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「あ、……うん。そう、じゃ……ね」


実篤さねあつは嘘をつくことの罪深さを身をもって実感しながら思った。


(「か」のつく鳥ならラスの方が現実的じゃったわぁー! 失敗したぁ!)

と――。



***



「適当にくつろいじょってね」


家に入ってすぐ、キッチンそばの応接室として使っている和室に暖房を入れると、実篤さねあつはいそいそとくるみに背中を向ける。


「俺、余分なの冷蔵庫に仕舞しもぉて、グラスとか持ってくるけん」


途中くるみとコンビニに寄って買った、結構な本数の酒類の余剰分を冷蔵庫に入れるため、という大義名分を述べてくるみを置いて部屋を出ようという腹づもりだ。


とりえあえずビールを一缶ずつと、ポテチを一袋、応接室のローテーブルに置いてきた。


つまみに、とくるみが買った焼き鳥なんかは一旦台所に持って行って、適当に皿に盛り直して出そう、とか思っている。


(手拭きもあった方がええな)


こう言うところ、実篤さねあつは長男気質なので、どうも無意識に甲斐甲斐しく世話を焼く方に回ってしまう。



テレビを付けて、リモコンもくるみに渡しておいた。



その上で、後ろ手に応接室のふすまを閉めたと同時。


(ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ……。俺、とうとうくるみちゃんを家に連れ込んでしもぉーたっ!)


頭の中がぐるぐるで、ちょっとだけひとり静かに情報を整理したいと思った実篤さねあつだ。


実篤さねあつだっていい歳をした大人の男だ。


今まで彼女と呼べる存在を、この家に連れてきたことがなかったわけではない。


ないけれど――。


(いっ、いままではがおったんじゃったぁー!)


そう。過去のアレもコレも、両親はおろか弟も妹も、みんなこの家に住んでいるころだった。


こんな風にみんな家を出てしまって、実篤さねあつのひとり住まいになってからは初体験。


しかも歴代の彼女は年上ばかりで、くるみのように年の離れた若い女の子はいなかったから。

いつも実篤さねあつがパニクっていても相手が優しくリードしてくれた。


でも、今回は確実に自分がリードすべきだと思う。

年の差から考えても絶対そうあるべきだと思うのだ。


(それは分かっちょるんじゃけどぉぉぉ)


正直ぶっちゃけ、童貞中学生男子も顔負けなくらいテンパっていたりする。


(じょ、状況を整理せんとっ)


何を今更、なことを考える、中途半端に変身した狼男が廊下にひとり。


そもそもが、だ。

酒を飲もうと言う時点でくるみはココに泊まる気満々なのではないか?と気がついてしまった。


(客用の布団はあるけど、あるけど、あるけどぉ〜っ)


部屋だって余り過ぎるぐらい余っているからどこにだって寝てもらえる。


じゃけど布団を日に当ててない!とかどうでもいいことを思ってしまった。


そのくらい、実篤さねあつは情けないぐらいにパニック中なのだ。


ひとりになってアレコレ考えてからでないと、くるみとマトモに向き合えそうにない。


なのに――。



実篤さねあつさん、うちも何か手伝えることないですか?」


くるみはそんな実篤さねあつをひとりにしてくれる気はないらしい。


背にしたままのふすまがススーッと開いて、くるみがひょこっと出てきてしまう。


「あっ、だっ、大丈夫じゃけっ。くっ、くるみちゃんはそのっ、てっ、テレビでも観よって?」


(お願い!)


心の中でそう付け加えながら、慌ててくるみを回れ右させて応接間に押し戻したら、ふわりと彼女から甘いシャンプーの香りが漂ってきて。

実篤さねあつはその香りにゾクッとしてしまった。


(マジで俺、今夜紳士でおられる自信が微塵もないんじゃけどっ)


狼男はコスプレだけに留めたい!


そんな実篤さねあつの苦悩など知らぬげにくるみが言う。


それじゃあほいじゃあうち、お部屋もぬくぅなってきたけん、コート脱いでええ?」


こちらを振り返ってきたくるみが可愛くて、心臓が持ちそうにない。


「えっ? あっ。うん。もちろんっ」


(好きにしてっ?)


心の中でそう付け加えた実篤さねあつは、くるみが言った「着替え」がイコール「上着で隠されているコスプレをお披露目すること」だと思い至らない程度にはテンパり中だ。


生返事のようにそう答えたら、

実篤さねあつさん沢山えっとあれこれ考えんでええですけぇ、とりあえずうちが渡したん、全部身に付けて見せてくれるんを最優先してくださいね?」


実篤さねあつが閉めかけたふすまをほんのちょっとだけ押し戻して、くるみが実篤さねあつを見上げてくる。


「ひ、ぁ!?」


くるみに悪戯っぽくウインクされて、実篤さねあつは手にしていたコンビニの袋をドサリと床に落としてしまって。

それに驚いて、変な声が出てしまった。

もちろん、それだけが奇声の原因の全てではないけれど、そこは悔しいのでスルーすると決めた実篤さねあつだ。



(そっ、そう言えばそうじゃった。今日はっちゅう名目だったんじゃ!)


今更のようにそれを思い出すとか、実篤さねあつも大概惚けている。

というより、本当に〝くるみが家に来た〟と言うだけで一杯一杯だっただけなのだが。



「五分したらココ開けて、せぇーの、で見せ合いっこしましょうねっ♪」


ふすまの向こうからくるみの嬉しそうな声が聞こえてきて――。


実篤さねあつは慌てて足元の袋を拾い上げると、台所にダッシュした。



***



上着を脱いで、例の爪付きモフモフ手袋と、大きなフワフワの耳を頭に付ける。


台所に鏡がないのが幸いかもしれん、と思った実篤さねあつだったけれど、残念。


しっかりと食器棚のガラス戸に自分の恥ずかしい姿が映っていて、見たくもないのに己れの全貌を見てしまった。


(いや、マジ、何なんこれ)


田岡と野田が「社長しゃちょぉよくよぉ似合におうちょってですよ〜?」とクスクス笑う声が聞こえてきた気がした。



***



実篤さねあつさぁ〜ん。用意はええですか〜?」


応接室の方からくるみの呼ぶ声がして、実篤さねあつはビクッと身体を跳ねさせる。


「ひゃいっ!」


はい!が思わず「ひゃい!」になってしまって、「俺のバカ!」と頭を抱えたら、その手がモフモフで泣きたくなった。


だけどくるみはそんな実篤さねあつを落ち込ませてくれる気なんてさらさらないみたいで。


「いきますよぉ〜? せぇーのっ!」


と、とってもとっても楽しそうだ。


(くるみちゃん、シラフよな?)


ビールを応接室に置いてきたけれど、まさか勝手に開けて、ひとりで飲んだりする子ではないと思う。

社長さんの溺愛は、可愛いパン屋さんのチョココロネのお味!?

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