💜💙短編集

じゃり、と足元から、砂利が擦れる音が聞こえる。コンクリートがすっかり崩れてしまっているようだ。周りには、換気扇のようなものが無造作に置かれていて、金属がみしりと軋む音が聞こえる。

狭い脇道のせいで、パイプと肩がぶつかる。そのせいで、パイプが派手な音を立てて崩れる。どうやらすっかり錆びていたようだ。

おそるおそる、そっと歩みを進める。

狐「…完全に迷いましたね…！」

手に握っていたスマホにギュッと力を込める。

時を遡り、数十分前、般若さんに、ここの近くにとある人物が住んでいるため、探して欲しい、と言われ、とある中華街に潜入をした。

しかし、この中華街は、違法建築が多く、途中にある地図も役に立たない。持ってきたスマホは圏外なので、般若さんとも繋がらないし、地図も見れない。

ましてや、人も少ないようで、たまに人にあっても言語が通じなくて、そのままどこかに行ってしまうのだ。

勘だけで、なんとなく歩みを進めていたものの、自身が辿ってきた道すら不明となるぐらい迷い込んでしまった。

狐「うぅ…。」

さらになんとなくで、歩みを進めてみると、どんどん薄暗くなってくる。道筋もどんどん細くなっていて、2人が横並びするのが限界ぐらいの道を辿っていく。

おかめ「…谁？」

聞き慣れない言語が耳を通る。ここの地域独特の言語である。

声のする方向を辿ってみると、紫色の中華風なコートを羽織った背の高い男性が、紫色のサングラス越しに、こちらを見つめてくる。

その瞳はなんだか優しくて、ぼんやりとした気持ちになってしまう。

おかめ「新人的孩子？还是局外人？」

ゆらりと、コートが揺れる。

ふわふわとした髪の毛が、彼の輪郭をなぞらせる。

驚くほど綺麗な顔である。

少し魅入っていると、彼は、返事が返ってこないことに首を傾げ、喉を鳴らす。

おかめ「…あー、もしかして、こっちの言語？」

狐「あ、えと、そうです…！！」

聞き慣れた言語が聞こえて、ほっと安心をする。

ようやく、言語の通じる人と出会えた…！！その喜びで、思わず彼に近づく。

彼はそれに驚いた様子をしたが、言葉を紡いでくれる。

おかめ「…どしたの？こんなところで。新人の子？」

狐「…新人…？？えっと、道に迷ってて…！！」

彼がいう”新人”の意味がわからなくて、思わず聞き返すと、彼の中で何かしらの納得をしたようで、かけていた紫色の丸いサングラスをかちゃりと外す。

おかめ「…俺の名前はおかめ。ここら辺を仕切ってて、近くでお店をやってるよ。」

狐「おかめさん…、」

おかめ、おかめ、なんだか聞き覚えのある名前である。

そういえば、ここにきた理由はなんだっけ…。

ぼんやりと、般若さんの顔が浮かぶ。

そうだ、般若さんに、人を探して欲しいと言われてたんだ。

その人の名前が、おかめさん…。

狐「おかめさん…！？！」

おかめ「うぉっ！どしたの急に大声出して…。」

狐「あの、わたくし、狐と申します…！般若さんに言われて、おかめさんを探してて…！」

慌てて、スマホを取り出し、ネットの繋がらないスマホで、慌てて写真フォルダーにある、般若さんとのツーショットを見せる。

身体を屈ませ、覗き込むように顎に手を当てた状態で、スマホを見てくる。

般若さんとのツーショットを見て、少し唸ったような声を出してから、はっと顔を上げる。

おかめ「あ〜！般若のところの子かぁ…。なんだ、惜しい…。」

狐「…惜しい？なんの話ですか？」

おかめ「…ううん、気にしないで。こっちの話。」

するりと白くて長い指が、自身の頭を撫でる。なんだか心地よくて、手の揺れに合わせて、頭を揺らす。

髪が指を通り、離れていく。

指の行き先を目で追うと、その指は、おかめさんの口元に戻っていく。

おかめ「そうだなぁ、じゃあお店来る？多分いつもの薬だから、調合しなくちゃ。」

そう言って、手招きされる。

少し妖しく、妖艶な雰囲気を纏っていて、なんだか頭が上手く働かない。

般若さんの知り合いだろうし、警戒することはないか、そう思って、おかめさんの跡をついていこうとする。

狐「…あれ、」

なんだっけ、ここに来る前に般若さんが言っていた言葉。

頭に白いモヤがかかるように、考えるのを拒ませる。

般若『…一応、おかめには気を付けろよ。』

_____

おかめ「到着〜！ここが俺の店だよ。お薬屋さんだよ〜。」

のんびりとした口調で、パッと手を広げる。

案内された先は、周りよりは丁寧に作られたであろうコンクリートのお店。

怪しげなポスターやら、動物の骨やら、袋やらが吊るされている。

赤の背景に金文字の福が逆さになっている紙がドアに貼られていて、おそるおそる、といった様子で、お店のマットを踏む。

中央には、暗い色をした木造のカウンターがあって、おかめさんは、そこの内側へと入っていく。

おかめ「よかったらカウンター座って。お茶出してあげるね。」

そう言って、手際よく茶葉を取り出す。小さな茶器に、お湯を注ぎ、茶器を温める。温度が下がって風味が落ちないようにするためだろう。

蓋碗と呼ばれる入れ物に、茶葉とお湯を入れ、へこみに人差し指を置いて、茶器にお茶を注いでくれる。

おかめ「龍井茶だよ。多分、この地域以外の人にも飲みやすいと思う。」

狐「あ、ありがとうございます。」

少し小さめのおちょこのような茶器に、薄緑のお茶が入っている。

それに口をつけてみると、緑茶に似た上品な味がする。

狐「ありがとうございます！美味しいです…！」

おかめ「それはよかった。今薬調合するから、ちょっと待っててね。よかったら、水果たべて。」

狐「しゅ、しゅい…？」

おかめ「水果、くだもののこと。」

スッとカウンターに出されたお皿には、スイカやら、みかんやら葡萄やらが所狭しと詰められている。

そういえば、持ってきた携帯食もとうに食べ切って、小腹が空いていたのだ、と思いお皿の上に置かれた葡萄を、一つ茎からちぎり、口に含む。

甘い糖が、口いっぱいに広がって、もう一粒口に放り込む。

おかめ「きっつんは、般若のところの新人？」

狐「きっつん…いえ、一応幹部ですよ。」

おかめ「…幹部かぁ…、じゃあ文句言われちゃうかなぁ。」

おかめさんは、すり鉢のようなものに、何かの根っこや、粉末、骨のようなものを次々と入れながら、会話を続ける。

文句、なんのことでしょう…？

阿形「ねぇねぇ、おにーさん新人？」

不意に声をかけられて、思わず後ろを振り向くと、少し背の低い男性が、コチラをじっと眺めてくる。紅い瞳はなんだか暗いけれど、明るくって、口元は貼り付けられたように、笑っている。

おかめ「阿形、その人俺のお客さん。」

阿形「なんだおかめにーさんのかぁ…。ていうか、おにーさん般若兄貴のとこの人でしょ？おかめにーさん、手出したら怒られるよ？」

おかめ「大丈夫、なんとかするよ。それより般若のところ行って来なよ。」

阿形「はぁい、じゃあね、おにーさん。」

そういって、するりとカウンターから、ペットボトルを取り出した後、お店へ出ていく。

横を通り過ぎたとき、なんだか噛み跡が見えたのは気のせいだろうか。

おかめさんに阿形と呼ばれている人物に、見覚えがある。

それに、般若さんの名前が聞こえた気がする。彼も般若さんの知り合いだろうか。

おかめ「阿形は、般若の愛人だよ。」

にこりと笑ったおかめさんの言葉に、思わず顔を赤くする。

愛人。そうだ、少し前に般若さんの部屋から彼が出て来たのを見たことがあったのだ。

タオル一枚を肩にかけ、廊下に出て来たところを、遠目に眺めたことがある。

出て行った彼を眺めながら、さらに葡萄をちぎって、口に放り込む。

おかめ「…んふふ、きっつん可愛いね。」

狐「か、かわ…ｯ？そうですか…？？」

ごりごりと、すり鉢で粉末を生成しながら、コチラに笑いかける。

可愛い、そんな言葉言われたことがない。思わず咳き込んでしまって、慌ててお茶を流し込む。

おかめ「大丈夫？」

狐「けほっ、大丈夫です…！」

おかめ「そっか、ならよかった。」

するっと、指が耳介をなぞる。つつーっと、音が鳴るくらい、愛おしそうな瞳でコチラを見つめながら、指が耳介から離れる。

その後、すり鉢からそっと粉末をお皿によそってから、近くにあったオーブンのような機械に乗せる。

タイマーをカチカチと鳴らした後に、パッとコチラを向き直す。

おかめ「この薬ね、焼いて水分飛ばすのに、一日かかるんだ。夜も遅いから、危ないし、よかったら泊まって行かない？般若にも連絡しといてあげよっか。」

狐「…そうですね、お世話になります。」

確かに、数少ない窓に視線を向ければ、あたりはすでに真っ暗になっていて、お店の遠くの方には、柄の悪そうな人物が徘徊している。

確かに、こんな中帰るのは危険かもしれない。そう思って、おかめさんの提案に頷く。

そうすると、おかめさんはなんだか嬉しそうな顔をする。

おかめ「よかったぁ！じゃあ準備するね！こっちおいで。」

______

カウンターの奥にあった、重々しい扉を開くと、なんだかおしゃれな廊下に連れて行かれる。

おかめ「あっちがお風呂で、あそこがキッチンね。ここが寝室だから、ここでのんびりしててね。」

三つほど扉を指差した後、手前にあった扉を開く。大きいベッドの上には、ゲームだとか、服だとかが散らばっている。

おかめ「わー！！ごめん、汚かったね！」

おかめさんは、慌ててベッドの上のゲームやら服やらを手いっぱいに抱え、近くの棚の中に押し込む。

少し綺麗になったベッドの、布団を整えると、ベッドに腰掛け、布団をぽんぽんと叩く。

おかめ「おいで。」

ぱっと手を広げ、コチラに視線を映す。

綺麗な方に言われて、なんだかドキドキしてしまって、そっと布団を叩いた箇所に腰を下ろす、

おかめ「そっちじゃないでしょ？」

するりと、腰に手が回って、おかめさんの膝の上まで誘導される。

そのままバックハグをされるように、ぎゅっと抱きしめられてしまって、顔が熱くなるのを感じる。

おかめ「きっつん、顔真っ赤。」

おかめさんの顔が、首元に載せられる。熱くて、情欲に満ちた吐息が、耳元をなぞる。じわりと、熱さが耳の体温を上げていく。

部屋に充満した甘い香りのせいだろうか。

自身の思考が蕩けていくような、そんな感覚がする。ぼやぼやと、白いモヤが脳みそを包むようだ。

視点が定まらない。麻薬やら、睡眠薬のような感覚がする。

おかめ「きっつん…。」

お腹の付近に置かれていたおかめさんの腕は、僕の手に重ねるようにしてくる。

おかめさんの、長い指と自身の指が絡み合う。

肩に載っていたおかめさんの顔は、いつのまにかもっと近くなっていて、頭がぐるぐるする。

鰐が獲物を仕留める時のように、ゆっくりと、顔が近づいてくるのを、僕はただ眺めるしかできない。

おかめさんの、まつ毛の長さがわかる。

狐「ん…っ」

ちゅ、と軽いリップ音がなる。

甘い色香のせいで、なんだか身体が火照るようだ。

そのまま、おかめさんと唇を何度も角度を変えて重ねる。

ちゅ、ちゅ、と唇を重ねるうちに、だんだんと深いものになってきて、顔が熱い、

おかめ「…ふふ、きっつん可愛いねぇ…。」

そう言って、もう一度キスをする。甘くて甘くて、とろけるようなキス。

歯列や上顎をなぞるように、丁寧に丁寧になぞられていくのを、されるがままに、おかめさんと唇を合わせていく。

おかめ「…きっつん…。」

ぐるりと体勢を変えられて、ベッドに落とされる。

ぎしりと軋むベッド。

ぱちりと合う、おかめさんとの瞳。

部屋に漂う、甘い色香。

全部全部、僕の脳みそを蕩けさせるように、なんだか身体が熱くなる。

ぼやぼやと、視界が歪み、どろどろと思考が溶けていく。

おかめさんに触れられている箇所全てが気持ち良い。

このまま身を任せて、おかめさんに犯されてしまいたい。

おかめ「…一緒に、気持ち良くなろうね。」

にこりと笑うおかめさんに、僕は頷くことしかできなかった．

______

般若『おかめ？？ウチの狐帰ってこないんだけど。』

ベッドでのんびりとお酒を呑んでいると、スマホから電話がかかってくる。

ここの場所で電話がかかってくるということは、だいたい知り合いなので、安心して電話に出たら、心配性な友人の声。

おかめ『般若ー！きっつんありがとうね。美味しく頂いたよ！』

般若『はっ！？狐にもう手出したのかよ？！』

おかめ『どタイプだったし…。狐なら今俺の隣で寝てるよ♡』

慌てたように声を荒げる般若。お母さんみたい。

昨日いっぱい愛してしまって、泣き腫らした末に寝てしまった狐の髪を撫でながら、電話に応答する。

般若『だから、狐に気をつけろって言ったのに…！！』

おかめ『んふふ、めっちゃ気持ちよかったよ。』

はぁ、と大きめの息を漏らす般若。

いつも以上に盛り上がっちゃって、昨日は長い夜だった。

電話越しでもわかる、相当困った顔をしているのだろう。そんな姿を思って、くすくすと笑えば、少し真面目な声色で、言葉が帰ってくる。

般若『…水には、落とさないでくれよ。』

「水」、聞き慣れた暗喩の言葉。

端的にいえば、水商売のことである。

般若は、今までの俺の経歴やら今の仕事やらを鑑みて、そんなことを言っているのであろう。

確かに、今までは、少しつまみ食いした後に、水商売に落としてた。

けれども、「狐」は違う。

おかめ『んふふ、心配しないで。狐だけはそんなことしないよ。俺の恋人にするつもり。』

般若『ならいいけどさぁ…。』

おかめ『それ言ったら、般若の隣にいる阿形とかと一緒でしょ？』

ウチでナンバーワンの阿形に惚れた般若は、誰にも阿形が抱かれないように、と365日24時間の貸し出し契約をしている。

まだ阿形は帰って来た記録はないので、おそらくまだ般若の隣にいるんだと思う。

般若『ちょ、ばか、あぎょっ』

バタバタと物音が電話越しに聞こえる。おそらく阿形が、般若の電話を奪っているんだろう。

少し物音が静まった頃に、再度声が聞こえる。

阿形『おかめにーさん、早めにきっつん返してあげてね。兄貴結構心配してるからさ。』

おかめ『えー、どうしよっかなぁ…。きっつんが俺との行為ハマって帰れないかもねぇ…。』

阿形『えー！そんなとろとろなのきっつん！俺も抱いてみたい！！』

般若『あ”ー！阿形、後で説教な！！おかめ！今隈ちゃんそっち送ったから、狐と一緒に薬持って来てくれ！』

電話を奪い返したであろう般若が、少し疲れたような声色で話を続ける。遠い方では、阿形が文句を垂れているような声が聞こえる。

隈ちゃんかぁ、じゃあ大人しく狐と一緒に、いくしかないかぁ、と薬の数量を思い浮かべる。

般若『じゃあ、よろしく頼んだからな！！』

ぷつん、と電話が切られる。今送ったってことはつくのはお昼ぐらいかなぁ。

飲みかけだったお酒のグラスを再度口につける。

甘くてほろ苦い、養命酒の味。

するりと、狐の髪をなぞると、まどろんだ瞳がうっすらと開く。

狐「んぅ…おかめさん…？」

まだ頭がしっかり回ってないようで、呂律がしっかりしていない。

ほわほわとした顔をする狐が愛らしくてたまらない。

お昼までは後数時間。

おかめ「…おはよ、きっつん。もう一回シよっか。」

_____

作者から。

R18の比率がおかしい柑橘です。初めてR18なしを書きました。

割と特殊な設定でしたね。

ちょっとした解説をば。

一応、全員マフィアという設定で、

おかめサイドのマフィア:おかめ、阿形

・ 中華系のとある場所を仕切っている。薬やら調合やらに詳しく、とある薬屋を経営している。般若からは、薬の調合を定期的に依頼されている。

一方で、中華マフィアとしての名声が名高く、人身売買、違法賭博の経営、違法風俗の経営など、ありとあらゆることを行なっている。

・おかめさんは、オーナーとして、様々な事業を行っている。

・阿形さんは、おかめさんが経営している違法風俗で働いている。今までは、接待等でナンバーワンになったものの、初めて身体を売ることになり、その相手が般若さんだった。以降、般若さんに惚れられたようでめっきり他の客と会うことはやめた。本人は、お金だけの関係、愛人、金が儲かるから、という理由だが、実は満更でもなく、般若との永遠を望んでいる。

般若サイドのマフィア:般若、狐、隈取

・ とあるマフィア。ギリギリのラインで、マフィアとして活動しているため、警察などにも追われにくいのに加え、警察内部にも味方がいる。

様々な人物を引き入れ、マフィアとしての名声が名高く、現在では、マフィアの中では、一番権力を持っていると言われてる。

・般若さんは、おかめさんと古い友人である。阿形さんに惚れていて、他のやつに阿形さんを渡したくないため、年間契約している。

みたいな設定がありました。

好評でしたら、R18ありの続き書こうと思います…。