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店の前の空き地が焼けた。
煙草の火が種火らしい。
クローバーが沢山育っていたのを覚えて
いる。
焼き跡には四つ葉のクローバーだけが無傷
で佇んでいた。
気味の悪いことは続くもので、今日も今日で変な客が来た。
その前髪の長いお客さんは、文庫本の中に紛らわせて題名のない本を置いていった。
「この本、なんです?」
私の質問には、一切応えるつもりがないのか
「処分するなら、そちらにお任せします」
と言って店を去っていった。
狭い路地の一角で古本屋を細細とやっていると、人目を避けたい本があつまることがある。
題名も中身も真っ白の本。
捨てるには物珍しい一品で、カウンターの隅にしばらく置いておくことにした。
「四つ葉のクローバーでも挟んでみるかね」
次の日、写真屋の兄ちゃんが店に来た。
「先週の町内会の集合写真焼けましたよ」
「わざわざ悪いね」
「そういや、ここらでしつこいセールスマンが出てるらしいで。ほれ、これが名刺」
誇張を着飾った兄ちゃんは、お得意の営業スマイルに腰を曲げ、不自然にお尻を突出す。
「貰っておくよ。私も歳だから気をつけるとする」
心にも無いことを此方もお得意の営業スマイルで返す。
二人してニヤニヤと笑いながら、私はカウンターの本を開いて、写真と名刺を挟もうとした。
「クローバー?」
「前の持ち主だな」
無益に続く白紙のページ。丁度真ん中に当たるページに、”三つ葉”のクローバーが挟まっていた。
写真を挟むことは遠慮した。
名刺だけを挟んだ。
あれからあの本は倉庫の奥にしまっている。
セールスマンが焼身自殺をしたと聞いたあの夜から、体を巡る興奮と後悔が離れない。
今も捨てられずにいる。