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今年の夏は酷暑の日々が続いている。髪に当たる太陽の光が熱くて頭皮に焼けそうな感覚を覚える。僕は街の喧騒を駆け抜けて、人の気のない場所へと足を運ぶ。目的地は君のいる場所。片手に、先程花屋で購入した花束を手にして歩きながらあの夏の記憶が頭をよぎっていた。それは二度と思い出したくもない記憶。目を覆いたくなるような、そんな記憶。あの夏の記憶が頭の中を飽和してから今日で七年が経った。その記憶は今でも褪せることなく僕の頭にこびりついている。僕はあの時君を救えなかったことをずっと後悔している。目の前で、涙でぐちゃぐちゃになった笑顔で死んだ君を。あの時の君の笑顔はなんとも言えない表情をしていた。嬉しそうな、はたまた苦しそうな。今思えば、きっとあの時僕に助けて欲しかったのだろう。いや、そう思いたい。
─ああ。僕はなんて最低な人間なんだ─
あの時君を救えなかった悔しさが、あの夏の記憶を思い出す度にふつふつと湧き出てくる。悶々とした感情に苛まれる。とても不愉快だ。あの日の光景が鮮明に蘇ってくる。こうなると分かってたから。だから思い出したくないんだ。
飛び散った赤い血。
ジリジリとした暑さ。
後ろから迫ってくる鬼の形相をした人達。
数人の警察官。
白昼夢のようなあの光景。
─死ぬのは私一人でいいよ─
不意にあの言葉が脳内をよぎった。僕を縛る呪いの言葉。僕の人生が変わったきっかけの言葉。
「お前は最低だ。」「なんでお前は生きてるんだ。」「お前が助けなかったから。」「お前の責任だ。」「お前は一人の人生を台無しにした。」
そんな言葉たちが僕の脳内を駆け巡る。遂には、閑静な道ですれ違う人の視線も僕を蔑んでいるように感じる羽目になってきた。今後会うことのない、僕の過去を全く知らない人達の目がやけに冷たく感じてしまって怖い。僕は考えることを止めた。これ以上思い出すと永遠に自責の念から逃れられない気がしたからだ。負の感情のループから一生逃げられない気がしたからだ。
閑静な道を暫く歩いて君のいる所に辿り着いた。まず、いつか供えられた枯れた花をどかして新鮮な花を供える。そのあと、墓石に水をかけて潤し、線香をあげる。そして、最後に手を合わせ君に話しかける。実は初めて君の墓に訪れる。出所してから君に会うのが怖くてずっと訪れることが出来なかった。君を前にしたらギリギリ抑えている感情が壊れることが怖かった。あの時の光景が頭によぎることを恐れていた。 しかし、昨日スーパーで買い物をしていたら君の母親に偶然遭遇し、少し立ち話をした。相変わらず優しそうなお母さんだった。その時に、君の墓の在所を教えてもらったのだ。そうした経緯があり、僕は今君の墓の前にいる。
「流花久しぶりだな。あの事件があってからもう七年だって。ほんと早いよ、時間が経つのは。ずっと来れなくてごめんな。」
傍から見たら、墓に向かって一人で喋ってる頭のおかしな人に見られているかもしれないがもはやそんなことはどうでもいい。
「あの時僕が救えてたら今頃何してるんだろうな僕ら。あの時見ることしか出来なくてほんとにごめん。ごめんなさい。僕のせいで流花が死ぬ羽目になっちゃって。ずっと謝りたかった。七年間ずっと後悔してたんだ。あの時の光景が目に浮かぶ度、消えたくなるよ。なんで何も出来なかったんだろうな。ほんとに。」
気づけば僕は泣いていた。まるで子供みたいに。コップから水が溢れてしまったみたいに今まで抑えてきた感情が一気に溢れた。彼女に対する申し訳なさとあの時ただ事を傍観することしか出来なかった自分の不甲斐なさに涙が止まらなかった。暫く泣いて落ち着いたので、僕は再び彼女の眠る墓に向かって話しかける。
「なんか、取り乱しちゃってごめん。ここに来てからあのときのことが全部蘇ってきちゃって。」
それから暫く僕は彼女とすごした時間の記憶を辿っていた。時間も忘れて。墓に来てから、もうかれこれ一時間は超えているだろう。しかし、僕らの間にできた七年の空白を埋めるには時間が足りないくらい膨大なブランクを作ってしまっていた。
そんなこんなで僕は墓を後にすることにした。もう泣くだけ泣いたし、出所した後こうやって直接墓参りをすることができてどこかほっとした気持ちになった。気持ちがスッキリした訳では無いが、ずっと抱いてきた肥大化したモヤモヤが少し和らいだ気がしている。僕が立ち上がって墓を後にしようとしたタイミングで突然雨が降ってきた。それはだんだん勢いを増していく。僕は傘を持っていなかったので急いで流花の墓を後にして雨宿りできそうな場所を目指して走った。それにしても梅雨の季節によく降る強い雨だ。短時間で勢いを増した雨が頬や体、頭に当たって少し痛い。そして、寒い。少し前まで穏やかだった空が今は荒れている。
あの日もこんな天気だった。梅雨時で雨が強かった。気づけば、僕は走りながらあの日のことをまた思い出していた。