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第4話「鉛の光陰」
初めての透析を終えた翌日。
体の中の何かがごっそり抜け落ちたような倦怠感に襲われていた。
「……重い……全身に鉛でも詰められたみたい」
腕にはまだ針の跡が赤く残り、じんじんと痛む。
水分制限も始まり、口の中は乾いて仕方ない。
ほんの一口水を飲んだだけで「それ以上はダメですよ」と看護師に止められ、思わず天を仰ぐ。
「……拷問かな」
ぽつりとつぶやくと、ベッド横に座っていた翔ちゃんが即座に食いつく。
「拷問ちゃうわ! お前、今“水責め”受けとるんとちゃうねんから」
思わず笑ってしまった。
「でもさ……これから毎回、あの機械に繋がれるんだろ」
不安が喉の奥でくすぶる。
次の透析を考えるだけで、胸がざわついた。
そんな俺の気配を察したのか、翔ちゃんがいきなり立ち上がり、両手を大げさに広げて叫ぶ。
「はいはーい! 透析マスター翔ちゃんの実演タイムやでぇ!」
ベッド脇にある点滴スタンドをぐるぐる回しながら、
「見てみぃ! 最新式ジェットコースター“ブラッド・アドベンチャー”! 乗るしかないやろ!」
とアトラクションのアナウンスを全力で真似し始める。
「……おい、それ、完全に不謹慎だろ」
突っ込もうとするが、笑いが込み上げてきて言葉にならない。
翔ちゃんは俺の笑顔を見て、ちょっと安心したように肩をすくめた。
「お前が笑うんやったら、不謹慎でもええわ」
夜。消灯後の病室。
倦怠感と乾きで眠れず、天井を見上げていた。
「……これから、一生、透析と付き合っていくのか」
その現実が、心をじわじわと締め付ける。
すると、ベッドの隣から小さな声がした。
「なぁ、かもめん」
翔ちゃんが暗がりの中でこっちを見ていた。
「……お前が透析始めたん、確かにしんどいことや。でもな」
少し言葉を区切り、翔ちゃんはにやりと笑った。
「俺の横で、まだ“アホなこと”言える余裕あるやろ? それが答えや」
その言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。
怖さも、不安も、翔が一緒ならきっと乗り越えられる──そう思えた。
「……お前、本当に関西弁のくせに、時々いいこと言うよな」
「当たり前や! ボケとツッコミと名言は、関西人の三種の神器や!」
俺は声を殺して笑いながら、静かに目を閉じた。
透析のだるさの向こうにあるのは、翔ちゃんとの絆だった。