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文化祭前日。
二年C組は、 完全に壊れかけていた。
放課後の教室。
床には散乱した装飾。
終わっていない看板。
ぐちゃぐちゃの配線。
なのに、 作業している生徒はほとんどいない。
「男子どこ?」
白石ひかりが疲れた声で聞く。
「ゲーセン行ったらしいよ」
女子の一人がスマホを見ながら答えた。
笑い声。
誰も焦っていない。
文化祭は明日なのに。
白石は机へ手をついた。
頭が痛い。
ここ数日、 まともに眠れていなかった。
水瀬結衣はまだ学校へ来ていない。
クラスの空気も最悪。
それでも、 白石だけが“ちゃんとしなきゃ”と思っていた。
「……このままだと終わらないから、少しでも手伝って」
すると、 女子グループの一人がため息をつく。
「白石さ」
「最近ちょっと怖い」
空気が止まる。
白石は顔を上げた。
女子は続ける。
「なんか、一人だけ本気すぎ」
「文化祭くらいでそんなピリピリしなくてもよくない?」
周囲も気まずそうに目を逸らす。
白石は何も言えなかった。
心のどこかで、 自分でも分かっていた。
最近の自分は、 余裕がなくなっている。
でも、 止まれなかった。
止まった瞬間、 全部崩れそうだったから。
その時だった。
ガラッ、と教室の扉が開く。
神崎だった。
濡れた髪。
乱れた制服。
外は雨だった。
神崎は教室を見回すと、 散らかった床を見て鼻で笑った。
「終わってんな」
女子の一人が不機嫌そうに言う。
「うるさいんだけど」
神崎は無視した。
そのまま、 教室中央に置かれていた鉄パイプを持ち上げる。
文化祭用のステージ装飾。
まだ固定されていない危険な状態だった。
神崎は眉をひそめる。
「これ固定したの誰」
沈黙。
誰も答えない。
「……おい」
神崎の声が低くなる。
「これ普通に危ねぇぞ」
男子の一人がだるそうに言う。
「大丈夫だろ」
「去年もこんなんだったし」
神崎は舌打ちした。
「そういう問題じゃねぇよ」
しかし、 誰も動かない。
面倒だった。
今さら作業を増やしたくなかった。
その空気を見て、 神崎は小さく笑う。
「ほんとクソみてぇなクラス」
白石の中で、 何かがざらつく。
「……神崎くん」
「ん?」
「そういう言い方、やめて」
神崎は白石を見る。
白石は震える声で続けた。
「皆ちゃんと頑張ってるから」
その瞬間、 教室の空気が変わった。
神崎は少し黙る。
それから静かに言った。
「頑張ってねぇよ」
「え……」
「お前以外、誰も本気じゃねぇ」
白石の表情が固まる。
神崎は止まらない。
「皆、“青春っぽいこと”やってるフリしてるだけだろ」
「面倒なことから逃げて」
「本音隠して」
「仲良しごっこして」
その言葉に、 女子グループの空気が険しくなる。
「感じ悪……」
「だから嫌われんだよ」
小さな悪口。
神崎は聞こえていた。
でも笑うだけだった。
「ほらな」
「誰も本音言わねぇ」
白石は苦しかった。
神崎の言葉は、 全部図星だったから。
でも、 認めたくなかった。
認めたら、 今まで自分が頑張ってきたものが、 全部偽物になる気がした。
白石は強く言う。
「……神崎くんは、なんでそんなことばっか言うの」
神崎は少し驚いた顔をした。
「は?」
「壊してばっかじゃん」
「皆ちゃんとやろうとしてるのに」
神崎は数秒黙る。
それから、 低い声で言った。
「本気でそう思ってんの?」
教室が静まり返る。
白石は答えられない。
神崎は続ける。
「お前さ」
「“ちゃんとしたクラス”が欲しいだけだろ」
「皆のことなんか見てねぇ」
その瞬間。
白石の中で、 何かが音を立てて崩れた。
図星だった。
嫌われたくなかった。
良い子でいたかった。
“青春してるクラス”の中心にいたかった。
神崎だけが、 それを見抜いていた。
教室の空気が重く沈む。
誰も喋らない。
雨音だけが、 窓の外で響いていた。
神崎はその空気に飽きたように、 教室を出ていこうとする。
その背中を見ながら、 白石は気づいてしまう。
自分は、 クラスを壊したいわけじゃない。
でも――
神崎さえいなければ、 全部上手くいくんじゃないかと、 少しだけ思ってしまったことに。