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#カンヒュ
ライチジャム
727
78
瑠璃色
53
――壁にデカデカと掲げられたその怪しげな文字盤を前に、ヨンスと菊は固まっていた。
「……なるほど。これは一部の文化圏、あるいは怪異において時折散見される、悪質な精神的トラップの類ですね」
「マジでか! なんでここで俺たちがそんなことしなきゃいけないんだぜ!?ていうかこれお前んちのトラップなんじゃないっけ?!!」
パニックになりかけるヨンスだったが、どんなに押しても引いても部屋の扉はびくともしない。
しかも、壁に掛けられたなにかのタイマーが無慈悲にカウントダウンを始めている。
制限時間がゼロになれば何が起きるかわからない雰囲気だ。
状況を察したヨンスは、すっと胸を張ってニッと笑った。
「……ふっ、仕方ないんだぜ。俺も大人の男だからな、腹を括るしかない!」
「えっ、あ、理解が早くて助かりま…」
「大丈夫なんだぜ菊! 俺がしっかりネコ(受け)になってやるから、思う存分攻めてきていいんだぜ!」
「……ん?え??…ちょっと待ってください」
菊が即座に手を突き出して制止した。
「あれ?なんか私がタチ(攻め)ってことにされてますけど、…いいんですか?そんなあっさりと主導権を私に渡してしまって…。こういうのはどっちが上か下かで散々揉めるのがセオリーで…いや、私がタチなのは全く異論は無いんですが……」
「何ごちゃごちゃ言ってるんだぜ! 俺は生まれた時から世界の中心、主人公気質(ナムジュ)なんだぜ! そんな攻めるのが相応しすぎる男前の俺が、お前のために今回だけ出血大サービスで可愛く受けてやるって言ってるんだ!感謝してほしいんだぜ!じゃあ早速始めるとするか!」
「……よくわかりませんが、ならば私がタチということでよろしいんですね…じゃない、ちょっと待ってください!そんなすぐ出来るわけないでしょ!あのですね、抱くとか抱かれるとか、そういう問題の前に順番と心の準備というものがですね…!」
押し問答が始まった。
ヨンスは「俺の懐の深さを見せてやるぜ〜!」と意気揚々と菊の腕を掴み、強引に壁際へ追い詰める。いわゆる「壁ドン」の体勢だが、顔を覗き込むヨンスの瞳は妙にキラキラしている。心なしか楽しそうですらあった。
「ほーら菊、覚悟を決めるんだぜ! 俺のこの隙だらけの無防備な胸元を見るがいいんだぜ!」
そう言って自分の服の襟元を大きく広げて胸筋を見せつけようとする。
誘っているつもりらしい。
「見せなくてよろしい! 目のやり場に困るでしょうが!」
「遠慮しなくていいんだぜ〜! ほら、早く俺を組み伏せて『私の言うことを聞け』って言ってみるんだぜ!」
「変なドラマでも見ました?!なんで私にドS役を要求してるんですか! 調子狂うんですけど!?そもそも、こういうのはもっとこう、静かに気持ちを高め合ってから……ッ!?」
(なんでこの人こんなにネコをやる気満々なんですか?!普通はゴネません?!)
ヨンスの意欲と勢いに菊は内心タジタジである。
そうこうしてもみ合っているうちに、ヨンスが足を滑らせた。
その際咄嗟に菊の服を掴んでしまったせいで、巻き込む形で…。
ドサッと音を立てて二人は床に倒れ込む。気がつけば、菊の上にヨンスが覆いかぶさる格好になっていた。
重なる視線。
ヨンスの吐息が菊の唇を掠める。
「……あ」
「よ、ヨンスさん……重…どいてくださ……」
容赦なくのしかかってくるヨンスの質量と体温。
菊の心拍数がハネ上がる。
至近距離のイケメンオーラに圧倒され、顔が一気に火照っていく。
ヨンスはふと、そんな菊の赤く染まった頬や耳たぶ、乱れた前髪から覗く額、困惑に揺れる黒い瞳を見つめた。
年下のくせにいつも生意気で可愛げがなくてすましている菊が、今はやたら艶っぽく見える。
ヨンスの心臓が急に「ドクン」と大きく跳ねた。
(あれ……菊のやつ、なんかちょっと……可愛いかもしれないんだぜ……?)
ヨンスの雰囲気が一瞬で「悪ノリ」から「男」の顔に変わったのを見て、菊はギクリとした。
じわじわと体温が伝わり、腰のあたりでヨンスの『何か』が主張を始めている。
菊の背筋にゾクゾクとした悪寒――いや、甘い緊張感が走る。
「……よ、ヨンスさん?」
「……菊、やっぱり俺……ネコじゃなくて、タチのほうがいいかもしれないんだぜ!」
「なッ……!? 急に目つきが怖い!今更役割変更は無しですよ!あっどこ触ろうとしているんですか!やめっ!やめなさい!痴れ者!!」
「やっぱりお前をネコにするのが正解なんだぜ!」
「正気を取り戻してください!!」
「うるせー!そんな風に真っ赤になって俺を煽るのが悪いんだぜー!!」
と、再び部屋の中でドタバタと取っ組み合いのバトルが再開されたのだった。
扉が開くのは、もう少し先の話になりそう…。
【end.】
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