コメント
2件
もうこれ小説ですか???めちゃくちゃ表現とか大好きです!!!
ロ兄鬼の平和軸
pn side
俺の名前は天乃、しがない刑事だ。今現在、弟である呂戊太の通学路を懸命に走り抜けていた。刑事としてあらゆる捜査を費やし、ようやく真犯人を追っている最中…という訳ではなかった。”呂戊太”と名前が小さく記されている体操着袋を片手に、必死に腕と脚を動かし続ける。つまり、弟の一大事だった。呂戊太が好きな体育に参加出来ず落ち込んでいたら…そう考えただけで胸が苦しくなった。慰めるかのように心の中で弟の名前を叫び続け、なんとか校門の前まで辿り着く。
疲れたように膝に手を置きながら、乱れている息を整える。ほんの少しの休息を止め 静かに門を開けて学校の敷地に入るが、校庭に人影はなく屋外での体育はまだ始まっていないようだった。呂戊太、兄ちゃんはやったぞ。間に合ったであろう安堵感に浸るが、それと同時に此方に近寄る静かな足音が聞こえてきた。
「よぉ天乃、随分と早いお迎えだな。まだ授業中だぞ」
教師とは思えない気だるげで退屈そうな声。だが天乃にとっては耳心地が良く、昔から変わらない馴染みのある声だった。すぐに顔を上げて前方を見れば、見覚えのある姿を目に捉えた。予想通り、目の前に居たのは自分の幼馴染であり 弟の担任でもある猿山らだ男だった。
「久しぶり猿山!実は呂戊太が」
言葉を言い終える前にパチン と小さな音が額に響いた。不意をつかれ思わず唖然とするが、徐々に額へ僅かな痛みが滲み出てきていた。どうやら出会って早々、猿山にデコピンされたらしい。
「いって…急に何すんだよらだぁ!」
痛みを解すよう額をこすりながら、顔を顰めて猿山へと文句を言う。だが猿山本人は気分を害したかのように、此方より顔をより顰めていた。それも一瞬の事で、瞬きした間にはいつもの退屈な緩い表情が現れていた。
「硬っ苦しい呼び方したお前が悪い」
「はぁ?暴君かよ…」
苗字で呼んだだけでデコピンされるとは これ如何に。否、そもそも猿山と口論する為に学校に来た訳では無い。呂戊太が体操着を忘れたので 自分が届けに来たのだと伝えようとしたが、実際に言葉を継ぐことが出来なかった。猿山の手、正確に言えば猿山の指につけられた指輪が目に入った。高価そうな指輪、左手の薬指、言わずもがな結婚指輪だろう。驚きで固まってしまった思考を無理やり動かし、訝しむように少し眉を顰める。
「…らだぁ結婚してたの?」
「ああ、これ?」
猿山はバツが悪そうに笑って、はめられていた指輪を指でなぞっていた。猿山が結婚していたなんて聞かされていなかったし、幼馴染なのに言われもしなかった。だが 一旦それを全部置いておくとして、一番重要な事を猿山から伝えられてなかったのだ。
「まぁこれはなんていうか…」
「嘘でしょ結婚式に招待されてないんだけど!!!俺の事ハブった?!」
「話聞けよ」
それからしばらく弟の体操着を届けに来た事を忘れて、猿山に尋問する形で話し続けていた。そして猿山から得られた話は三つだった。
一つ目は結婚式は挙げていないとの事、嫁さんも猿山も お互い盛大にする気持ちではなかったらしい。二つ目は猿山が少し羽目を外して遊んでしまった事、そのことが嫁さんにバレて喧嘩になったと。三つ目は嫁さんとの現在の事、言わずもがな 良好な関係ではない。此方の感想としては猿山の自業自得としか言えなかったし、ちょっと引いた。猿山自身も自分の行動に非があるのを理解しているようだが、心から反省しているかどうかは分からなかった。
「マジで嫁さんに謝れよ」
「わーってるよ…」
叱るように言っても、猿山は気だるそうな返事しかしてくれなかった。あまり他人の家内事情に踏み込まない方がいいのだろうと思ったが、生憎にも 天乃はお節介焼きだった。特に幼馴染に対しては。仕方ないな と独り言を呟きながら、頼まれてもいない嫁さんと猿山の関係を修復させる策を考えてみようとした。だが先に猿山が口を開いた為、考えを練ることは出来なかった。
「…俺が結婚してるって知って、天乃は何か感じた?」
「え、何かって?」
幼馴染が知らない間に結婚していたとして。此方に黙っていた事への多少の不満はあるが、それ以上に猿山が誰かと幸せになれた事が嬉しい という気持ち以外なかった。現状の夫婦関係が幸せと言えるかは、少し微妙だったが。猿山の方を見れば 察しが悪い此方に、少し苦労しているようだった。
「ほら、例えば…嫉妬とか」
「嫉妬?何で?普通にめでたい事だろ」
猿山が何を言いたいのかよく分からなかった。結婚は良い事だし、幼馴染となれば尚更だった。もちろん 先を越されていた等で悔しくはなるが、嫉妬まではいかないだろう。不思議そうに小首を傾げていれば、猿山は此方から少し目を逸らしていた。
「…あっそ」
聞いてきたのは猿山だというのに、素っ気ない相槌をされる。何か対応を間違えたのだろうか。イマイチ腑に落ちなかったが、細かなことを気にするほど几帳面ではなかった。一瞬 お互い気まずい静寂が身に染みたが、学校から聞こえるチャイムに沈黙は破られた。猿山は何か言いたげにしていたが、静かなため息と共に躊躇いの表情は消えた。
「それ。呂戊太の忘れもんだろ、俺が届けとく」
「あ、うん。ありがとう」
我に返ったかのように、自分が何をしに来たのかを思い出した。手にしっかりと持っていた体操着袋を猿山に渡し、此方は手ぶらとなった。正直 既に出勤ギリギリな時間の為、今すぐにでも走り出したかった。
「じゃあ俺これから仕事だから、またな!」
「おー。またな、へっぽこ刑事」
「うっせ!」
猿山に別れを告げて、颯爽と門から校外へと出ていく。背中越しに鋭く刺さる視線は そのまま無視した。