
「帝都に来たのは久しぶりだわ」
ソファに座ったレティは窓の外を見て微笑み、悪戯っぽく笑う。
「聖女の役目を悪く言うつもりはないけれど、お役目ばかりで私に自由はなかったから」
その言葉を聞き、私はハッと顔を上げる。
するとレティは切なげに微笑んだ。
「フェリはお役目がないから、自由にどこへでも行けていいわよね。……子供の頃はいつも一緒に行動していたのに、フェリったら外交を放棄するんですもの。フェリがいない分、私は皆さんの期待を一身に受けなければならなかったわ」
もうへこたれないと決めていたのに、レティの本音を聞いた私は心臓をギュッと掴まれた心地になる。
「……私……」
私は何か言い返そうとして、言葉を迷わせる。
私だって、本当はシャレット聖王家の一員としてみんなと一緒にいたかった。
でもどこへ行ってもレティと比べられ、〝じゃないほう〟として扱われる。
〝ハズレ姫〟と陰口を叩かれ、挙げ句の果てに母の不貞を疑われるほどだ。
青いドレスを着て公務に参加すれば、外国の貴族たちに『青い姫君はいいんです』と言われる。
何をしても私は不要。
公の場に顔を出せば無能と嗤われ、完璧な聖女と比べられ、道化にも馬鹿にされる始末。
(私が不在だと引き立て役がいなくなるから困ったの?)
ついそんな醜い感情が芽生え、心がどす黒い感情に支配される。
泣きそうになって表情を歪めると、レティは傷付いたように眉をひそめた。
「そんな顔をしないで。まるで私がいじめているようだわ。フェリがつらい想いをしているのは分かるけれど、私だってあなたが羨ましいの。フェリは自由だし、アルフォンス様に贔屓されている。……先日だって私に内緒で帝都に行ったのでしょう? 陛下と二人きりでお会いしたの?」
逢瀬の事を指摘され、私は決まり悪く黙り込む。
帝都行きをレティに教えれば『私も行きたい。双子なのにフェリだけずるいわ』と言われると分かっていたから、あえて秘密にしていた。
その罪悪感があるから、指摘されても何も言えなかった。
黙っていると聖女づきの女官たちがヒソヒソと何か言い、さらに気まずくなる。
レティは大きな溜め息をつくと、聖女らしい微笑みを浮かべた。
「別にいいわ、大切な半身を責めたい訳じゃないもの」
彼女が許した途端、私を睨んでいた女官たちは感銘を受けた表情になる。
それを見て、私はこの上ない敗北感を感じた。
――あぁ、レティはどこまでも清らかな聖女だわ。
――それに比べて私は……。
聖なる力は使えないし、同じ顔をしているのに性格が悪いなんて終わっている。
「恐れながら殿下」
その時、ジョゼが何か言いかけたけれど、私はハッとして彼女に手をつきつける。
「ジョゼ、いいのよ。あなたは何も言わないで」
私に制止され、我に返った彼女は視線を下げて謝罪する。
「出過ぎた真似をいたしました。殿下たちのお話に、侍女ごときが口を挟んだ事をお詫び申し上げます」
彼女がすんなり引き下がってくれて、私は胸を撫で下ろす。
ジョゼの気持ちはありがたい。
私が不当な目に遭った時、ジョゼだけは気持ちを理解してくれていた。
だからとっさに庇おうとしてくれたのだろう。
でも彼女は侍女で、王族に生意気な口を利けばどうなるか分からない。
レティは温厚な性格の〝聖女〟だし、自分に刃向かった者に手厳しい罰を与える事はないだろう。
実際、彼女が周囲の者にそのような沙汰を下した話も聞かない。
けれど聖女を崇拝している女官たち――貴族が使用人であるジョゼを痛めつける可能性はあるし、噂が広まって彼女の立場が危うくなる事もあり得る。
だから私はジョゼに目配せをした。
(私は大丈夫。慣れてるから)
付き合いの長さゆえか、ジョゼは視線一つで私の言いたい事を理解してくれたようだった。
レティは深く頭を下げて一歩下がる彼女を見て苦笑いした。
「フェリに忠実な侍女の気を悪くさせてしまったわね。ごめんなさい。私も言い過ぎてしまったわ」
聖女から謝罪を受け、ジョゼは深くカーテシーする。
その表情には、いつになく感情的になってしまった事への後悔が浮かんでいる。
「レティ、私の侍女がごめんなさい。どうか許してちょうだい」
私からも丁寧に謝ると、レティは困ったように笑った。
「嫌だわ。許さないなんて言っていないじゃない。親身になってくれる侍女がいるのはいい事よ。あなた達もそう思うわよね?」
聖女に尋ねられ、彼女の女官たちはうやうやしくお辞儀をする。
「主従仲がいいのは理想的よ。だから今のはなかった事にしましょう。あなた達も、聞かなかった事になさい」
レティの命令を聞き、女官たちは静かに頷いた。
「さすが聖女ね。あなたの優しさに感謝するわ」
――レティには何もかも敵わない。
私は諦念を抱きながら双子の姉に微笑みかける。
「そんな事言わないで。この世でたった二人の姉妹じゃない。いがみ合いたくないの」
聖女の寛大さに気圧された私は、この上ない敗北感を覚えながら「そうね」と頷いた。
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