TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する


「そんじゃあ、京さん!月子ちゃん!劇場に行こうぜ!」


「二代目、今からだと月子はまだ早すぎるだろう?」


二人だけで先に行けばいい、吉田もいるのだから月子は心配ないと岩崎が言う。


どうやら、早めに集まり、リハーサルという事前打ち合わせを行うらしい。


「学生達も花園劇場は初めてだからね。いきなり舞台に立って演奏は、さすがに酷というものだろう?」


岩崎は学生達のことを心配し、色々段取りを立てていたようだ。


月子には、難しい話で正直ついて行けず黙っているしかなかった。


結局、岩崎の意見に二代目も同意して、月子の移動は吉田に任せることになった。適当な頃合いに、吉田が劇場へ送るということになったのだが……。


「あっ!では、旦那様!お咲ちゃんは!お咲ちゃんも舞台に立つのですから……」


月子は、岩崎へ問うた。


舞台に立つのは、お咲も一緒だ。皆と同じく初めてなのだから、リハーサルというものをやらなくて良いのだろうか。


そんな月子の疑問に岩崎は、


「お咲は、幕間に唄うだけだ。これは、学生の発表会だから、お咲には、リハーサルは必要ない」


少しぞんざいに答えて、玄関へ向かおうとしている。どうやら、時間が迫っているようだった。


「吉田!すまんが、月子を頼む!学生達と、劇場入り口前で集合なのだ。私が遅れては話にならん」


花園劇場は神田界隈では、老舗の演芸場なのだが、いかんせん、老舗そのままの古い建物と設備なのだ。


帝都の劇場、演芸場、大なり小なり舞台が備わる場所では、すでに椅子席が当たり前になっているのに、まだ、二昔前かと思える、入り口で下足番《げそくばん》に、履き物を預ける、更に升席という有り様で、観客は床に腰を下ろす状態なのだった。


楽屋も当然狭く、出演する学生達全員は入りきれない。そこは女学生に譲るということにして、男子学生は、出番が近づくまで、劇場の裏で待機することになっているらしい。


とはいえ、その楽屋入り口も、人一人が通れるかも疑わしい裏路地を抜けなければならず、初めての学生には、分かるはずもない。


ということで、ひとまず、劇場入り口に集合し、皆で、楽屋口を確認する。それから、舞台へ上がって、広さを体感するという事になっているらしい。


二代目からの劇場の作りの情報を、岩崎と中村が相談し会ってそこまでまとめあげたようだが、そんな理由から、遅れられないと、岩崎は急いていた。


「二代目、支配人との顔合わせもある。一緒に来てくれるのだろう?」


「ああ、もちろん!りはーさるってのに、立ち会いますよっ!不備があるなら言ってくれ。でも、なんともなりゃしないと思うので、京さん、適当に誤魔化すことも考えといてくれよ!」


十分な時間がとれなかったのだからと、岩崎は、二代目の逃げ口上のような言葉にも素直に返事をしている。


と、岩崎、二代目が、真顔になっている状況で、お咲にリハーサルは必要ないと言われては、月子も黙り混むしかなかった。


そんな、月子の少し陰った顔つきに岩崎も気が付いたようで、


「大丈夫だ。月子、みてごらん」


居間の方を指差す。


すると、月子の背後では、女中達がお咲を囲み、お辞儀の仕方、歩き方を教えていた。


お咲は、言うなり頭を下げて、歩いてと、何やら練習をしている。


「学生と違って、お咲は、まあ、余興のようなものだから、さほど神経質にならなくても良いだろう。唄う事ができればそれでいい。伴奏として傍に中村がいるんだ、大丈夫だ」


うん、と大きく頷く岩崎の仕草は月子にとってとても心強いものだった。


言われてみれば、中村もいるのだから、言葉通り大丈夫なはず……。


「そ、そうですね。お咲ちゃんは、音楽学校の生徒ではないのですから。桃太郎を唄うだけなのですから、皆さんと打ち合わせは、必要ありませんよね」


納得している月子に、そうゆうことだと、やや、冷たくいい放つと岩崎は、今度こそ玄関へ向かった。


それだけ、急いでいるのだろう。ひょっとして、自分が足止めしてしまったかもと、やや、心配になりながら、月子も、慌てて後を追った。


「行ってらっしゃいませ」


靴を履く岩崎の背中に月子は声をかける。


「うん、行ってくる。月子も、吉田に連れて来てもらいなさい。劇場では、直接会えないかもしれないが……」


そうか。と、月子は、はっとする。岩崎は、演奏の進行の為に裏方に徹するのだ。そして、幕間に、芳子と唄う事になっている。


月子は、舞台の上で唄っている岩崎を見ることしかできないのだ。


なるほど……。本当に、演奏会が始まるのか。


月子は、妙に、緊張した。


客席から見ていれば良い立場なのに、この感じはなんなのだろうと、オロオロしていると、ポンと岩崎の手が月子の頭の上に乗った。


「月子も演奏を楽しみなさい。特に、私の唄に期待して欲しい」


言って、クスクス笑う岩崎に、


「あーー、時間がねぇだと、焦ってた人が、何、甘ったるいことやってんだよぉぉーー!!」


先に草履を履いていた二代目が玄関外で悪態をついている。


「うるさいぞ!二代目!今行く!」


じゃあ、舞台で。と、岩崎は朗らかな笑みを月子へ向けた。

loading

この作品はいかがでしたか?

48

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚