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幸福論.
雨だった。
傘を叩く音が妙に耳に残る。
会場は静かだった。
祭壇の中央で笑うあの子。
棚を片付けていた時、
落ちてきたマグカップが頭に当たり、
脚立から転落して亡くなったそう。
俺の隣では妹がハンカチを目に押し当てて
声を殺して泣いている。
妹の肩を僕の恋人が抱いてさする。
彼女は僕の顔を見て引き攣った顔をした。
「早すぎるよ…」
妹がそう呟いた。
俺は何も返さなかった。
返す言葉など、最初から持っていなかった
あの子は妹と恋人とよく3人で遊んでいた
特にあの子と妹は親友で、
2人とも俳優を目指してよく演技の練習を
していた。
休日や放課後に他のこと全部放り出して
台本とスマホだけ持って、
公園や貸しスタジオに走っていった。
よく撮った演技の動画を見せられては
「ねぇここ自然?ここは?これどう思う?」
と質問責めにされていた。
演技もだけど、
お菓子作りもよくしていたな。
「お兄ちゃん!新作!マフィンだよ!!」
「食べて食べて!」
「お兄さん食べてみてくださいっ!」
無邪気な2人。
「んむっ、美味い。」
そんなことを言うといつも飛び跳ねて
きゃっきゃしていた。
そんな真剣な顔も、
無邪気に笑う顔も失せ、
妹は葬式からずっと虚空を見つめては
台本の表紙を時々ちらっと見る。
それを繰り返していた。
あの日から学校に行かなくなった。
朝起きてくるのに、玄関で止まる。
制服を着たまま思い出して、泣いて。
結局休む毎日。
毒親から逃げた日から、
絶対に。
妹を守ると誓ったのに。
こればかりはどうもできなかった。
でも、
2週間ほど経った頃だろうか。
何故か親友のアカウントで演劇の練習で
撮った動画が投稿された。
ただ映像だけ。
その劇の題名は花と縄。
妹とあの子が1から作り上げた台本。
学校で起こる壮絶ないじめの話だ。
2人とも演技が自然だ。
まるで本当の証拠映像のようだ。
だからだろうか。
その映像は拡散され、激しく炎上した。
当然。特定班が見逃す訳もなく、
妹の学校、名前、住所。
そして、あの子が亡くなっていることまで特定された。
学校はすぐ休校になった。
ニュースにも大々的に報道された。
間違った真実が。
ドアには悪質な貼り紙、落書き、
頼んでいないピザ50枚着払い。
止まらない電話。
妹のスマホに届く批判。
全てに逃げ場などなかった。
それでも、炎は迫ってくるばかりだった。
1週間ほど、
妹はほとんど布団から出てこなかった。
スマホは投げられて画面が割れたまま。
僕は妹を守るべく立ち塞がった。
何度も何度も、ネットにも、
家に押し寄せる記者にも、
冷たい視線の近所にも、
落書きや貼り紙をする人にも、
特定班にも、
関わる全ての人に僕は真実を告げた。
だけど、罪人の戯言に人は耳を持たない。
ただただ、波にまかせて人を炙る。
燃え盛る炎の中、
妹はあの子の写真を握り、
マンションの8階から力なく落下した。
帰ってきた時は信じられなかった。
少し頭を打っていただけだった。
血もほとんど出ていなかった。
だから、当然助かると思った。
ただ、現実は甘くなかった。
病院に運ばれた時点で、
医者が脈と呼吸、瞳孔を見た時点で、
ゆっくり俺に向かって、
ご臨終です。
それだけを告げた。
内側がもう人の形をしていなかったんだ。
ドラマでよく見る霊安室。
案内されたときにはもうすでに
頭に布がかかっていた。
会った時、涙は出なかった。
妹は寝ているようにしか思えなかった。
ただ、手に触れるとドライアイスの冷たさが直に伝わる。
その瞬間、本能が走馬灯のように妹との
記憶を映し出す。
初めて妹が自転車に乗った時
妹が抱きついて「お兄ちゃん」と呼んだ時
毒親からの暴力から必死で守った時
演技についてキラキラした目で話す時
あの子と笑い転げた時
あの子と恋人と、3人で遊んできた時
布団の中で震えていた時
全てが僕から理性を奪った。
葬式に感情なんて1つしか湧かなかった
復讐
それだけだ。
あの日から俺は狂ったように
パソコンと睨み合いをしていた。
俺がこの手で犯人を殺す。
俺の大切な妹を奪った罪を、あの少女に
負わせた痛みを。
その全てを返す。
探偵だって雇った。
利用できるものは何でも利用した。
そして、1つ真実を手に入れた。
不正アクセス。
事故で亡くなったあの子のアカウント。
アクセス元・・・・
「今日、全部にぃちゃんが終わらしてやるからな。」
ドアを蹴破る。
もう理性なんて無くした脳はフルパワーで
蹴る指示を出す。
足に痛みが走るが関係ない。
ナイフを持つ俺を見て怯える1人の女。
一丁前に後退りしてんの。
もう分かってんだよ。
「何してるの・・・やめて・・・」
「もう殴らないって、傷つけないって言ってくれたじゃん」
そんな約束、した覚えない。
目の前にいるのは
俺の「元」恋人。
「俺は、信じてたんだけどな」
「どれだけ俺が妹を大切にしてるか、
知ってるはずだから。」
「俺の宝物。殺したのお前だよな。」
「やめて、お願いやめて」
「うるさい。
そんなことを聞きにきたんじゃない。
何でやったんだ。」
感情に任せた声のはずなのに低い声がでる
「あんたの妹がいじめて殺したんじゃん」
「あんなに証拠映像あったんだよ!?」
馬鹿馬鹿しい。
「知ってるはずだ。あれが演技なことぐらい。台本だって、読んだはずだ。」
「本当は何だ。」
怯えた小動物の目
久しぶりに見た。
「違う!!だってあの子はいじめで苦しんでたはずだもの!!!」
強い眼差し。
だけど、どこか焦点が合わない。
何それ。
あいつがいじめたって言いたいの
怖かったのはどっちだよ。
痛かったのはどっちだよ。
全部奪ったのはどっちだよ。
はぁ、疲れたな。
部屋はもう血まみれだ
せっかく黒いパーカー着てきたのに、
台無しだ。
返り血が顔までかかった。
汚ねぇ血。
何回か刺されたくらいでくたばった女
あーあ。
せっかく教育したのに。
俺は味方だよって毎時間言ったのに。
俺以外信じちゃダメだよ、
毎日毎日言ったじゃん。
騙されちゃいけないから、部屋から
あんまり出ないように鍵かけといたのに。
守れなかった時はちゃんと教育してあげたのに。
危ないから椅子に体固定してあげたのに。
ちゃんと座らせて、妹の可愛い可愛い
演劇を何時間も見せてあげたのに。
俺の妹の可愛いところも、 優しいところも、 演技が上手なところも。
いーっぱい教えてあげたのに。
最近なんか妄想が激しくなってきたから
暇なのかなってパソコンあげたのがだめだったか。
パソコン見ては暴れる日とか、
懐かしいなぁー
そういえばずっと誰かがいじめてるんだー
とか、あいつが悪いんだとか。
そんなことぶつぶつ言ってたな。
まぁいいや。
あれ、君、どこから来たの。
迷っちゃったのかな、僕とこおいでよ。
お兄ちゃんが幸せにしてあげる。
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油味噌
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