テラーノベル
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そこにいたのは――もふもふした小さな毛玉。
ハムスターの、なまこだった。
いつの間にかケージの外に出て、部屋の真ん中をシュタタタタッ……と歩いている。
「……脱走したのか?」
「す、すみません! さっき掃除したとき、ちゃんとケージの入り口、閉められていなかったみたいです」
言いながら瑠璃香が慌てて手を伸ばすと、なまこはひょいと方向を変えて逃げた。
「ちょっ、待って、なまこ!」
なまこが晴永の足元に逃げてくる。
晴永を中心に、小さな追いかけっこが始まった。
晴永の足の間をちょこまかと動くなまこを捕まえようと、瑠璃香が晴永の足元にしゃがみ込む。
「あ、おいっ、ちょっ、お前ら……!」
まるで晴永のことなんて頭にないみたいに瑠璃香が晴永の足の間へ手を伸ばすから、危うく転びそうになって、晴永は慌てた。
下手に動いたらなまこを踏みつぶしかねない。
「よし、捕まえた!」
瑠璃香が嬉しそうになまこを両手で包み込むようにして、晴永の股ぐらから見上げてくるから、晴永は思わず、苦笑した。
「えっ、あっ。私……っ」
そうして自分がとんでもないところから晴永を見上げていることに気付いたように瑠璃香が真っ赤な顔になるから、さっきまで胸に残っていた重たい空気が、少しだけほどけた気のした晴永である。
「あ、あの……すみません」
なまこを胸に抱えながら、申し訳なさそうに謝罪する瑠璃香に、「危うくふたりのことを踏みつぶすかと思ったぞ」と笑い掛けながら、晴永は〝蜘蛛事件〟の夜以来リビングの片隅が定位置になったなまこのケージを手に戻って来た。
「ほら」
入り口のふたを開けて瑠璃香に差し出す。
「ありがとうございます」
なまこをケージに戻した瑠璃香が、今度こそしっかりと扉を閉めた。
そうして二人して顔を見合わせて、どちらからともなく笑ってしまう。
ケージの中のなまこは、何事もなかったみたいに小屋の中へ戻っていった。
なまこを定位置に戻してリビングダイニングのテーブルを見た晴永は瞳を見開いた。
「今日は……また、やけに豪勢だな?」
普段から瑠璃香の作る食事は品数が多めだ。
だが、今夜の料理は、柔らかそうなステーキに、ワインまで用意してあった。
(何かの記念日だったか?)
ふとそんな思いを巡らせた晴永だったけれど、瑠璃香の誕生日は冬の間に過ぎてしまっていたし、自分の誕生日はまだ一か月以上先だ。
(まさか……指輪ができたのを店から聞いたのか……?)
そう思ったけれど、そもそも電話番号は晴永のものしか書いていないはず――。
どこか機嫌がいい様子の瑠璃香に、晴永は思わず聞いていた。
「……今日は……なんか特別な日だったか?」
何気なく聞く。
すると瑠璃香がムスッとしたように唇を尖らせる。
「一か月記念です」
「……?」
「歓送迎会の日から換算して……」
要するに、丸め込むように瑠璃香と同棲を始めて、今日でちょうど一か月になると言いたいらしい。
そんなことを瑠璃香が覚えていてくれたことも、またそれを記念日として祝ってくれようとしてくれていたことも、やけに照れくさくて……嬉しい。
「そうか……」
照れたように笑うと、瑠璃香がつられたように頬を染めた。
「これからも……ずっと一緒にいたいです」
ややして、小さくつぶやくように落とされた言葉に、晴永は胸の奥が少しだけ痛んだ。
凪川 彩絵
#独占欲
コメント
1件
ナマコー!可愛いけど課長のお話、邪魔しちゃダメだよ!