テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
『ポンコツ魔女レーナ』の汚名を返上するべく、レーナは上級召喚魔法を使って悪魔であるノアの召喚に成功した。 しかし、そのノアが強すぎたせいで主従が逆転してしまい、レーナは『お手つき』となる。
お手つきとは、悪魔に見そめられ手をつけられた女を指す言葉で、その言葉の通り手をつけられたレーナはノアとの主従契約が破綻して、ノアの花嫁になるしかなかった。
とんでもないことになったと後悔で胸がいっぱいになるが、お手つきになってしまった以上、どうすることもできない。過去にお手つきになった女はみなもれなく魔界へと連れ去られてしまうのが常だった。
レーナの祖母レインは「調べ物があるから私は下に行くよ」と言って、呆然とするレーナを励ますでもなく本当に一階へと降りてしまった。
どう考えてもノアとの結婚は逃れられないのだと考えたレーナだが、いつもならとっくに寝ている時間になっていると気づき、どうりで眠いわけだとあくびをしながらベッドに潜り込んだ。
やってしまったものは仕方ない、明日になったら考えよう。レーナはのんきにそう考えてひとり「おやすみなさい」と言って、すぐ眠りについた。
あまり深く考えないレーナは、こういうところがポンコツといわれる要因のひとつであると気づかないのであった。
一方レインは秘蔵コレクションの本棚の前に立ち、役に立ちそうな本を何冊か見繕って取り出した。レインは一流の魔女なので、ノアとの契約を破棄する方法を調べることにしたのだ。
今までお手つきになった女は悪魔に連れ去られて魔界へと行くことが決まっていたが、可愛い孫を失ってなるものかとレインは必死になって探し、一睡もせずに文献を漁ったり魔法を試したりしているうちに、日がのぼりいつの間にか朝がやってきた。
「ごきげんよう」
白い煙と共にやってきたノアは、軽く挨拶をしてレインの前に現れた。
「アンタ、もうレーナを攫いにきたのか!」
「あんなに可愛い子、モタモタしていたらとられちゃうでしょう? アタシがもらうのはもう決まっているの、アンタは諦めなさい」
「いいや、私は諦めないよ!」
可愛い孫を攫いにきた悪魔ノアを警戒するレインは魔導書に書いてある呪文を唱えるが、ノアが手で払う仕草をしただけで魔法は霧散してしまった。それだけでレインは悟った。この悪魔には自分の魔力をもってしても対抗する術はないのだと。
「アタシの邪魔をしないで」
美しい男に凄まれて一方後ずさったレインは、ノアの底知れない何かを感じ取る。上級悪魔と対峙したのは人生で初めてなので、たらりと額に汗がにじむ。
ノアは「困ったわね」と言いながら、レインの家をじろじろと不躾な視線を送り、何かを考えているようだった。
そして、「いいこと思いついたわ!」と言って手を叩いた。
「アタシがここに住めばいいのよ! それならレーナはアンタから離れないし、アタシもそばにいられるし、レーナはアタシの魔力で強くなれる。これで一石三鳥じゃない!」
はしゃぐノアを見てレインは目の前の悪魔の言っている意味が分からなくて、ただぼうっと突っ立っていることしかできなかった。はたと我に返ったレインは訝しげにノアへと問う。
「アンタは私からレーナを奪う気だったんじゃ……」
レインの言葉を受けて、ノアは爪を見ながら「はあ」とため息をついて答えてやった。
「アンタ達、身内はお互いしかいないのでしょう? レーナの部屋に飾ってある写真を見て察したわ。アタシは優しいから、唯一の肉親同士を離れ離れになんてしないわよ」
ノアは洞察力も高く賢いということが分かったレインだが、悪魔とは思えないことを言うノアにたじろぐ。
「……アンタ、本当に悪魔なのかい?」
「悪魔も悪魔、上級の淫魔ノア様よ」
「ノア? ……ノアって、魔界の次期王と同じ名前じゃないか! アンタはそのノアなのかい!?」
「あら、バレちゃった? アタシがそのノアよ」
ノアが次期王なのだとすれば、やはりレーナの魔界行きは逃れられない。今は孫と一緒にいる時間を設けてくれているが、そう遠くない未来に儚くなるレインを見届けてから、ノアはレーナと共に帰郷するのだろう。
「……そうかい、いずれは連れて行くってことだね?」
「そうなるわね。アンタが生きている間はレーナのそばに置くことを許してあげる。アタシって優しいでしょう?」
妖しく笑うノアの美しい笑みは、年若い娘が見たらそのあまりの美しさにのぼせ上がることだろう。レインは村一番の優秀な魔女でありながらも、目の前の悪魔がどれほどの力を秘めているのかさえ分からないのだ。それほどまでに強い悪魔なので、レインからすれば甘言を囁いて人間を唆そうとしているとしか思えなかった。
「どこが優しいのさ、そうやって誑かすんだろう?」
「あら、アタシの誑かし方まで知ってるの?」
「そこまでは知らないよ。悪魔ってのは甘言を囁いて人間を唆すっていうのは昔からの常識さ」
「ばばくさいわね」
「実際にばあさんだからね、伊達に歳食ってないよ」
悪魔とやり取りをするのは初めてではないが、次期王となる悪魔はやはり格が違う。レインは再び汗が流れていくのを感じた。
「まあ、いいわ。アタシ、周りからそろそろ伴侶を決めろって言われていたところなのよ。レーナはすごく可愛くてアタシ好みだし、絶対幸せにするわ」
「どこまで本当なんだかね」
「全部本当よ。アタシ、嘘は嫌いなの。人間にだって嘘はつかないわ。そんなにいうなら、レーナに誓ったっていいのよ?」
「悪魔が人間に誓う、だって……!? アンタ、本気でレーナを……」
「そう言ってるじゃない。アタシ、あの子が大好きなの。一目惚れなんて初めてよ。だから、悪魔のアタシを信じてみるのはどう?」
悪魔が人間に誓うということは、束縛を許すということ。つまり、レーナが生きている間だけではなく、レーナが儚くなってもレーナにだけ忠誠を誓うということになる。そうすると、ノアを使役する召喚主として、レーナはノアを束縛できるのだ。
レインは厄介な悪魔に好かれた孫にひたすら同情した。
「……はあ、分かったよ。アンタを信じるよ、ノア。私の名前はレイン、一応よろしくとでも言っておこうかね」
「よかったわ。これからよろしくね、レイン。……そうだ、レーナに誓う代わりにレインは一つだけ約束をして」
「なんだい」
「アタシが次期王だということをレーナには言わないでちょうだい」
悪魔が約束をしてだなんて言うものだから警戒していたレインだが、その内容があまりにもお粗末なものだったので拍子抜けした。
「……アンタ、レーナの反応が見たいだけだろう?」
「ふふ、あんなに可愛いんですもの、レーナの色んな顔が見たいのよ」
「全く、こんなのに捕まるなんて、うちの孫は運がないねえ」
「何言ってるの、最高にツイてるの間違いでしょう?」
話の通じるノアだからこそ、レインはこうして対等(?)にやり取りをすることができているのかもしれないなんてふと思った。
確かにレーナの運のよさはレインも認めるところはあるが、今回の召喚もレーナとレイン二人にとって最も最善の策を提案し実行しようとするノアに、レインはほんの少しだけ感謝した。
「じゃあ、二階に行くわね。そうそう、ここに住むにあたって、アタシが悪魔だってことは周りには内緒にしてね。色々と面倒だから」
「お手つきにされた女はどうすることもできないからね、分かったよ」
「そうよ、アタシの思うがままなんだから」
「はいはい。ところで、うちの村はずれにある教会に神父がいるけど、アンタどうするの?」
神父とは、悪魔を退くことができる唯一の存在である。あくまで『退く』ことができる、ただそれだけだが、悪魔を退かせることができるのは神父だけなので、どの市町村にも必ず一人は教会に配属されるのがルールだった。
「お手つきにされた女をどうこうできた神父はいたかしら?」
強気な発言でふふんと鼻高々に笑うのは自信の表れであり、また、過去にお手つきにされて逃げることのできた女は一人としていないのが実情だった。
「……アンタ、本当にいい性格してるよ」
「あら、ありがとう」
「褒めてないよ。……とりあえず、レーナがお手つきになったことだけは申請しておくよ。そうでなければ、私とレーナはお縄になっちまうからね」
いくらお手つきにされたとはいえ、教会に申請しなければならないのがまた面倒なのであった。お手つきにされるのは基本的に上級悪魔を召喚した時だけなので、レーナのやってしまったことは本来ならば許されることではない。禁忌を犯した罪で罰せられることもあり得る。
しかし、お手つきになった女に対してひどい扱いをしようものなら、悪魔が仲間を引き連れて暴れるのだそうだ。
「人間も面倒ね」
他人事のように言うノアは「これだから人間は」と言うが、そもそもの厄介事を持ち込んだのはこの悪魔なので、レインは「はあ」とため息をついた。
「アンタが一番面倒なんだよ」
二階へと上がったノアは、愛しのレーナが眠る彼女の部屋を数回ノックしたが、まだレーナは寝ているのか返事がなかった。眠っているのなら仕方ないと、ノアはドアノブをひねりガチャっとドアを開けた。
すると、ノアの想像通り、そこにはベッドですうすうと寝息をたてるレーナが眠っていた。
「おはようレーナ、寝顔も可愛いのね」
眠っているレーナにそっと唇を寄せ、ちゅっと軽く口付けたノアは、寝起きに近い状態でキスをされたレーナがむにゃむにゃと唇を食む様子を見て、胸がキュンとした。
「やだ、なんて可愛いの! アタシとのキスが恋しいのね、健気な子は好きよ」
ノアは啄むようなキスをする。いつの間にかレーナの身体にのし上がり、ちゅっちゅとキスをくり返した。
異変に気づいたレーナはようやく目を覚ますが、起き抜けにとびきり美しい顔が目の前にあったのでとても驚き、思わず悲鳴をあげた。
「ノア!? ちょ、やめて、」
「やめない」
「やめなさい」
何者かにぽかりとお尻を叩かれたノアは、気配で誰なのか悟った。後ろを振り向けば案の定レインが仁王立ちでノアを険しい顔で見ていた。早速逢瀬の邪魔をされたノアは、キッとレインを睨んだ。
「朝から盛るんじゃないよ、全く」
事実、可愛らしいレーナに夢中になってキスをしていたノアは盛っていたかもしれない。
だが、正真正銘お手つきにしたレーナ相手に、もはや遠慮などする必要性を感じなかった。
「いいじゃない、アタシ達恋人なんだから」
花嫁になる運命からは逃れられないだろうとなんとなく思っていたが、まさか恋人というところから始められるとは思ってもみなかったので、レーナは困惑と恥ずかしさでつい大きな声を出してしまう。
「こ、恋人!?」
「そうよ、アタシの可愛いレーナちゃん」
村の大人はみんなレーナのことを可愛いというが、それが単なる褒め言葉ではないことくらいレーナは察していた。おつむが弱いくせに、そういうところには敏感なのだ。
「……それ、褒めてないって知ってるんだからね」
レーナがむくれると、ノアはそれすら愛おしいとでもいうように、にっこりと優しい笑みを浮かべた。その表情は、悪魔には到底似つかわしくないものではあったが、ただ馬鹿にされているだけではないとなんとなく理解したレーナは再び恥ずかしくなり、唇を尖らせる。
「あら、拗ねてるの? 本当に可愛いわね、そういうところが好きなのよ。レーナは小悪魔だわ」
「私は歴とした人間ですー」
「ふふ、そうね。愚かで可愛い人間だわ」
馬鹿にはされていないが、からかわれていることは分かったレーナは抗議した。
「ほら、やっぱり褒めてない!」
「アンタ達、支度が済んだなら一階に降りて朝ご飯食べるんだよ!」
「はーい」
「あら、アタシも?」
「アンタ、どうせ朝一でレーナに会いにきたんだろう? ノアも食べなさい」
家族であるレーナに朝食を摂るよう促すのは分かるが、家族どころか全くの赤の他人(悪魔)であるノアは食事に誘われるとは思ってもいなかったので、少々驚いた。
「……そうね、ありがたくいただくわ」
バカップル(仮)のやり取りを白けた目で見ていたレインは、用件だけ伝えると一階に降りていった。
レーナは支度をしながらノアと談笑した。
着替えを思い切り見られているというのに、会話に夢中のレーナは気づかない。ポンコツ魔女はおつむも大変よろしくなかったのだ。
「ところで、レーナはいくつなの? アタシは二十一よ」
「そうなんだ。私は二十歳だよ」
「人間の世界では、確か十八で成人だったわよね?」
「うん、私は成人してるから大丈夫だよ」
何が大丈夫なのかと自分で言ってツッコミたくなったレーナだが、ノアが「それならよかったわ」と上機嫌になってキスをしてきたが、なぜかそれが嫌ではないレーナはノアから受けるキスを受け入れた。
支度を整えたレーナはノアにエスコートをされながら一階に降りた。
そして、三人仲良く食卓を囲い、朝食を食べたのだった。