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※死ネタ

死ぬつもりなど更々無かった。元々死にたくなくて生き永らえた命なのだから。

魔法を知った。今まで対峙していた生物とは全く違う未知のそれに、心が躍った。

友というものを知った。家族というものを知った。過ごす中で、彼らとまだ生きていたいと思う様になった。

死の予言に、当然抗った。師が、友が、仲間が、家族が傷付く中で。何が何でも死んでたまるものかと、目の前の魔法を狩って、その上で生きてこの闘いを終えるのだと、そう、決意していた。

けれど、予言の魔法の予言は、まさしく「ドンピシャ大当たり」であった。

反世界の魔法は確かに狩る事ができた。間違い無く、習得した。その筈だった。

相打ち、と、呼ぶものなのだろう。最後にイチが覚えているのは、自分の名前を呼ぶ、どころか叫んでいたデスカラス達の声と、音を立てて変滅していく自身の体だった。

次に目を覚ますと、何も無い場所に居た。上も下も右も左も、何もかも白く、何も存在していない。地面がある感覚は無いのに確かに歩けるのが不気味だった。ここは何処なのか、魔法心円ともまた違う場所の様だが。それとも、ここが死後の世界というものなのか。天国やら地獄やら、色々なお伽噺は聞いていたが。実際はこんなにも、なにもない場所なのか。人間が死ぬとどうなるのかなんて誰も知らない。伝える術が無いからだ。天国だろうが地獄だろうが、何かがあった方が退屈しないから良いのにと思った。

シャン、と、聞き慣れた──聞き慣れてしまった音が後ろから聞こえたのは、その時だった。振り向くと、そこにはこの世界に溶けて混じりそうな白が居た。反世界の魔法は、ゆっくりとイチに近付いてくる。殺意は感じない。敵意も、無い。反世界はイチをじっと見つめて、それからその場に腰を下ろした。何も無い筈の空間がメキメキと変滅して椅子になる。

「座り心地の悪そうな椅子だな」

素直に感想を口にしても、反世界は何も言わなかった。その上そのまま目を閉じた。眠ったんだろうか。眠るとかあるのか魔法に。イチはとりあえず行ける所まで行ってみよう、と、足を前に出した。

体感時間で三日ほど歩いて、歩いて、歩き続けて、イチは足を止めた。何処まで行っても白しか無い。ふうと息を吐いて、その場に座り込む。これだけ歩いても不思議と疲れは無かったし、なんなら空腹も無く、喉の渇きも無い。

「死ぬ、とは、そういう事なのか」

生きる為に必要だったそれらが、危険信号が無くなっている。ああ、自分は死んだのか、と、イチはそこでようやく受け入れられた気がした。後悔ならある。彼らと生きたかった。これから先も長く、家族として、仲間として、友として過ごしたかった。とはいえ。沢山の魔法を見て、狩って、反世界の魔法も習得出来たのだから、なかなか良い最期だったのでは無いだろうか。もしかしたらここは、受け入れ切れなかった色々な感情を受け入れるための空間だったのかもしれない。となれば、迎えが来るのだろうか。天使とか、悪魔とか。それともここに居れば、いつの間にか消えているんだろうか。なんて事を考えながら後ろに寝転がった。このまま眠ってしまおうかと目を閉じて、気配を感じてまた目を開ける。反世界が、イチの顔を覗き込んでいた。

「なんだ」

何か用かと眉を顰める。下から音がして、イチの身体が浮いていた。手の様な形に変滅したそれが、イチを下から持ち上げていた。

「何を変滅させてるんだ、これは」

反世界はその質問には答えずに、自身もまた椅子を作り出してそこに座った。イチは移動させられて、反世界の膝の上にすとんと下ろされる。反世界の手がすり、と頬を撫でた。生き物ではあり得ない、冷たい手のひらだった。

「俺は」

ぽつり、と、反世界が言葉を溢す。雨の雫の様だと思った。

「ただ出現し、変滅し、去る。そうしていずれは世界を滅ぼす、それだけを目的としていた。お前達人間の持つ感情や執着や、悲しみや怒りなど、どうでもよかった。俺にはなんの関係もないものだからだ。だが」

頬に触れていた手が、ゆっくりと首筋に触れる。親指が、つ、と喉仏を撫でる。

「お前を見ていると、おかしな事になる。この辺りが、騒ついて、仕方なくなった」

この辺り、と、イチの胸をとんと指差した。

「お前の様な子鼠に習得されたのは何とも腹立たしい。が、俺は案外、満足もしている。

何せ、お前がここに居る」

ぐ、と後頭部が引き寄せられた。白い、白い、整った顔がすぐ近くにある。

「ここには何も無い」

「見れば分かる。それがどうした」

「ここには何も来ない。何かが迎えに来る事も無いし、終わりも無い。

お前は、ここで、俺とずっと共に在るんだ」

うっそりと反世界は笑っている。重なった唇はひどく冷たく、変滅した何かによって、繭が作られていく。

そうして、後に残ったのは、沈黙だけだった。



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