テラーノベル
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#切ない
#長編
草凪葉月🌙⭐️🐈⬛@活休中?
第十一話 春、花は咲く
——あれから、約三百年後。
東京。
春。
街は淡い桜色に染まっていた。
高層ビルの隙間を抜ける風。
行き交う人々。
夜を照らすネオン。
江戸の面影など、どこにも残っていない。
それでも。
春の匂いだけは、あの頃と同じだった。
朝倉朔夜は、人混みの中を歩いていた。
スーツ姿の会社員が横を通り過ぎる。
スマートフォンの通知音が鳴る。
騒がしい都会。
けれど朔夜の心は、ずっと静かなままだった。
三百年。
長すぎる時間だった。
転生を繰り返しても、記憶だけは消えなかった。
雨の吉原。
桜。
鈴の音。
そして。
銀鈴。
最後に触れられなかった指先。
『愛していました』
あの声を、忘れたことは一度もない。
何度生まれ変わっても。
ずっと探していた。
「……今年も、駄目か」
小さく呟く。
毎年、春になると探した。
桜の名所。
古い町並み。
祭り。
“鈴”という名前を見るたびに、振り返った。
けれど会えなかった。
もしかしたら、もう転生していないのかもしれない。
何度もそう思った。
それでも諦められなかった。
あの人だけは。
夜。
仕事帰りの駅前。
桜並木の下を歩いていた時だった。
リン——。
鈴の音がした。
朔夜の足が止まる。
そんなはずない。
今の時代に、あの鈴の音が聞こえるわけがない。
それでも。
胸がざわついた。
ゆっくり振り返る。
人混みの向こう。
白いワンピース姿の女性が立っていた。
長い黒髪。
透き通るような横顔。
風に揺れる髪。
その瞬間。
世界の音が消えた。
「……っ」
呼吸が止まる。
女性もこちらを見ていた。
黒い瞳が、大きく揺れる。
次の瞬間。
彼女の手から、紙袋が落ちた。
「……朔也様?」
震える声。
その呼び方を聞いた瞬間、胸の奥が壊れそうになった。
三百年。
ずっと、ずっと聞きたかった声。
「……銀鈴」
掠れた声で名前を呼ぶ。
彼女の目から、涙が零れた。
春風が吹く。
桜が舞い上がる。
銀鈴——いや、今は“神崎鈴音”として生きる彼女は、泣きながら笑っていた。
「本当に……朔也様……?」
信じられないものを見るみたいな顔。
朔夜はゆっくり近づく。
怖かった。
また消えるんじゃないかって。
夢なんじゃないかって。
「……やっと見つけた」
声が震える。
鈴音は唇を押さえた。
「私も……ずっと探してたんです」
涙が止まらない。
「何度生まれ変わっても、記憶だけ消えなくて……」
彼女は苦しそうに笑う。
「あなたを忘れられなかった」
その言葉に、朔夜は目を伏せた。
同じだった。
何百年も。
他に誰かを好きになることはなかった。
どこか空っぽで。
ずっと、銀鈴だけを探していた。
「……触ってもいいですか」
鈴音が小さく聞く。
朔夜は何も言わず頷いた。
彼女の指先が、そっと頬に触れる。
温かい。
あの日みたいに、消えたりしない。
鈴音の瞳から涙が溢れる。
「温かい……」
掠れた声。
「もう、消えないんですね……」
朔夜は、その細い手を握った。
今度こそ離さないように。
「……ああ」
声が震える。
「もう絶対に、一人にしない」
鈴音は泣きながら笑った。
その笑顔は、三百年前と何も変わらなかった。
その後、二人は桜並木を並んで歩いた。
夜風が優しい。
鈴音はぽつりと言う。
「私、最初は怖かったんです」
「何が」
「記憶が残ってること」
彼女は空を見上げる。
「周りはみんな忘れていくのに、自分だけずっと昔を覚えてる」
その孤独は、朔夜にも痛いほど分かった。
「でも」
鈴音は小さく笑う。
「いつかまた会える気がしたんです」
朔夜は静かに彼女を見る。
鈴音は続けた。
「だから、生きてこれた」
春の風が吹く。
桜が舞う。
あの日の吉原とは違う景色。
けれど。
隣にいる人だけは変わらない。
「……銀鈴」
その名前を呼ぶ。
鈴音は少し驚いて、それから嬉しそうに笑った。
「はい」
もう、幻じゃない。
触れられる。
一緒に歩ける。
三百年前、叶わなかった未来。
この美しい世界で。
二人はようやく、同じ春を生きていた。
end.
コメント
6件
いいお話でした!!めっちゃ感動✨
わー!!✨️完結おめでとー!! よすぎた!😭
うわ、泣いたわ…完全にやられた。三百年、ずっと忘れられずに探し続ける朔夜も、記憶を持ったまま転生を繰り返した鈴音も、どっちも辛かったろうな。「鈴の音」で振り返るところ、あの日と同じ春の匂い、そして「朔也様」と呼ばれた瞬間の心臓の掴まれ方が凄かった。最後の「はい」がもう…ずっと一緒にいてほしい😭🌸