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――今日で、いよいよ最終日。
教会の方は、特に怪しい所は見つからなかった。
テオに跡をつけてもらい様子を見て来てもらったが、宮廷から離れた挙動不審男は、普通に過ごしていたそうだ。
本当にただの教会の人間で、外部とのやり取りは無いらしい。
まあ、リーゼロッテもたった3日で何かを発見出来るとは思ってはいなかったが。
(うーん、勘が外れたかしら? でも、あの男の顔は覚えておこう……念のため)
テオからの報告を聞き終わると、綺麗に咲いたピンクローズを選び、一輪摘む。
リーゼロッテは、早朝に離宮の庭園の薔薇を眺め、ある事を思いついたのだ。
『その花をどうするのだ?』
「ふふっ、ちょっと見ていて」
手のひらに置いた薔薇に魔法をかけると、透明な球状の器に入れる。枯れない花ブリザードフラワーのように、可愛らしく飾れる仕様にしてみた。
『……その器は、結界か?』
「ピンポーン! 当たりよ!」
テオは不思議そうに首を傾げる。
「水分と空気を抜いて成長を止めた薔薇を、弱い結界の中に閉じ込めたの。これは、アニエス様へのプレゼントよ。もしも、何か危機が迫ったら、これを投げて壊してもらうの」
『結界が壊れれば、離れていてもリーゼロッテが感知できる。……成る程、面白い事を考えたな』
「でしょ〜! 一度来たことがある場所なら転移できるしね」
これを渡したら、アニエスとは暫しのお別れになる。今日の午後には、ブリジットが配属される予定だ。
リーゼロッテの予想では、午前中にルイスが領地に戻る挨拶にやって来るだろう。
リリーは、その前に消えないといけない。
ルイスはきっと、リリーに離宮以外でまた会いたいと言うだろう。
アニエスと違って、ルイスには下手な嘘は通じない。適当な退職理由なら、簡単に調べ上げられボロが出てしまう。
――そもそも、リリーなんて侍女は存在しないのだから。
アニエスが目を覚まし、支度を済ませると、リリーとして退職の挨拶をした。
「……嫌よ。リリー、どこにも行かないで……」
案の定、泣き出してしまったアニエスを慰める。
「アニエス様、リリーもお別れはしたくありません。ですが、これは仕方のないことなのです。お側にお仕えすることは出来ませんが、アニエス様が……立派な聖女様になるのを必ず見守っております」
そっとアニエスの手を取ると、朝作った薔薇の飾りを手に乗せた。
「……きれい……」
涙声で、アニエスは言った。
「もし――。アニエス様に危機が迫り、助けが必要になった時は、これを壊して下さい。必ず助けに参ります。特別な魔法をかけた、世界でひとつだけの、リリーからのプレゼントです。ふふっ、誰にも内緒ですよ」
アニエスは、パアァっと顔を綻ばせると元気よく頷いた。
「わかったわ、絶対に内緒にするっ! リリーからのプレゼントだから……大切にするわ」
アニエスは、ぎゅっと薔薇の入った器を胸に抱く。
午後には新しい侍女ブリジットが来ることと、近いうち信頼できる従僕もやってくると伝えておいた。
――それから、リリーの姿は離宮から消えた。
◇◇◇◇◇
その日の昼。
リーゼロッテは、ブランディーヌと一緒に昼食を取りながら、ロビンの状況を尋ねる。
ロビンは、ブランディーヌの友人で早くに子供を亡くした子爵家の養子になった。どうやら、慈善事業に熱心な夫人らしく、喜んでロビンを受け入れてくれたそうだ。
今は、従僕になる為に、徹底的に礼儀作法を仕込まれている最中らしい。
そして、ようやくリーゼロッテを迎えに、ルイスがやって来た。――明らかに、落ち込んでいる表情で。
(うわぁぁ……暗っ!)
ルイスに黙って消えた申し訳なさを感じつつ、ブランディーヌには、近いうちにまたこっそり遊びに来ると告げた。
◇◇◇◇◇
伯爵邸を出て少し行くと、凝った外観の素敵なお店の前で馬車が止まった。
「リーゼロッテ、この店でお誕生日のプレゼントを買おう。ここは、王都で人気の店なんだよ」
やっと気持ちを切り替えたのか、ニッコリ微笑んだルイスに連れられ入店した。
テオも、久しぶりに人の姿になっている。
「うわぁ! ……素敵!」
そこは、とてもお洒落なアクセサリーショップだった。いかにも上流貴族御用達の店。
(お値段は……うん、可愛くなさそうだわ)
店主とルイスは知り合いのようだ。
リーゼロッテはこっそりルイス達のやり取りを眺める。
店主は色々な指輪をルイスに薦めていた。
徐にルイスが手にしたのは、リーゼロッテの瞳と同じ色の魔石が埋め込まれた指輪……しかも、大人の女性サイズ。切なそうな表情で、それを置き首を横に振った。
多分、ルイスはリリーの為に指輪を見に来ていたのかもしれない。
(うっ……お父様、ごめんなさい)
リーゼロッテは、その指輪の魔石と同じ物が埋め込まれた髪飾りを選んだ。
勿論、値段も指輪よりも可愛い。
指輪は受け取れないが、ルイスの気持ちは素直に嬉しかったのだ。
早速、髪につけてもらいアクセサリーショップを出る。同じ通りに並んだ他の店で、沢山のお土産を買うと辺境伯領へと出発した。
長い道のり。
リーゼロッテはこの数日間の疲れが、ドッと出てしまった。
やはり、体力はまだ子供なのだ。
コックリコックリと船を漕ぐリーゼロッテを、ルイスは微笑ましく見ていた。
テオは人の姿をやめ大型犬サイズになると、リーゼロッテのクッション代わりになって楽な体勢を保たせる。
リーゼロッテは、気持ち良さそうに眠りながら――モゴモゴと口を動かす。
プッと、思わず笑ってしまいそうになったルイス。
「……寝言か。なんだかんだ疲れたのだな」
何を言っているのかと、ルイスは耳を澄ませた。
「……アニエスさま……それはまだ……ですよ」
思わず息を呑む。
「……どういうことだ? 今……確かに、アニエス様と……」
ルイスは掠れた声で呟いた。
買ったばかりの髪飾りに嵌められていた、リリーの瞳と同じ色の魔石がキラリと光る。その髪飾りをつけて眠るリーゼロッテから、ルイスは目が離せなかった――。