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日曜日。その日は前日とは逆で、大智君が朝から勤務で私は非番。大智君はそのまま自転車でスーパーに向かい、私は大智君のご両親に誘われて車に同乗して大智君の実家に向かった。お父さんが運転し、私とお母さんは後部座席。車が動き出してすぐお母さんに話しかけられた。
「詩音さんに謝らないといけないことがあるの」
「なんですか」
「私たちは詩音さんのアパートには昨夜着いたの」
「聞きました」
「ええと……」と言ったきり、お母さんは困ったように口ごもった。
「その前の日も朝まで帰ってこなくてね、夜中に電話が来て職場の先輩の家に泊めてもらうって言ってたけどそんな親しい先輩がいるなんて聞いたことなかったしね、大智がまた悪い不良たちにひどい目に遭わされてると思い込んでね、中の様子をうかがうためにね、部屋のドアの横にあった曇りガラスを開けてね、二人で見てしまったのね……」
つまり昨夜、二人とも私たちのセックスを目撃してしまったということ?
いや別に今さら清楚ぶるつもりはないし、かえって見られたのが大智君のご両親でよかったとさえ思える。だって私たちがどれだけ離れられない関係であるか、百万語の言葉で説明するより、その場面を一目見てもらった方が話が早そうだから。
実際、自分たちの了解を得ずに交際を始め、しかも目の前でプロポーズのやり取りまでされても、ご両親が一切口出ししなかったのは、私たちの性行為を覗き見てしまった直後ということもあり、今さら反対したところで私たちを止められそうにないと判断したからではないの?
「全然気づきませんでした」
「やっぱりねえ。大智も相手の娘さんも気づいてなさそうだから見てしまったことは黙ってましょうって言ったんだけど、お父さんが今さらなかったことにはできない、どうしてもあの娘さんに謝らなければいけないってうるさくて。それなら自分で謝ればいいのに、結局謝るのは私からっておかしいと思わない? あ、そんなこと言ってる私も、まだ全然謝ってないわね。本当にごめんなさい。でも、見られた方も嫌でしょうけど、見てしまった方もけっこう気まずいものよ。友達もいなかった大智に恋人がいるなんて夢にも思わなかったものだから。それどころか婚約って、いったいあなたたちは何年前から交際していたの?」
おとといからです、とも言えず私は途方に暮れた。
大智君の実家は広い敷地に建つ築六十何年の平屋の古民家だった。もちろん何度かリフォームはしてきたようだけど、防音対策などまったくされてないから、私がこの家に嫁入りした場合、セックスしたいと思っても好きなときに好きなようにとはいかないようだ。
私は覚悟していた。大智君のバイト中に私を自宅に呼んだのは、大智君がそばにいたら聞けないことを私に問いただすためだろう。
「どうして大学を辞めたの?」
「どうして今まで何の縁もなかったこの街で暮らしてるの?」
「清楚な女じゃないって言ってたけど、今まで大智以外に何人の男に体を許したの?」
「知られたら警察に捕まってしまうような秘密を抱えてるんじゃないの?」
残念ながら私はこれらの質問に清廉潔白を主張できる立場にない。ごまかすか、嘘をつくか、話をそらすか、信じてくださいと虚勢を張るか、そのどれかを選択するしかない。でも一番残念なのは、次の質問をされたとしたら、私はきっとご両親の目を見て話せなくなることだ。
「そもそもあなたは大智のパートナーになる女性としてふさわしいと言えるの?」
古民家らしく部屋は全部和室。私は居間に案内された。ちゃぶ台にお茶とお菓子が置かれたけど、とても手をつける気にはなれなかった。
口が乾いて、のども渇く。私は判決を待つ被告のように、うつむきがちにご両親の前で正座していた。
改めて見ると、ご両親はこの古民家のように穏やかで品のある方々に見えた。偏屈そうな老夫婦というのが第一印象だったくせに、自分に都合の悪いことはすぐに忘れる調子のいい私だった。
「詩音さん、そんなに硬くならなくていいのよ」
そう言って油断させてから私の心を引き裂こうというのか? 残酷なことだ。
「私たちはあなたの味方になりたいと心から思ってるの」
「味方ですか」
「そう。私がこの家に嫁に来たのはもう三十五年前。私も主人も二十七歳のとき。主人のお母さんが健在の頃で最初は折り合いがよかったのだけど、三年もすると姑から毎日のように出て行けって言われるようになった。主人は気にするなって言ってくれたけど、私はストレスから胃潰瘍を病んだ。もし私があの人と同じ立場になる日が来たら、私は絶対にお嫁さんの味方になるって、そのときから決めていたの」
「お母さんはどうして出て行けって言われるようになったんですか」
「子どもができなかったから。主人には四歳年上のお兄さんがいて当時お兄さん夫婦もこの家に同居して、やっぱり子どもはいなかったけど、姑が罵詈雑言を浴びせる相手は私だけだった。私は正直この兄嫁がうらやましくて仕方なかった」
「子どもがいないのは兄嫁さんも同じだったのに、どうしてお母さんだけ文句を言われてたんですか」
「彼女は生まれつき子宮がなくて、絶対に子どもを産めない身だった。それを承知で嫁に来てもらったから今さら文句は言えなかったの。普通結納金はお婿さんの方が出すものだけど、嫁入りに当たっては先方から持参金という名目でけっこうなお金を受け取ったみたい。だから子どもを産む担当は私であり、役割を果たせない私はこの家に不要な存在だったの。でも誰もがあきらめかけた頃、三十九歳のとき私は妊娠した。生まれたのは女の子で、その子はお兄さん夫婦の養子になった。翌年、四十歳になった私は再度妊娠して、そうして生まれたのが大智というわけ。姑は二人の孫の誕生を見届けて安心したのか、大智の一歳の誕生日を前に老衰で息を引き取った。お兄さん一家は大智が生まれる前に近くに分譲マンションを買ってこの家を出ていた。それ以来、この広いお屋敷には私たち夫婦と大智の三人だけしかいなくなった。詩音さん、私の願いを聞いてくれるかしら?」
「はい……」
「二人の子を産んで大智を育てて、楽しいこともそれなりに多かったけど、私にとってこの屋敷はまだまだつらい記憶の方が大きいの。詩音さん、大智のお嫁さんとしてこの家に住んでもらえないかしら? 婚約したばかりで入籍にまだ抵抗があるというなら、同棲という形でもいい。どんな形でもいいの。私は大智の母親として、大智の恋人であるあなたと良好な関係を築きたい。この家で楽しい思い出をたくさん作りたいだけなの。あの姑に傷つけられた分以上に、詩音さんには優しくしたい。スーパーの仕事も辞めていいのよ。もしいっしょに住んでみて、私たちに不満があれば、いつでも大智とこの家を出ていってもいい。そういうことにならないように、私たち夫婦は全力であなたたちに尽くすと約束します」
過去の過ちについて根掘り葉掘り責められると覚悟してたのに、何かの罠じゃないかと思えるくらいの好条件を提示されて驚いた。
働かなくてもいい。家賃の負担も消える。カツカツのその日暮らし生活から脱出できる。何より大好きな大智君と一緒に住めるのが魅力的すぎる。しかも優しいご両親に見守られながら――
でもそんな大事な話を私一人の一存で決められる訳がなかった。
「すいません。先に確認させてください。今さらですけど、お父さんとお母さんは私たちの交際や婚約に賛成なんですか」
「一度は生きることさえあきらめた大智が自分の力で幸せをつかもうとしてるのに、反対するわけないじゃないの! ねえあなた」
「もちろんだ。ただ兄さんには先に話を通しておいた方がいいかな」
「大智の父親はあなたです。お兄さんは事後承諾で十分なんじゃないですか」
「うん、そうだね。僕は君と同じ意見だ。ぜひ詩音さんにはこの家で暮らして、僕らの家族になってもらいたいと願ってるよ」
こんな私を家族として迎えたいと言ってくれる人たちがいる。ほんの三日前まで幸せは私から遠すぎて目で見ることもできなかった。それが気がつけば私の手に握られていた。そんな気分だった。
「ありがとうございます。大智君に相談して、お父さんお母さんの希望通りの返事ができるように、私からもお願いしてみます」
目の前にあったお茶を一息に飲み干した。冷めていたけど、こんなおいしいお茶をいただいたのは初めてだと思った。
だまされてるんじゃないか、いいように遊ばれてるだけなんじゃないか。初めてそう感じたのは、原雅人とセックスしたときだった。雅人は二年後輩組の中で唯一童貞ではなかった男だった。
雅人は五人目にセックスした男だった。ただ、その日ちょうど生理が始まっていて、セックスはしないでおこうと思っていた。だからホテルに誘われても、今度ねと断った。
すると、雅人は私の手を自分の下腹部に導いて、それをじかに触らせた。それはボクサーブリーフの中で痛々しいほど勃起して、燃えたぎるような熱を私の手の平に伝えた。
「なんか痛そう」
「痛いに決まってるじゃん!」
知らなかった。勃起した状態って痛かったのか? 今までの四人は一言もそんなこと言ってなかったけど、それは私に心配かけないように我慢してくれていたの?
「姫のせいで痛くなったんだから、そこのホテルまでつきあってくれるよね」
「分かった」
ホテルの部屋に入り、雅人は下半身を丸出しにして、痛くて仕方ないというそれを私に見せつけた。
手と口で射精させれば勃起も収まるかと思ってそう提案したら、姫はそれが上手なんですかと逆に聞かれて、二、三度しかしたことないから下手だと思うと正直に答えた。
「じゃあ、お風呂に行こっか」
雅人と同じように下半身だけ脱がされた。風呂場では浴槽の縁に手をついて前かがみに立つように言われ、その通りにした。後ろから手を伸ばしてきてタンポンが引き抜かれ、血が私の足を伝って床までしたたり落ちる。なるほど風呂場ならいくら床を汚しても、シャワーで洗い流せば元通りだ。
「姫、挿れるよ」
「うん」
後ろからがんがん突かれた。よく考えたらこれは愛を深め合う行為ではなく、ただ彼の勃起を鎮めるための行為だった。つまり、私の体をただ自慰行為の道具として利用してるだけなんじゃないの?
そんな疑問が頭をもたげたけど、後ろから突かれてるうちに気持ちよくなってきて、いつしかそんな疑問が頭にあったことさえ忘れていた。気がつくと上半身まで裸にされていて、後ろから両方の胸の膨らみを鷲掴みにされていた。
射精した直後の、まだ避妊具が被さったままのそれを見せてもらった。私の血にまみれたそれを見て、竜星に処女を捧げた日のことを思い出して、なんだか照れた。そして雅人のそれは、射精したばかりなのに射精前と変わらないくらいすでに回復していた。
「姫、また痛くなった……」
私は浴槽の縁に手をついてさっきと同じ姿勢を取った。雅人はさらに二回射精して、痛くて仕方ないという勃起はようやく収まった。
生理が終わり、一年後輩組の島田陸とホテルに入った。陸は勃起したそれを見せびらかしてきた。
「男の人って大変だね。勃起しないとセックスできないけど、勃起した状態って痛いんだよね」
陸に大笑いされた。
「勃起が痛いなら、道行く男はたいてい前を押さえて歩いてるはずだけどな」
「えっ。ただ歩いてるだけじゃ勃起しないよね?」
「おれ今日、詩音さんと歩いてるあいだずっと勃起してたけど」
私の天然発言でさらに性欲を刺激されたらしく、陸は朝まで私の体を離さなかった。
夏休みが終わる頃、また雅人の番が回ってきた。もちろんまず文句を言ってやった。
「ほかの人は勃起しても別に痛くないってよ。私をだましたの?」
「自分の命より大切な姫に怒られた。おれを嫌うくらいなら、むしろ死ねって言ってほしい」
雅人の目から涙がこぼれ落ちるのを見て、さっきまでの怒りはどこかに飛んでいった。
「死んでほしいなんて思わないけど……」
「おれ、ほかの女といたってこんなに勃起しない。おれみたいな中身も学歴もなくていつも馬鹿にされてる男が、天下のN大の女子大生とデートしてるんだって思うだけで、おれのあそこは限界を突破して、それで痛くなるんだ。今だって……」
今日は絶対にセックスしないと決めていたのに、結局そのまま斉藤大輔の部屋に連れ込まれ、着ていた服を全部剥ぎ取られた。私はベッドの縁に手をついて、足を開きお尻を思いきり後ろに突き出した姿勢で立たされた。
私を全裸にしたくせに雅人自身はただの一枚も脱がなかった。ジーンズのファスナーだけ開けて、そこから飛び出した長いもので後ろから突きまくっている。片手で私の腰を支え、ときどきもう片方の手を伸ばしては私の乳首をつまんだりした。
前回と同じく三回射精したところで、勃起による痛みは収まったという。
だまされてるんだろうなと思った。でも男たちからいつもちやほやされてるうちに、そんな愛の形もあるのかもしれないなと思い直した。そんなわけないのに、見たくない現実から目をそらすスキルばかり磨かれていく、悲しい私だった。