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夜の学校は静かだった。
昼間まで響いていた笑い声も、
机を引く音も、
今はもうない。
窓を叩く雨音だけが、 暗い廊下に響いていた。
文化祭前夜。
二年C組の教室には、 終わっていない装飾が残されたままだった。
白石ひかりは、 誰もいない教室で一人座っている。
机の上にはスマホ。
送信済みのメッセージ。
『ちゃんと話したい』
『学校裏、来て』
送信相手は神崎。
白石は自分の指先を見る。
少し震えていた。
頭の中では、 神崎の言葉ばかり繰り返される。
『お前も空気側』
『皆のことなんか見てねぇ』
『嫌われたくないだけ』
違う。
私は、 ちゃんとクラスを変えたかった。
そう思っているのに、 心のどこかで否定できない。
その時、 スマホが震えた。
『今行く』
短い返信。
白石は深く息を吸った。
十分後。
学校裏。
古い倉庫の近く。
街灯の光が雨で滲んでいる。
神崎は傘も差さずに現れた。
濡れた髪をかき上げながら、 少し笑う。
「珍しいな」
「白石から呼び出しとか」
白石は俯いたまま言う。
「……なんで」
「ん?」
「なんで、あんなことばっか言うの」
神崎は少し黙った。
それから静かに答える。
「本当のことだから」
白石の肩が震える。
「皆ちゃんとやろうとしてた」
「違う」
神崎は即答した。
「誰も本気じゃなかった」
「お前だけだよ」
「でもお前も、“嫌われたくない”で動いてる」
白石は唇を強く噛む。
図星だった。
神崎は続ける。
「皆さ」
「本音言うの怖ぇんだよ」
「だから空気に合わせる」
「お前も同じ」
白石の目に涙が浮かぶ。
「……じゃあどうすればよかったの」
神崎は少し考えてから答えた。
「嫌われても、本音言うしかねぇだろ」
その瞬間。
白石の感情が溢れた。
「簡単に言わないでよ!!」
雨の中、 声が響く。
神崎は黙っている。
白石は止まらなかった。
「皆バラバラで!」
「誰も助けてくれなくて!」
「私だけずっと頑張って!」
「なのに神崎くんは壊してばっかで!!」
涙が雨に混ざる。
白石は近くに置かれていた鉄パイプを掴んだ。
文化祭準備で使われていたもの。
神崎はそれを見る。
だが逃げなかった。
ただ、 静かに白石を見る。
白石の手は震えていた。
苦しい。
悔しい。
消えてほしい。
そう思った瞬間も、 確かにあった。
でも――
白石は、 振り下ろせなかった。
鉄パイプが手から落ちる。
カラン、と乾いた音。
白石はその場に崩れるように座り込んだ。
「……もう分かんないよ」
「私、どうしたらよかったの」
雨の中、 白石は泣いていた。
神崎はしばらく何も言わなかった。
やがて、 静かに隣へ座る。
制服は雨で濡れていた。
「……別に」
神崎が小さく言う。
「お前だけが悪いわけじゃねぇよ」
白石は顔を上げる。
神崎は苦笑した。
「このクラス、最初から終わってたし」
「でもお前だけは、ちゃんとしようとしてた」
白石の涙が止まらない。
「でも私、皆に好かれたかっただけかもしれない……」
神崎は少し笑った。
「それの何が悪いんだよ」
雨音だけが響く。
神崎は空を見上げながら言った。
「皆さ、“青春”とか言うくせに」
「本音言わねぇから壊れんだよ」
「だからお前くらい必死なの、嫌いじゃなかった」
白石は目を見開く。
神崎は立ち上がる。
「……戻るぞ」
「明日、本番なんだから」
白石は小さく頷いた。
二人は雨の中、 ゆっくり校舎へ戻っていく。
けれどその背中は、 少しだけ今までより自然だった。
本音をぶつけ合ったからこそ、 初めて分かり合えた気がした。
この夜が、 二年C組にとって全員が揃ったままなのがここ日最後の夜になることを。
まだ、誰もが知らない