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セレスティア魔法学園のグラウンドは、
初夏の陽射しにきらめいていた。
色とりどりの旗がそよ風に揺れ、魔法の粒子が空気中でキラキラと踊る。
生徒たちの笑い声と、魔法の光が放つかすかな唸りが、セレスティア体育祭の華やかな雰囲気を盛り上げる。
年に一度のこの行事は、魔法使いの卵たちがその力を競い合う晴れ舞台であり、
保護者や町の人々が観客席を埋め尽くしていた。
だが、レクト・サンダリオスにとって、この日は希望と恐怖が交錯する、息の詰まるような試練の場だった。
レクトはバナナの魔法の杖を握りしめ、
グラウンドの端で一人佇んでいた。
汗で湿った手が、杖の滑らかな表面を滑る。
サンダリオス家から追い出され、ガルドという謎めいた男に匿われてこの学園に来た彼は、フルーツ魔法を磨き、家族に認められる日を夢見てきた。
母エリザには、第7話の戦いで一瞬の可能性を見出されたが、父パイオニアの圧倒的な威圧感と、姉ルナの冷淡な態度は変わらない。
家族に認められたいという願いは、彼の胸を熱く焦がすと同時に、凍てつく恐怖を呼び起こす。
そして、頭の片隅には、いつもあの事件がちらつく。
図書室でのゼンの死。
炎魔法の使い手だった友を、レクトは誤って毒林檎の魔法で殺してしまった。
あの時のゼンの苦しむ顔、床に崩れ落ちる音、血の匂い――すべてが夜な夜な彼の夢を侵食する。
秘密を知るのは、
親友のヴェル、担任のフロウナ先生、アルフォンス校長だけ。
彼らは口を閉ざしてくれたが、殺人罪の重圧は、レクトの心を蝕み続けていた。
もし家族が知ったら…もしバレたら…
そんな考えが、彼の心を締め付ける。
「レクト、緊張してる?」
ヴェルの声が、レクトの暗い思考を切り裂いた。彼女は応援団の旗を手に、優しく微笑んでいる。
「震度2」の魔法は、
かつて同級生から笑いものだったが、
レクトにはその不器用さが心の支えだった。
彼女の赤い瞳には、いつも温かな光がある。
「うん…でも、母さんが来てくれるって信じてる。ヴェル、ありがとう。」
レクトは無理やり笑顔を作ったが、胸の奥でざわめく不安を抑えきれなかった。
観客席に目をやる。
母エリザだけでも来てくれれば――
そう願った瞬間、信じられない光景が飛び込んできた。
エリザがいた。
彼女の金色の髪が、初夏の風に揺れている。
だが、その隣には、
厳格な表情のパイオニアと、
冷ややかな目をしたルナが立っていた。
サンダリオス家全員が、セレスティア魔法学園の体育祭に揃っていたのだ。
「母さん…! でも、父さん、ルナまで…!?」
レクトの心臓が激しく鼓動を刻む。喜びよりも、
過去の記憶――
「お前はサンダリオス家の恥だ」
と告げられ、
家から追い出された夜の冷たい言葉――が蘇り、身体が凍りついた。
エリザの台風の魔法は、空気を切り裂く嵐を呼び起こす。
パイオニアの炎の魔法は、すべてを焼き尽くす破壊力を持つ。
ルナの影の魔法は、人の心を縛り、恐怖を植え付ける。
彼らが本気になれば、この学園は一瞬で壊滅するかもしれない。
学校を壊されるかもしれない…
体育祭が中断されるかもしれない…
そんな恐怖が、レクトの頭を支配した。
パイオニアが観客席からグラウンドへと降りてくる。
その足音は、まるで地面を焦がす炎のように重く、魔法の粒子を震わせた。
炎の魔法を操るサンダリオス家の当主の存在感は、グラウンド全体を圧倒する。
レクトの視線がパイオニアと交錯した瞬間、背筋に冷たいものが走った。
「レクト。」
低く、抑揚のない声。だが、その一言には、まるで炎が迫るような圧が込められていた。
パイオニアの目は、
まるで魂を焼き尽くすような鋭さでレクトを捉えた。
空気が熱く歪み、レクトの肌がちりちりと焼けるような錯覚に襲われる。
「父、父さん…どうして…」
言葉を絞り出すのがやっとだった。
喉がカラカラに乾き、膝が震える。
パイオニアは一歩近づき、レクトを見下ろした。
その背後で、観客席のエリザとルナが静かに見つめている。
「お前がここで何をしようと、サンダリオス家の名を汚していることに変わりはない。」
パイオニアの声は静かだったが、
まるで炎が爆ぜるような怒りが込められていた。
言葉の一つ一つが、レクトの胸を焦がす。
パイオニアの周囲の空気が揺らぎ、微かな炎の粒子がチリチリと音を立てる。
レクトは動けなかった。
恐怖が全身を縛り、息すらまともにできない。
パイオニアはそれ以上何も言わず、踵を返して観客席へと戻っていった。
だが、その背中から放たれる圧は、まるでグラウンド全体を焼き尽くす炎のようだった。
エリザは遠くで、複雑な表情を浮かべている。
第7話の戦いで、彼女はレクトのフルーツ魔法に可能性を見た。
我が子の成長した姿に胸を打たれていた。
だが、パイオニアの圧力に縛られ、
彼女の心は揺れている。
ルナは冷たく目を逸らし、影のように無関心だ。
彼女の影の魔法は、まるでレクトの心に暗い霧をかけるようだった。
家族全員が観客席からレクトを見下ろしている。
いつ何をされるか分からない…
ゼンの殺人事件がバレれば、
家族は彼を完全に排除するだろう。
パイオニアの炎が学園を焼き、ルナの影が彼の心を縛り、エリザの台風がすべてを吹き飛ばすかもしれない。
レクトの頭に、そんな最悪の想像が渦巻いた。
体育祭が始まった。
最初の競技は「魔法障壁走」。
魔法で作られた障害物を突破しながらゴールを目指すレースだ。
レクトはスタートラインに立ち、バナナの魔法の杖を握りしめた。
だが、家族の視線が彼を縛る。
パイオニアの炎のような重圧、
エリザの揺れる視線、
ルナの影のような無関心。
それらが、まるで魔法の鎖となって彼の心を締め付けた。
胸が締め付けられ、息が浅くなる。
失敗したら…
父さんの怒りを買ったら…
「スタート!」
号令とともに、レクトは走り出した。
最初の障壁は風の壁。レクトはフルーツ魔法でマンゴーの盾を展開し、風を防いだ。
最近、思い通りにフルーツを出すことにも成功しているが、集中できない。
家族の視線が、まるで背中に突き刺さる刃のようだ。
次の障壁、雷の矢が飛んでくる。
咄嗟にマンゴーの盾を強化したが、タイミングがずれて腕をかすめた。
鋭い痛みに顔を歪め、よろめきながらゴールにたどり着いた。
観客席からのため息が聞こえる。
カイザとビータが近くで準備をしている。
かつてレクトをからかい、ゼンの事件を怪しんでいた二人だが、
エリザとの戦い以来、態度が変わりつつある。
カイザが電気魔法のスパークをチラつかせながら叫ぶ。
「おい、レクト! 負けるなー!!!!優勝するのは星光寮なんだぞー!!」
ビータも時間操作魔法で空気を揺らし、笑いながら言う。
「バナナ
振り回しちゃえーーーーーーーー!(?)」
二人の言葉に、レクトは小さく頷いた。
だが、恐怖は消えない。
パイオニアの言葉が頭を支配する。
…………ー
次の競技は「魔法綱引き」。
寮でペアを作り魔法を連携させ、相手ペアとの綱引きバトルを行う。
レクトは同じ寮のヴェルと組み、
彼女の「震度2」で地面を揺らし、相手のバランスを崩そうとした。
だが、家族の視線が重い。
パイオニアの炎が、ルナの影が、エリザの台風が、頭の中で渦巻く。
もしゼンのことがバレたら…もし失敗したら…
手が震え、
魔法の出力が不安定になる。ヴェルが叫ぶ。
「レクト、しっかり! 私も頑張るから!」
彼女の声に励まされ、キウイのベタベタした果汁で足場を強化したが、
レクトたちは僅差で敗退。
観客席からの冷たい視線が、
レクトの心に突き刺さる。
胸が締め付けられ、喉が詰まる。
母さん、僕を見てて…でも、父さん、ルナ…怖い………っ
フロウナ先生が遠くから見守っている。
果実アレルギーでフルーツ魔法に近づけないが、彼女の優しい視線は励みになる。
アルフォンス校長も観客席から静かに頷く。
だが、家族の視線は別だ。
パイオニアの目が、まるでグラウンドを焼き尽くすかのように熱い。
ルナの影が、レクトの心に暗い霧をかける。
エリザの台風が、いつ吹き荒れるか分からない。学校を壊されるかもしれない…。
最後の競技は「魔法模擬戦」。
仮想の敵を魔法で倒す。レクトの相手は上級生だ。
「サンダリオス家の落ちこぼれか。楽勝だな。」
相手が嘲笑う。
レクトはバナナの魔法の杖を構えたが、手が震える。
パイオニアの言葉が頭をずっと支配する。
フルーツ魔法でドラゴンフルーツを生み出して、武器として構える。
しかし、
上級生の魔法――風の刃――が彼を圧倒し、地面に叩きつけられる。
土の匂いが鼻をつく。観客席からの視線が、まるで彼を串刺しにするようだ。
パイオニアの炎、ルナの影、エリザの台風。すべてが彼を追い詰める。
「う…うぅ…」
涙がこぼれそうになる。
恐怖と屈辱が胸を締め付ける。
ゼンの死、
家族の否定、
殺人罪の秘密。
すべてが彼を押し潰す。
も
う耐
え
ら
れ
ない…
「トイレ…!」
レクトは競技場を飛び出し、観客席の視線から逃げるように走った。
グラウンドの歓声が遠ざかり、足音だけが耳に響く。
トイレに駆け込み、個室のドアを閉めると、ようやく息をつけた。
だが、涙が頬を伝う。
「なんで…なんで……っ……!
どうして…………また、、仲良くなりたいだけなのにぃ……っ!!!!!…」
膝を抱え、震える声で呟いた。
ゼンの苦しむ顔、パイオニアの炎のような怒り、ルナの冷たい影、エリザの揺れる視線。
すべてが彼の心を締め付ける。
トイレの冷たい床に座り込み、レクトは嗚咽を漏らした。
体育祭はまだ続くが、彼の心は恐怖の淵に沈んでいた。
「無理だ……無理………………全部無理……」
次話 7月19日更新!