コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
マッドハッター~魔のサーカス テント内にて~
寝苦しさを感じて飛び起きた私。いつの間にかベッドにいて、いつの間にか朝になっていた。 まだ脳が覚醒していないが、とりあえず頭、もとい帽子に手を当てる。
(まだ、脱げていないのか。っていうか、私はどうやってベッドに?)
目を擦りながら、ベッドから出ると紅茶とベーコンの香ばしい香りがしてきた。朝食はいつも適当に済ませているし、早起きは苦手だからゆっくり作る暇は私にはない。では、誰が作っているのか。 昨晩ここに寝ていたはずの存在がここにいないことを察するに恐らく。
私は、下へ続く階段を降りると、台所で鼻唄を歌いながら椅子に立ち、身の丈に合わないフライパンでベーコンを焼いているスパイキーとスパイクがいた。
「カリカリベーコン♪ ジュージュージュー♪ コショウを少々、愛情少々♪ もうひとつおまけに愛情たーっぷり♪ はい、召し上がれ♪」
軽快なリズムと歌を口ずさみ、お皿にベーコン二枚と目玉焼きをのせて、テーブルに運ぼうとした時。 ようやく、私の存在に気づいたようだった。
「あ! おはよう、ハッター!」
「…おはよう。朝からご機嫌だな?」
「だって、朝だよ? お日様がポカポカしてて、天気もいいよ!」
椅子から飛び降りて、また椅子に上がってお皿を置く二人。私は指を鳴らしてフォークやスプーンを人数分用意した。
「お前たちの分は?」
「あるけど、一緒に食べていいの?」
「もちろん。食は人数が多ければ多いほど美味く感じるしな。」
台所にあるお皿が恐らく二人の分だろう。私はもう一度指を鳴らして皿をテーブルまで魔法で移動させた。
「さ、いただこう。」
「いただきまーす!」
スパイキーとスパイクがベーコンと目玉焼きにかぶりつくのを横目に私は新聞を手に取る。毎朝、新聞を運んでくるハトがこうして、暖炉に落としていくので外界の情報には困らないが、暖炉の残り火で新聞が燃え尽きてしまうのはなんとかしなければならない。
ゴガアアア…。
突然、地響きに匹敵するほどの声がした。これはアルマロスの声だ。
「な、何々!?」
「…アルマロスの声だよ。また、新聞運びのハトを食ったのか。」
「え!? いつも、新聞を暖炉に落としていくハトさんを!?」
「あいつは最近、自分の周りに飛んでるハトとかカラスとかうっとしいからよく食うんだ。ちなみに、さっきのはゲップだ。」
「ゲップ!?」
朝から下品な音を立てるアルマロス。せっかくの食欲が失せる。
「…ところで、私をベッドに運んだのはお前達か?」
私は、読みかけの新聞を置いて、ティーカップに手を伸ばす。
「うん! ハッター、ちゃんと食べてるの? すんごい軽かったよ?」
「お前達がくるまで食は手抜きだったからな。」
先程も言ったが、朝食は手抜きだったり全く食べない日もあった。料理の腕に関しては、食べられないほどでもないぐらいだ。そして何より人間の三大欲求が失われつつあることも大きく関係している。
「あと、その帽子なんだけど…。」
帽子、と言われて紅茶を飲む手を思わず止めてしまった。 やはり、これだけは二人に話しておくべきなのだろう。 私は、ティーカップを置いて、長い深呼吸をした後、口をゆっくり開く。
「お前達には、話しておくべきだな。」
「話すって?」
「…薄々気づいてるとは思うが、私は呪われている身だ。体が小さいお前達でも、私を椅子から下ろしてベッドまで運べたのは既に私は死んでいるからだ。体重という体重もそんなにないし、睡眠欲、食欲、性欲の三大欲求さえも、失われつつあるんだ。」
私は帽子のつばをつかんで思いっきり上に引っ張って見せるが帽子はびくともしない。
「このとおり、帽子が脱げないようになってる。死ぬ前はこんなの被ってなかったことだけは覚えていたから、恐らくこいつが呪いの根元なのかもしれん。」
「どうやったら脱げるの?」
「わからん。色んな方法を試してみてはいるが、今のところこれと言った解決方法がない。」
私は、残った紅茶を飲みながら新聞をもう一度開く。さて、どこまで読んだか。
「帽子が一生脱げなかったら、ハッターはどうなっちゃうの?」
「ああ、一生人間に戻れないし、今とは違う何かになってるかもしれん。」
「その割には、呑気すぎない?」
「まあ、なんとかなるだろう。」
「危機感!」
新聞を読みながら、内心焦っている所を隠す。我ながらいい誤魔化し方だと思う。でも、焦ってるのは本当だ。 この二人に会うまで、アルマロスと各地を旅していた、どの方法も効果はなし。帽子はまだ脱げないでいる。自分の魔法の力を利用して脱ごうとしたが頭皮からヤバイ音がしたのでそれ以来やってない。 そして、今回訪れたこのエスタエイフ地方。ここは様々な聖地や魔力の満ちた海、山、森があるのでそこに行き、呪いを解く方法を探ろうと思った。 ついでに、ここに古い友人、知人がいるとの噂も聞いているので彼らにも会って見ることにした。
「さて。」
指を鳴らして、暖炉に火をつける。ある程度読み終えた新聞を放り込んで、席を立ち上がる。
「あれ? 食べないの?」
「後で食べる。先にアルマロスを動かすぞ。」
「それって!」
「ああ、行くぞ。港町<ユナティカ>へ。」
私は階段を上がり、部屋に戻ると窓を開け平地のその先にある<ユナティカ>の方を眺める。指をばらばらと動かした後、空に向かって指を鳴らす。 城は揺れ、アルマロスが手足と顔を出すと、地面に重々しい足跡をつけては目的地へと歩き出した。 海猫の鳴き声と潮の香りが強くなった。