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「──やった!」

「あぁ──!」


私と犬養の声が重なり。

ハッと後ろを振り向く前に、犬養にどんっと体当たりをされて、物が散乱した畳の上に転んだ。


やばいと思い、すぐさま身構えるが犬養は「あぁ」

とか「うぁ」とか。

嗚咽を漏らしながら、私に目もくれず。よろよろと真っ二つに裂けた箪笥に近寄っていた。


「な、なんてことを……こんなことをしたら、俺が俺が、呪われてしまう……!」


震える声で、箪笥の前で小刻みに頭を抱えて震え出す犬養。どうやら私は眼中にないみたいだが──。


この状況で今、下手に動いたら犬養を刺激してしまうのではないか。

すぐに立ち上がり、青蓮寺さんの元へと駆け出したいのをぐっと堪えて。

犬養の震える背中を注視しながら。できるだけ音を立てず、息を潜め。手の痛みを堪えてジリジリと畳の上をあとずさる。


犬養の行動も気になるが目の前で不可思議な力によって、箪笥が割れてしまったことにも胸がドキドキしていた。


箪笥を壊すのに渾身の力を込めた。全身全霊で警棒を振るった。それでも左右にぱっくりと割れるなんてあり得ない。


青蓮寺さんの言葉を思い出す。


「狗神使いは祀っているものを破壊したら、呪いが呪術師に跳ね返って来る……しかも、青蓮寺さんのお札で呪いが増幅されるようになっている……!」


それがどんなことを引き起こすのか、私にはさっぱりわからない。


そう思ったとき。

狼狽える犬養の足元に転がっていた蝋燭の先に、ふわりと明かりが灯った。


薄暗い部屋の中でぽっと、突然灯る光源に凝視する。


「え、ほたる?」


こんな山の中。

季節外れの蛍が迷い込んだと思ったが。そんな訳もなく。

小さな灯火は意思を持つかのようにゆらめき。光がカッと強くなり。


白い光から赤い閃光に変色する様子を見て理解した。


これは──炎!

「嘘、なんで炎が!」


突然の発火現象を見て驚き。大きな声を上げてしまった。

すると犬養がびくりと大きく体を震わせて、首をこちらに向ける前よりも早く。


信じられないことに、足元の炎がいきなり大きく膨れ上がり。犬養を包み込んだ。


「ぐ、うわあぁぁっ!? ど、どうして炎がっ」


犬養の絶叫は未だ鳴り響くブザー音より、けたたましかった。

突然の光景に私はただ茫然としてしまう。

犬養は炎に包まれ、炎を振り払おうと必死にその場で転がり。悲鳴を上げながら手や足をばたつかせた。

そのたびに火は小さくなった。しかし、決して消えなかった。


「火がなんで消えないっ!?」


火は振り払われても、また犬養に吸い寄せられるように絡みついて離れない。


それはまるで炎が、犬みたいにじゃれつくように。

決して犬養から離れないと言う意思を感じてしまった。


しかも炎はそここに飛び火して、薄暗い部屋が明るくなりつつあった。


「は、早く、逃げなきゃっ」


あまりの光景に硬直してしまいそうになる体に叱咤して。なんとか力を入れて青蓮寺さんに近寄る。


「青蓮寺さんっ。起きて。家が、大変なの。火がいきなりついて、か、火事になってしまって」


ゆさゆさと未だ倒れている青蓮寺さんの肩を揺らすと、青蓮寺さんは小さく「うっ」と呻いてから、やっと硬く閉じていた瞳を開けてくれた。


それでけでもほっとする。良かった。でも安心するにはまだ早すぎる。


青蓮さんの手を強く握り締める。


「青蓮寺さん、早く逃げましょう。ほら、私の肩に捕まって。すぐに病院に連れて行きますからっ」


だから頑張ってと、再度励ますと青蓮寺さんが力なく笑った。


火の明かりに照らされた青蓮寺さんの顔は青白く。額にはびっしりと珠の汗が浮かんでいた。


「ごめん。先行ってて、あとで必ず行くから……僕のことはええから、早く、行ってくれ」


そんな言葉と同時に、掴んだ手を振り払われてしまった。


「!?」


そんなことを言わないで欲しい。シャレにもならない。

私が振り払われた手をもう一度、強く掴むと。


犬養が「水っ、みぃずぅぁああっ──!!」と、叫びながら私達の横を脱兎のごとく駆け抜けた。


それはまさに火事場の馬鹿力みたいな動き。


どたばたと力強く畳を蹴りながら走る犬養。

その体にはあちこちに不自然に炎を纏っていて、ゾッとするような光景に身震いしてしまう。


そんな犬養は私達のことを気にする余裕などないらしく。叫びながら水を求めて部屋を出て行った。


しかし。これはチャンス。


犬養がこの場から去ってくれた。


でも、犬養が置き土産のように撒き散らした厄介な火は、割れた箪笥を中心に火の手を伸ばしていた。


一刻、一刻と。壁、床、天井に炎が広がる。


パチパチと何かが爆ぜる音。

焦げ臭い匂いに、煙が充満し始める。

まだ視界がある今のうちに、逃げるべきだと思い。


青蓮寺さんの言うことなんか無視をして、無理矢理肩の下に体を差し込み。胴体に手を回して。ぐっと足に力を込めた。


「ら、らちゃん。もうええ。ちょっと、血を失い過ぎて、僕はもう無理」


「無理なんかじゃない! こんなところにいたら、焼けてしまいますっ。ほら、後ろには火が迫っているでしょう! だから一緒に今、逃げるんですっ!」


前を向いてぐいっと一歩、踏み出す。

それだけでも凄く力を要した。正直、青蓮寺さんの体を支えるので精一杯。

力が入ってない人間の体はぐにゃぐにゃしていて、とても重い。


飛び込んできた和室の入り口が、遥か先にあるように見えてしまい。背中に早くも冷たい汗を感じた。


ハァハァと呼吸を繰り返し。

不安に駆られて泣き言を言いたくなるのを堪え、また一歩進む。


「……ふっ、僕を置いて逃げたらえぇ。さすがに呪ってやるとか、思わんから……」


「何言ってるんですか。この後、アイスクリーム買ってもらわなきゃだし。私の魂欲しいんでしょっ!! 帰ったら上げますから、お願い。しっかりして……!」


青蓮寺さんは最後にもう一度、くすりとか細く笑い。

「早く逃げろ」と言葉を残して、上げていた頭をがくりと落とした。するとズシリと私の体に負荷が増した。


「っ、くっ」


ギリッと奥歯を鳴らしてしまう。

青蓮寺さんはそれ以降は私の耳元で、か細い呼吸を繰り返すだけ。


「青蓮寺さん……っ、気絶は許してあげるけど、死んだら許さないんだからっ」


もはや、ずるずると青蓮寺さんを引き摺るように担ぎ。

荒い呼吸を繰り返して、なんとか和室の入り口近くまで戻ってこれた。


肺に空気をたくさん取り込みたいのに、臭い煙が混じり息もしにくい。

何より後ろを振り向かなくても、炎の存在感は増していくのが感じて、恐怖が増すばかり。


「早く、逃げなきゃ、早く、逃げなきゃ……っ、ゴホッ」


咽せた時にチラリと、開け離れた障子から庭が見えた。割れたガラス戸の外はすっかり暗くなっていたけど、流石に庭には火の手が回ってなかった。


「庭から逃げたら……だめ。庭はだめだ」


直ぐに視線を前に戻して、一歩。また前にジリジリと進む。


本当は庭に飛び出したかった。

しかし、私は坂の下からこの家の庭を取り囲むように、周りには塀のように高い木々と柵があったことを思い出していた。


その木々や柵を青蓮寺さんを抱えて、越えれる気がしなかった。

一刻も早く青蓮寺さんを病院に連れて行かなければならない。だから外への一番の近道は。


「このまま、前に進むことだ」


言葉にしてまた、歯を食いしばる。

このまま進むのは間違いなんかじゃない。

私一人が庭に逃げるなんてあり得ない。


そう思いながら、また一歩前進した。


やっと、和室の入り口まで辿り着いた。

それでも既に全力疾走したかのように、心臓はドクドクと脈打ち。額や胸、背中にびっしりと汗をかいていた。


「っ、はぁはぁっ……ここから、また玄関まで、遠いっ」


恐ろしい火はまだ和室の半ばと行ったところ。

和室を出た廊下には幸い火の手は上がっていなかったが、真っ暗な廊下に充満する煙が凄かった。


後ろから迫り来る炎。

物が焼ける音や鼻を突く異臭。

視界はもう──ほぼない。

煙で目が痛い。

状況はどんどん悪くなるばかり。


この煙の中から突然。先に和室を飛び出した犬養が襲ってくるのではと、私の脳みそが余計なことを考えてしまう。


「だ、だから大丈夫だってば、そんなことないですよね、せ、青蓮寺さんっ……!」


『せやな。大丈夫やろ』なんて、一言でも言ってくれたらこの体の震えは止まるのに。

何も言わない青蓮寺さんに、最悪の結末を思い描いてしまう。


「ダメっだってば! 余計なこと考えないでっ!」


自分自身に叱咤してから、もう一歩と足を前に押し出す。

私が諦めたら終わりだと言い聞かせて、恐怖に叫びたくなる心を押し殺す。


コホコホと咳き込みながら、少し前に進んだとき。

和室の部屋じゃない場所から、がしゃん、がしゃんと、誰かが暴れる音が聞こえてきて「ひっ」と、体をすくませた瞬間。


体のバランスを崩してしまい、その場にどさっと倒れ込む。

しかも青蓮寺さんの体を離してしまい、二人情けなく廊下にべちゃりと這いつくばる格好になった。


「痛っ、青蓮寺さん、ごめんなさいっ」


謝っても青蓮寺さんは何も反応しない。床に力無く倒れているだけ。


もう一度、なんとか立ち上がろうとしたけども。


また暴れる音に犬養の悲鳴らしき声を聞いて、心が恐怖で固まり。伝播するように体までいよいよ動かなくなってきた。


「あ、あっ……ごほっ」


それに何よりも、このまま廊下を真っ直ぐ進むと玄関だったか。そうではないか。

煙のせいで方向感覚がわからなくなってしまっていた。一度座り込んでしまうと疲労と不安が襲ってきた。


ここの家はすごく広くて、廊下も長い。

今自分のいる場所をイメージ出来なかった。


和室に辿り着く前に、どこかの部屋に続く廊下があったような気がする。そちらに進んでいたらどうしよう。


それに無事にここを出たとしても、こんな状態の青蓮寺さんはきっともう。


「あっ、ぁぁ」


嗚咽が口から漏れた。

心が恐怖で塗り潰されてしまい、それに抗うことがもう出来なくなってしまった。


それでも、もう一度。呻き声すら上げない青蓮寺さんの体を支えようとして、肩を掴んだ。

なのに指先に力が全く入らなくて、涙が溢れてしまう。


よく見ると私の指先は爪が割れて、血が滲み。手の平は皮が剥けて、ボロボロだった。


「こんな手じゃ、無理か。ご、ごめん、なさい。私、もう立てない……ここまでみたいです……」


もの言わぬ、倒れている青蓮寺さんの手を掴み。

頭を深く落とす。


魂を上げると言った。

せめてここで私も一緒に死んだら、約束は守れるだろうか。

頑張れなくてごめんなさいと、涙を溢れさせたとき。


──ワン!


元気の良い。

とても澄んだ犬の声を聞いた。


「この、声は黒助?」


まさかと、重く下げていた頭を上げる。

するとまた、ワン! と近くで声がしてハッと声をする方向を見ると、煙が充満して視界もなにもない。のっぺりとした絶望の景色の中。


黒くてふわふわした小さな犬。つぶらな黒い瞳。黒助が在りし日の姿のまま。そこにはっきりと居た。


驚いて声も出せ無い私にトコトコと近寄ってきて。

私のボロボロの手に、冷たい鼻先を手に押し付け。暖かな舌でぺろぺろと甘えるように舐めて来た。


手に暖かな感触と柔らかな毛皮を感じて、愛しくて涙がポロポロ溢れる。


「く、黒助っ」


これは夢なのだろう。限界を超えてしまった私の脳が作りだした虚像。虚映。

たって、黒助に舐められた手は痛みが止まり。震えも止まった。


もしくはこれは幻覚じゃなくて、黒助があの世から私を迎えに来てくれた。

きっとそうに違いない、ありがとう。優しい子。


思わず抱きしめようと手を伸ばすと、黒助はワンワンと『違うんだ』と言うように鋭く鳴いてから。


私の手を擦り抜けるようにさっと前を走り出した。

すると不思議なことに、黒助が駆け抜けて行った視界が──急にぶわりと明るくなった!


そればかりか真っ白で真っ黒な煙が取り払われて、目の前がクッキリとクリアな視界になった。


空気も澄んでいる。あまりにも不思議な光景に涙がピタリと止まる。


「一体、これはどう言う……」


黒助は澱みない視界の中。

ちょこんと玄関に座っている。まるで私を待っているよう。


黒助が座っている場所は私が入ってきた玄関に違いない。視界が良くなった今、私が居る場所が廊下だとわかった。


引き戸が壊れている様子もここから、はっきりと見える。

これは幻覚を通り越して、黒助が見せる魔法なのだろうか。


呪いがあるならば、きっとこう言うことだって起こってもいいんじゃないかと思っていると。


わふっ。ワンワン──と。

後ろに犬達の元気の良い声がして、そちらを見ると。倒れている青蓮寺さんを取り囲むように、犬達が戯れていた。


犬はドーベルマンのような大型犬もいれば、茶色の柴犬、真っ白なチワワ、キャラメル色のダックスフンドなど。犬種のわからない犬達も居た。


その犬達が青蓮寺さんの顔を舐めたり。寄り添ったり。廊下に投げ出された長い髪を前足で遊んでいたり。犬達は皆、嬉しそうに尻尾を振っている。


穏やかと言ってもよい光景がそこにあった。


それを見ていつの間にか恐怖心はなくなり。

最後に見る光景がこんなふうに、犬達に見送られるならば。幻覚でも魔法でも悪くない。


ふっと笑ってしまうと。


「っ、く、擽ったい……」


と、もぞりと青蓮寺さんが動いて反応した!


ばっと青蓮寺さんに近寄ると額には汗がびっしりと張り付いていたけど、顔色は赤みがさし。呼吸はしっかりとあった。


「せ、青蓮寺さん気がついたんですかっ。私もう、死んでしまったかと……!」


「……勝手に殺さんといて欲しい……」


その声と反応に嬉しくなり。


また手を掴むと、今度はぎゅっと強く握り返してくれた。

その手の力強さに胸が暖かくなり力が沸いた。

まるで胸に暖かな炎が宿り。全身に力が漲るような感覚だった。


この感覚は幻覚なんかじゃない。

そして魔法でもなく。


黒助や犬達は迎えに来てくれたのではなく、導いてくれに来た!


ほら、だって手も痛くない。足も震えない。

もう大丈夫。今ならもう一度立ち上がれる!


「帰りましょう。私達の家に」


青蓮寺さんの目をしっかりと見つめて、はっきりと言った。


すると青蓮寺さんは深く頷き。

言葉を口にし無い代わりに、ずっと私の手を力強く握っていてくれた。それがとても心強かった。


言葉はもういらないと思って、もう一度青蓮寺さんの肩を担ぎ。すっとその場に立ち上がった。


周りに居た犬達がそれを歓迎するかのように、私達の周りをくるくると回る。


すると嘘みたいに体が軽く。青蓮寺さんを背負っているのにも関わらず、足がすいすいと進む。


黒助が待っている玄関を目指して大きく足を踏み出す度に、犬達が私達の周りで楽しそうな声を上げる。黒助が目の前でここだよ、言わんばかりに声を上げる。


まるで私には頑張れと、言っているように聞こえた。


この声に応えなければならない。

黒助が待っている玄関まで早く行かないと。


それこそ──火事場の馬鹿力が引き起こした都合の良い現象だとしても。


「ありがとう。皆、ありがとう。弱音を吐いてごめんね。助けてくれてありがとう。黒助ありがとう。大好きだよ。ずっと大好き」


犬達に感謝せずにはいられなかった。

周りを取り囲む犬達はひょっとして、いつか見たあの夢。

夢で出会った、犬達だと思った。


皆、こんなにも可愛い顔をしていた。

それが知れて嬉しかった。


「ありがとう。本当にありがとう……!」


また涙が溢れそうになるけど、泣くのは今じゃない。泣くよりも前に進めと顔をあげる。


私は誰かに助けて貰ってばかり。

青蓮寺さんや犬達に助けて貰えて、私には一体何が出来るのだろう。

それを確かめるためにも、絶対にこんなところで死ねない。


黒助は玄関で前足を上げて、ワンワンと嬉しそうに鳴いている。


それがまた私に前を向いて、一歩を踏み出す力を与えてくれている。


そこからは夢中で、黒助が待つ玄関を目指すのだった。

──無我夢中で玄関まで辿り着き。


玄関外の地面の上に倒れている、ガラス戸をばきっと踏み抜く。

頬に当たる冷たい風。

外の風景はすっかり暗闇。

ポツポツと頼りない電灯が目についた。


それでも今は前に進めるだけ進みたかった。


たたらを踏みながら、息をつかせながら、それでも何かに取り憑かれたかのように前に、前に進む。


灯りも乏しい坂道を少し下ったところで。青蓮寺さんの体温としっかりとした呼吸音を感じてハッとした。


それはまるで夢から醒める前の刹那。現実に引き戻される浮遊感に似た感覚だった。


「──わ、私生きている! 青蓮寺さんも生きてる!」


足を止め。声に出すとより現実感が増し。あの家から脱出が出来たんだと実感した。


それと同時に周囲を見回すと、周りには犬の姿なんか全く見当たらなかった。


「黒助……っ!」


名前を呼んでも反応も姿もない。

息をつかせた声が夜の中へと消えていく。

それがとても悲しかった。もう一度抱きしめたかった。


こんな現象。他人からすると限界の中。追い詰められた私の頭が見せた、都合のよい幻だと言うに違いない。


けど私は黒助や犬達の魂に助けられたと思った。


目頭が熱くなったとき。オーンと犬の遠吠えを聞いて、そちらに目を向けるとびっくりした。


それは犬養の家──火の手が上がり。夜空に火と黒煙を立ち昇らせていた。


そこに透明の立体映像と言ったらよいか、分からないけど。


家と同じくらいの首のない大きな犬が、体に鎖を巻きつけられ……いや。違う。


鎖から解き放たれて。炎の中できらきらと淡く輝き。その輪郭が炎に溶けていくところだった。


「なに、あの大きな透明な犬は……わ、……私は夢を見ているの?」


まさか。本当に夢を見ていて醒めたら火の中だった、なんて洒落にならないと思いながらも。

火の中に消えてゆく犬に、目が釘付けになっていると、ォオ──ンッと。

次は怨嗟の声に満ちた、耳障りな遠吠えが聞こえてぞっとした。


その声の持ち主は坂の上に居た。


燃える家を背景にして、佇んでいる《《なにか》》。ただならぬ不気味な気配を感じた。


火に照らされたその体は、ボロをまとったように黒く。背は前へと卑屈に丸めて。両手をぶらぶら揺らしていた。

眼はこちらを見てギラギラと睨みを効かせている。口は大きく開いて、舌をべろんと出していた。


まるで異形。

まるで──狗。


しかし、その顔にはどこか見覚えがあった。


「まさか。その顔は……犬養?」


私がつぶやくと、また不愉快に哭く《《なにか》》。

その様子に息を呑む。


「ひょっとしてこれが……これが、犬養が受けた報い……呪い!?」


考えるよりも先に言葉にしていた。


発火現象は呪いの導因でしかなく。

狗神を祀っている箪笥を私が破壊し。青蓮寺さんが作った呪いを増幅させる札を貼ったことにより。


呪いを受けた犬養は人ではなくなり。

人として死ぬことを許されず。


狗になってしまった──そう感じた。


そこに悲哀の念も同情の念も浮かばなかった。

ただ、いつか命が果てるそのときまで。


「今までやってきたことを懺悔しろ!」


|犬養《狗》に挑むように言ってやると。

|犬養《狗》はヒャウンと弱々しい声を上げて、坂を下らずに。

だっと、山の方へと逃げるように駆けて行った。


それは山狗が山に帰るような一幕だった。


その後ろ姿を見て、|犬養《狗》への興味も何も失せてしまった。


私にはもっと目を向けることが沢山ある。


「──さぁ、早く。病院に行かなくちゃ」


あともう少しだけ頑張れ。まだ頑張れる。大丈夫。黒助や犬達の姿はもう見えないけど、絶対に見守っていてくれる。だから、大丈夫。


そう思いながら、燃え盛る家にまた背に向けて。

坂を降りて。


車にやっと辿り着いたのだった。

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