都会の片隅で、青年が自死に見せかけて殺害され翌日のこと、内閣総理大臣臨時代理・槇村幸四郎邸宅の応接室にて
透き通る空の青色。
霞みがかった橙色の朝日に混じる、エメラルドグリーンの反射光と小鳥の囀り。
アスファルトを擦る、心地の良い車のタイヤの音を聴きながら、早朝の凛とした空気に身を任せている自分を、キリカは蔑み笑った。
久保キリカは、うさぎの絵柄の急須から滴る緑茶の音色に耳を傾けながら、縁側で桜の枝を手入れする槇村の背中を見つめていた。
妻のあすかの声がした。
「久保さん、これからも主人をお願いします」
「いえ、私こそ力不足で…」
キリカは、湯飲みをそっと口につけた。
ほのかな甘い香りが、つんと上がったら鼻をくすぐって、キリカは思わず、
「美味しい」
と、声をもらした。
そのひと言に、あすかは嬉しそうに微笑んで、
「鹿児島の雁金茶なんですよ」
「茎茶のことですか?」
「あら、お詳しいですね、そうなんです」
「わたしの実家、静岡ですから」
「あら、そうでしたの?」
ふたりは、顔を見合わせて笑った。
あすかはキリカよりもひと回り以上年上で、伏し目がちな表情は、相手を時折混乱させた。
素性の知れない女、キリカはそう思いながら、あえてゆったりとした口調で話を合わせた。
時刻は5:30を過ぎていた。
「ねえ、久保さん?」
「はい」
「槙原は、元々人の上に立てる人間ではないんですよ。良く自分でも言っておりました。小心なんです。ああ見えて」
「知ってますよ」
キリカは笑った。
あすかも、遠慮がちに笑った。
縁側の槙原の横顔と桜の枝が、一枚の絵画の様にふたりには見えていた。
無名な画家が描いた、繊細で奥行のある抽象画。
生かされる宿命を、己のフィルター越しに捉えたあすかは囁いた。
「余すとこなく味わえる。それがあの人なんですよ、お茶みたいな人…」
「そうですね…」
キリカもまた、嘯いてみせた。
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