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魔女のレーナは誰もが同情してしまうほど、それはもうポンコツだった。何をしてもうまくいかず、得意なのは召喚魔法だけ。その召喚魔法も低級中の低級、小さな悪魔や魔族を召喚することしかできなかった。 しかし、運だけは底抜けにいいので、召喚した悪魔達はみな何かしらの特性を持っていたり、アイテムをくれたりしたのでレーナはそれらを受け取って錬金に使っていた。
レーナは魔女学園をお情けで卒業した後、祖母の商いを手伝って仕事を覚えていき、ほんの少しではあるが成長している姿を見られて安心した人もいるとかいないとか。
そんなレーナも二十歳となり、どうにか一人前の魔女として生業をするには実績が必要だったので、レーナはある秘策を練っていた。
今日は『ポンコツ魔女レーナちゃん』の汚名返上するために、奥の手の魔術を使うことにしたのだ。
レーナは祖母の秘蔵コレクションの本棚を勝手に漁り、それっぽい黒塗りの高級そうな魔術本を拝借した。
自室に戻りペラペラとページをめくると、レーナの得意な召喚魔法がずらりと並んでいた。
「今度こそ成功してみせるんだから……!」
固く決意したレーナは後ろの方のページにある、上級者向けの召喚魔法を何度も見返した。そこにあるのは上級悪魔ノアという、いかにも強そうな男の悪魔の絵が描いてあった。そんな彼の得意な魔法は人を誑かすことらしい。
人を誑かすだなんてそんな危ない魔法を使うのかとレーナは躊躇うが、召喚に成功したら逆にこちらが使役者として上位に立つことができるので、これはもうやるしかないと腹を括った。
レーナは本の通りに魔法陣を書いた。絵が得意なレーナは見たものをそのまま描くことができるので、本に書いてあるものをただ書き写すだけの召喚魔法が得意なのだ。
いよいよ魔法陣も書き終わり正確に書けたことを確認して、詠唱呪文を唱える。
「ノアよ、我の呼びかけに応じたまえ」
魔法陣がぱっと明るくなり、召喚に成功したことを示す。レーナは筋骨隆々の逞しい男の悪魔を召喚できたことに胸が躍った。もくもくと煙が立ち、その向こうには悪魔と思しきシルエットが見えた。
「やった! 成功したのね!」
煙が立ち消えて姿を現したのは、艶々とした金髪に赤眼の瞳が妖しく光る、妖艶ですらりとしたスタイルのいい男がそこにはいた。
「あれ!? 筋肉は!? あなたがノアなの!?」
レーナの呼び声に応じたノア(仮)は、気だるげにこちらへと視線を寄越したかと思えば、レーナを見て大きくため息をついた。
「はあ、こんなちんちくりんに呼ばれるなんて思ってもみなかったわ。アンタ、名前は?」
ノア(仮)は反抗的な態度で召喚者であるレーナに楯突いてきたのだ。こんなことは初めてのレーナは動揺する。今まで召喚してきた悪魔はみな子どもだったり低級魔族だったので、そんな彼らから明るく挨拶されるのが常だった。まさかこんなに反抗的な悪魔を召喚してしまったなんてと早速後悔するが、あくまで召喚した者が上なので、レーナは初対面で舐められてたまるかと強気でいくことにした。
「私はレーナよ。あなたはノアでいいのよね?」
「ふうん、レーナね。そう、アタシはノア。こんなちんちくりんがアタシを召喚するなんて驚いた。まあいいわ、アタシを召喚したんだから、はやく『アレ』をちょうだいな」
正真正銘ノアらしい。あの絵は何だったんだと言いたくなるが、それは置いておく。ノアのいうアレとは一体なんだろう。
「アレってなあに?」
「はあ? そんなことも知らないでアタシを召喚したの? ……全く、馬鹿な子。でも、レーナは美味しそうだから許してあげるわ。ほら、こっちに来て」
立場が上なのはレーナのはずなのに、いつの間にかこの場を仕切っているのはノアだということに気付けないポンコツ魔女レーナは、彼の言う通り大人しく近寄った。
ノアの目の前まで行くと、それに満足したノアはふふふと微笑み、人差し指でレーナの顎を掬い上を向かせた。
こんなに近い距離で男に接近したのは初めてのレーナは顔を背けて目をつむる。
「レーナは男慣れしてないのね、可愛いわ。アタシ好みの女にしてあげる」
使役者かつ召喚者であるレーナは、そのノアから呼び捨てにされていることにも気づけなかった。ただ目の前の美しすぎる男にぼけっと見惚れてしまうほど、男慣れしていないレーナにとって目の毒であったのだ。
「アタシ好みの女って……?」
「そのままの意味よ、お馬鹿さん」
馬鹿って言われた! と抗議しようとしたが、それもうまくいかなかった。ノアからいきなりキスをされたからだ。ちゅっと啄むような甘いキスをされてレーナはくらくらしそうになる。
ファーストキスだというのに、こんなにちゅっちゅされても不思議と嫌ではなかった。ノアからされるキスは気持ちがよくて、もっともっとねだってしまう。レーナは自由な手をノアの首に絡めて抱き寄せた。それに気をよくしたのだろうか、ノアはレーナの気が済むまでキスをしてあげた。
「アタシはとっても優しいから、レーナに合わせて少しずつ慣らしてあげる。アタシは淫魔だけど、いたぶる趣味はないから安心なさい」
とろんとした目でノアを見つめていたレーナだったが、上級悪魔を召喚したと思っていたのにまさかの淫魔だったと判明し、目を見張る。
「い、淫魔!? 人を誑かすのが得意って、まさか、淫魔だから……!?」
「やっぱりアタシのこと分かってなかったのね、本当に馬鹿な子。そうよ、淫魔だから人を誑かすのが得意なの」
ノアはそう言って再び軽いキスを唇に落とした。
しかし、レーナはそれどころではなかった。淫魔も魔族ではあるが、ほかの上級悪魔を召喚したかったので、ここは早急に帰ってもらうことにした。あくまで穏便に、刺激をしないようにそうっと帰ってもらうのだ。
「あのう、ノア、その、えっと、私……」
「なあに? アタシの可愛いレーナちゃん」
「か、可愛い!?」
「ええ、とっても可愛いわ。お馬鹿でちんちくりんのくせに、アタシを呼び出したことがどれだけ名誉なことか分かっていないレーナは本当に可愛いわ」
褒められているんだか、貶されているのか分からない物言いをするノアにレーナはたじろぐ。お馬鹿で可愛いと言われたことは何度かあるが、ノアの言い草から察するに全く褒めていないことが分かり、つい語気が強くなってしまう。
「可愛いって言われるのは嬉しいけど、私はお馬鹿じゃないもん! ノアのことは知らなかったけどそれもそうよね、だって本当は別の悪魔を召喚しようと思ってたんだから!」
実際には思っていた悪魔と違うと言いたかったのだが、ポンコツなレーナはうまく例えることができなかった。大変おつむが弱いお馬鹿なレーナはノアの地雷を踏んだことに気づかない。
「本当はムキムキで強い悪魔を召喚したかったのに、いざ呼んでみたらオネェな淫魔だったのよ!」
ノアからゆらりと紫色の魔力が放出され、その様子で彼が苛立っているのが分かる。甘ったるい香りがレーナの鼻をくすぐる頃になって、自分のしでかしたことの重大さにようやく気づいたレーナは口をつぐんだ。
「レーナはほかの上級悪魔を召喚したかったの? でもね、アンタが呼んだのはこのアタシよ。浮気は許さないわ」
「浮気じゃないわ。私はノアがムキムキで強そうな悪魔だと思ってたのに、いざ召喚したら淫魔だったから驚いただけなの」
今度は素直に思っていたことを言語化することに成功した。運のいいレーナはここぞという時の無意識的な危機察知能力が高いのだ。
レーナから本当のことを聞いたノアは最初胡乱げな目でじいっと見つめたが、レーナが嘘をつけない女だと分かったのか、それが事実なのだと分かると紫のモヤを霧散させた。
「最初からアタシを呼びたかったって言いなさいよね。アタシ、すごぉく嫉妬深いの。決めたわ、可愛いレーナはアタシのお嫁さんにしてあげる」
とんでもないことを言われたレーナは頭が真っ白になった。あくまで召喚者が上なのに、いつの間にか主従が逆転していることにようやく気づいたのだ。
「あの、ノア、私が主人なのだけれど、そこのところ忘れてない?」
おそるおそる尋ねると「当然じゃない」と頬にキスをしながら上機嫌のノアにレーナは自分のやらかしで震えていた。召喚した者が契約上立場が上になるが、召喚された者が召喚した者より強かった場合、それが逆転するのだ。
「ノアは、私をどうするつもりなの?」
「どうするもなにも、気に入ったからアタシのお嫁さんにするのよ。──あら、その顔じゃ契約上のルールを思い出したようね。本当にお馬鹿な子」
三度目のキスはそれはもう激しかった。強引に口を割られ舌が囚われたかと思えば、じゅううと思い切り吸われ、舌同士をすり合わされ、口の中を好き勝手にされる。
唇の端から溢れた唾液がつうと垂れる。それすらもったいないというように、ノアは一度唇を離して垂れた唾液を舌で舐めとった。
「え、えっちすぎます! だめー!」
ピピー! と口で笛を吹いたように禁止の声をあげるが、そんなお馬鹿な様子ですらノアからすれば子猫の甘噛みのようなものでしかなかったので、余計に煽るような真似をしているのだとレーナはまたしても気づかない。
「なんて可愛いのかしら! こんなに可愛い子初めてだわ、今すぐどろっどろに甘やかしてあげたい。レーナはどんな声で鳴くのかしら」
ちゅうと首を吸われ、レーナは「ひゃあ!」と悲鳴をあげる。ちゅうちゅうと甘く吸われる感覚に腰が抜けたレーナはノアに縋りつくしかなかった。
しかし、ノアは顔を顰めて「チッ」と舌打ちをした。次の瞬間、思い切りドアを開けたレーナの祖母レインは仁王立ちして、怒りの顔で二人を見つめた。
「もう見つかっちゃった。仕方ないわね、今日のところはここでお暇するわ。またね、アタシの可愛いレーナちゃん」
レインに見せつけるようにちゅうと唇を吸ったノアは、舌でレーナの唇を舐めてからぱっと消えた。
それを目の前で見たレインはわなわなと震えていた。
「こんの馬鹿レーナ! あれはどう見たって上級悪魔じゃないか! あんなのどうやって召喚したんだい!」
怒鳴られたレーナは小さな声で「おばあちゃんの本棚から漁ったの」と嘘偽りなく申告した。ここで嘘をついても更に怒らせるだけだと分かっているので、素直になるしかなかった。
「あれはただの悪魔じゃない、金髪に赤眼だったから淫魔だ。『お手つき』にされたレーナは、あの淫魔の花嫁になるしかないんだよ!」
レインの言葉を受けて、ノアから言われた「アタシの花嫁にする」宣言は嘘ではなかったのだと実感し、レーナは青くなる。
「嘘でしょおおお!!!」
レーナの絶叫は小さな家を飛び出して村中に響き渡った。