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凪川 彩絵
#独占欲
(……今、言うべきか)
頭の中で、さっき母に言われた言葉がよみがえる。
許嫁。
家の事情。
まだ瑠璃香に伝えていないこと。
それらを全部、伝えなければならない。
だが――。
瑠璃香が不安そうに晴永を見上げて来て「晴永さんは……違うの?」と聞いてくるから……。
喉まで出かかった言葉が、引っ込んだ。これ以上瑠璃香を不安にさせる言葉を、今言うのは違う、と思ってしまった。
こんな顔をしている瑠璃香に今、そんな不安をあおるような話をするなんて、どうしてもできなかった。
「……もちろん、俺も瑠璃香と同じ気持ちだ」
短く答える。
その言葉に瑠璃香がホッとしたように肩の力を抜いたのが分かった。
「……先に着替えてこられます?」
「ああ」
晴永は頷いた。
自室のクローゼットを開けると、奥に隠した指輪のケースが目に入った。
まだ渡していない。
けれど。
(明日、ちゃんと話をして……それから瑠璃香が受け入れてくれたら渡そう)
そう思った。
そのあとで――瑠璃香の両親に、挨拶に行こう。
そう決めて。
晴永は静かに息を吐いた。
***
翌朝。
キッチンにはコーヒーの香りが漂っていた。
「おはようございます、晴永さん。今朝はパンにしました」
瑠璃香がトーストの皿をテーブルへ置く。
スクランブルエッグとサラダ。簡単な朝食だが、どこかほっとする光景だった。
晴永は椅子に腰を下ろす。
わざわざ瑠璃香が断りを入れたように、朝は大抵ごはんなことが多い。
そこでふと、昨夜のことが頭をよぎった。
一か月記念。
ワインとステーキという豪華な食事。
瑠璃香の、「これからもずっと一緒にいたいです」という可愛い言葉。
(昨夜は話せなかったが、飯食いながらちゃんと話そう)
そう考え、晴永はリモコンを手に取った。
朝はニュース番組を流しつつ、瑠璃香と朝食を摂るのが日課だ。
テレビはある種のBGM。たまに気になる話題が出たときだけ気にするが、基本は瑠璃香との会話が中心だった。
いつものように電源を入れる。
朝の情報番組が流れ始め、天気予報が終わる。
(今日は一日曇りか……)
何となく冴えない天気だ。
雨よりはマシだが……と思いながら小さく吐息を落とした晴永の目に、「企業ニュース」というテロップが映る。
『大手食品メーカー角実屋フーズは本日――』
その名前を聞いた瞬間。
晴永の手が止まる。
画面には会社の本社ビルが映っていた。
『大手食品メーカー角実屋フーズは、今朝未明――』
続く言葉が、耳に刺さる。
『また同日、その人物と、国内有数の企業グループである藤井田ホールディングス令嬢との婚約も発表しています』
数秒。
晴永の思考が止まった。
(……やられた)
昨夜の母の顔が脳裏をよぎる。
そして、祖父。
背筋に冷たいものが走った。
「……くそ!」
思わず声が漏れる。その声に、瑠璃香が振り返った。
「どうしました?」
「あ、いや……すまん。何でもない」
キョトンとした瑠璃香の様子に、晴永は慌てて言葉を濁す。
コメント
1件
早く言わないから!T_T