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あの約束から数ヶ月、私が女王になって9日後。
夜の帳が降りると、牢の外から足音がした。
鉄格子越しに見えたのは、見間違えるはずもないあの姿。
「……エレノオール?」
彼女は蝋燭を掲げ、そっと鍵を開けた。
灯りが揺れて、二人の影が壁に重なる。
「本当は、来てはいけないと分かっていました。
でも……貴方に伝えたかったのです」
「伝えたいこと?」
「貴方は生きるべき人だと。
どんな罪であれ、貴方は国を、そして信仰を愛していた。
だから、死んではいけません」
彼女はそう言って、自らの外套を脱いだ。
その下には、私と同じような質素な囚人服。
「……どういうつもり?」
「服を、交換しましょう。わたしは貴方に似ている。髪も、背丈も。
貴方は外へ出て、生きて。——これは、わたしの頼みです」
私は息を呑んだ。
その言葉があまりにも真剣で、涙を堪えるのに必死だった。
「駄目です……!それではあなたが——」
「ええ、分かっています」
「それでも?」
「それでも、お願いです。
わたしの命で、貴方が生きられるなら……この身は惜しくありません」
___
遠くで鐘が鳴る。
エレノオールは微笑み、私の頬を撫でた。
「貴方が生きて、どこかの空の下で笑ってくれるなら、それだけでいい」
——それが、彼女の最初で最後の“わがまま”だった。
そして私は、その願いだけは拒めなかった。
「……分かりました。
あなたの頼み、わたくしが必ず果たします」
服を交換し、髪を隠し、最後に指先を握った。
その手は、あの春の日と同じように、少し冷たくて優しかった。
「ありがとう、ジェーン。生きて」
「ありがとう、エレノオール。死なないで——」