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第5話「伴侶と哀愁」
透析を始めて数日が経った。
思っていた以上に辛かったのは、透析そのものよりも、日常の制限だった。
「……飲み物、コップ一杯まで?」
医師から説明を受けたとき、俺は思わず耳を疑った。
水分制限──一日の摂取量は500ml程度。
夏場でも喉が乾いても、もう自由に飲むことはできない。
「これ、地獄すぎ……」
思わず嘆くと、ベッドの隣から翔ちゃんが声をかけてきた。
「ええやん! 水筒持ち歩かんでも、ペットボトル一本で一日過ごせるんやで? エコやんエコ!」
「……環境には優しいけど、俺には優しくないんだよ!」
さらに追い打ちをかけるのは食事制限。
塩分・カリウム・リン──これらを控えなければならない。
大好きだったカップラーメンやポテトチップスも、今や完全に禁止リスト。
「俺の青春……没収された……」
うなだれる俺に、翔ちゃんは即ツッコミを入れる。
「お前の青春、カップ麺で完結すんなや! もっと広げぇ!」
笑わせようとしてくれる気持ちはありがたい。
でも、口の中の渇きと食欲のストレスは、じわじわと心を削っていった。
昼食後。味気ない減塩メニューを前に、ため息をついていると、翔が小声で囁いてきた。
「なぁ……これ見てみ」
彼のポケットから出てきたのは、小さな飴玉。
「これやったら、看護師さんに怒られへんやろ。ほら、口の中の渇き、ちょっとマシになるで」
俺は驚きながらも、ありがたくそれを口に入れた。ほんのりと広がる甘さに、思わず目を閉じる。
「……救われる……」
翔ちゃんはどや顔で胸を張る。
「せやろ? 俺、密輸担当やからな!」
「いや、犯罪の響きすごいんだけど!」
思わず笑ってしまった。翔ちゃんの明るさは、確かに俺を支えてくれる。
だが、その日の午後。
翔ちゃんがふと、咳き込んでしゃがみ込むのを見た。
「翔ちゃん……大丈夫?」
「……うん、ちょっと立ちくらみしただけや。大したことない」
笑顔を作る翔。
でも、額に滲む汗や、息の荒さが気になって仕方なかった。
消灯後。
乾きで眠れず、俺はベッドの上で寝返りを打っていた。
ふと隣のベッドを見ると、翔ちゃんが薄い毛布の中で肩を震わせている。
「……翔ちゃん?」
声をかけると、彼は少し間を置いてから「なんでもない」と答えた。
でも、かすれたその声には、明らかな疲労が滲んでいた。
「隠すなよ。……俺だって、お前が無理してんの分かるんだから」
そう言うと、翔ちゃんは天井を見上げたまま、小さく笑った。
「お前が透析でしんどい時に、俺まで弱音吐いたら……重たいやろ」
胸が締め付けられた。
翔ちゃんはいつも冗談で俺を支えてくれるけど、その裏で自分のしんどさを押し隠している。
「……翔ちゃん」
「なんや」
「俺、もう機械に繋がれてるし。……お前の弱音ぐらい、ちゃんと聞けるよ」
一瞬の沈黙のあと、翔ちゃんは小さな声で答えた。
「……ありがとうな」
その声は、いつもの明るさとは違う。
弱くて、でも確かに本音が滲んでいた。
暗闇の中、俺は手を伸ばし、翔ちゃんの手をそっと握った。
「……一緒にいような」
「当たり前や」
そう言いながらも、翔ちゃんの手は少し冷たかった。
俺はそれを離さないと誓った。
本日はここまで!
さよおならぁ〜!