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そして皆と別れて、
『まだきつい?』
琥珀さんに訊いてみる。
『もう、大丈夫だよ。』
琥珀さんは笑顔を見せてくれた。
『なら、僕たちも帰ろうか。』
そう言って、立とうとした時、
扉が開いた。
と、
?
薄い紫色の髪をした少女が、入ってきた。
あの人は…
『昨日の子か!』
間違いないだろう。
その子は、こちらを向いて、
『……だれ?』
少し、怯えているようだった。
『僕は銅甘で、ここは剣士署の訓練施設です。』
自分の名前と場所を伝える。
『・・・?』
首を傾げていた。
よくわかっていないようだ。
『ええと…草むらで倒れてたけど、何かあったんですか?』
その子は考える仕草を見せたが、
『わからない…覚えてないの……』
覚えていないと、
『何か、覚えてることはありませんか?』
『……名前は茜[アカネ]、だったと思う…』
名前くらいしか、わからないのかな。
『他は、わかりませんか?』
訊いてみるが、
『うん、わからない…』
と、下を向いて言った。
もしかしたら…
記憶喪失、かもしれない。
『おやおや?目ぇ覚めたんだね。』
後ろに花咲さんがいた。
『勝手にウロウロしないでよ。部屋にいなくてびっくりしたよ。』
『ごめん…なさい…』
女の子は消え入りそうな声で言った。
『ま、いいけど。甘太郎と同じく、記憶喪失かもね。』
花咲さんが言った。
やっぱりそうなんだろう。
『きよくそーしつ?』
首を傾げていた。
ちょっと違うかも。
『記憶喪失。簡単に言うと、昔の記憶がないってことだよ。』
『・・・』
黙ってしまった。
『記憶喪失なら、アタシには何もできないなぁ〜。甘太郎ならわかる?』
うーん。
『夢とかきっかけがあって思い出すことはあるそうですが、完全に取り戻す方法はないそうです。』
新田先生に言われたことだ。
僕もまだ、完全には取り戻せていない。
いや、まだ全然戻ってないだろう。
『なら、甘太郎。この人を見つけた時、なんかなかったか?』
なんかと言われてもなぁ。
あ、
『近くに人がいて、逃げられました…』
『人か。外傷もそれなりにあったし、あと…』
?
あと?
『近くで注射器が見つかったんだって。今検査をしているけど、その人が何かをしたと考えるべきだろうな。』
注射器。
大丈夫だろうか。
あの時のことを思い出した。
『いや!やめて!』
え?
急に、茜さんが叫んだ。
混乱しながらも、駆け寄る。
『何か、あったの?』
『いやだ!怖いよ…』
花咲さんが言ったが、怖がられていた。
何もしていないはず、
でも、
もしかして、
さっき、花咲さんが言った‘ある言葉’に反応していたのがわかった。
それは、
『多分、注射器という言葉が苦手なんだと思います。』
花咲さんの耳元で、小さな声で言った。
『なるほど、トラウマみたいなものなのかな。』
そうなんだろう。
琥珀さんも暴言に対して、周り以上に怖がっていた時があった。
『うぅっ…』
怖かったんだろう。
僕も、あの時、
あの男に注射器を…
『助けて…』
茜さんが、僕の足に抱きつく。
『・・・』
『あらら、アタシ嫌われちゃったみたいだね。じゃああとは甘太郎、よろしく。』
『え?』
嘘。
僕にどうしろと?
『甘太郎なら記憶喪失についてもよくわかっているだろうし、人狼だし、アタシじゃ何もできないから。』
『えぇ!ちょっと待ってくださいよ!あ、あの茜さん!花咲さんは怖い人じゃないから、ね!大丈夫だから!お願いしますよ…』
花咲さんが行ってしまった。
と、
『浮気はすんなよ〜甘太郎〜』
それだけ言って、また去っていく。
『・・・』
どうしよう。
『銅さんも、記憶喪失?』
『はい、記憶喪失です。まだ、昔のことは思い出せてませんが、少しずつ思い出せてきてるので、茜さんも思い出せると思いますよ。』
僕はなるべく優しく言った。
でも、
『思い出したくないの。』
さっきのことが原因だろうか。
思い出したくない。
僕も、少しそう思っている。
きっと、辛い記憶ばかりだろうから。
そして実際、
辛い記憶ばかりだった。
今朝まで見た夢も、酷いものだった。
本当に、記憶を取り戻すべきなのかはわからない。
『どうしてだろう、怖いの。』
注射器。
それが、良いことに使われたとはとても思えない。
『ごめんなさい。絶対に思い出さないといけないわけじゃないから、思い出さなくてもいいと思いますよ。』
でも、
思い出したくなくても思い出してしまうこともあるだろう。
どうすることもできない、か。
『どうしたらいい?』
このあとは、どうしよう。
とりあえず、鬼塚さんに訊いてみよう。
『鬼塚さんのところに行きましょう。』
そう言って、鬼塚さんのところに行く。
『目、覚めたのか。で、どうなんだ?』
『えと、この子は茜さんで、記憶がないそうでして…』
?
両手を掴まれている。
片方は琥珀さんだ。
もう片方は、
茜さんだった。
茜さんは怖がっているようだった。
琥珀さんが2人に増えたように見える。
『そうか、お前と似てるな。で、花咲から聞いたか?ソイツの見つかった場所付近で注射器が見つかったそうだ。』
『うぅっ…』
茜さんの、握る力が強くなったのがわかった。
『はい、聞きました。確か今、調査中だとも聞いています。」
注射器。
それが、茜さんと関係のあるものなのかもわからない。
でもそれが、記憶を失くすのと関係があるかもしれない。
だとしたら、僕も、
まだ、なぜ病院で目覚めたのかもわかっていない。
僕は、大丈夫なんだろうか。
良くないことだけど、美雪さんは…
それが原因なら僕は…
茜さんは…
そうならないことを願う。
『どうした、黙って俯いて。なにかあったか?』
ふと、意識が戻った。
『あ、申し訳ございません。その、茜さんをどうしたらよろしいかと思いまして…』
『花咲はいないのか?』
花咲さんは…
『花咲さんは、よろしくと言って…』
『アイツ、またサボったのか。』
鬼塚さんも、困ってらっしゃるのか。
『寮なら貸せるが…』
寮?
確か、
剣士署のとこの家のことだったっけ。
でも、
1人で大丈夫だろうか。
今の状態で、1人にするのは危険だろう。
『うーん。1人にして大丈夫でしょうか?』
『良くないだろうな。なら、お前のところに泊めてやれ。』
『へ?』
それこそ大丈夫?
『はい…』
でも、鬼塚さんには逆らえない。
『以上か?』
『はい…』
話が終わる。
でも、
しばらく呆然と立ち尽くしていた。