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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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遠回しに結婚しろと訴えるバザロフの気持ちを、ティアは痛いほどわかっているが、全力で気付かないフリをしている。


一年前、バザロフがマダムローズに切々とティアの結婚相手について語っているのを耳にしてからは特に。


ティアに結婚願望がないのは、自分の生い立ちが影響している。


5歳の時に母親が死んで、身寄りがないこと。娼館の娘であること。そして移し身の術が使えること。


その全てがティアを結婚から遠ざけている理由だ。


バザロフは、ずっと変わらず便宜を図ってくれている。自分の娘のように大切に思ってくれているのもわかっている。


きっと結婚できない理由を並べ立てたら、権力と腕力で、憂いも迷いも取り払ってくれるだろう。


でも、ティアはそれが一番困る。もう結婚をしないと決めたのだ。


決めたことを覆すのはティアにとって、とても苦手なことだ。自分の人生を左右することなら、なおさらに。


だからティアは、バザロフが諦めてくれることを必死に祈っている。狡いかもしれないが、お互いが傷付かない一番の方法だと信じて疑わない。


そんなふうに、ティアが言葉にできない思いを胸の中で呟きながら歩いていれば、あっという間に二人は裏口へと到着した。


「どうぞお気を付けてお帰りください」


バザロフとティアの姿を視界に収めた途端、バトラーが恭しく裏口の扉を開ける。


「では、ティア。またな」

「……はい。バザロフさま」


ティアから差し出された剣を片手で受け取ったバザロフは、ティアの頭をくしゃりと撫でて裏庭に足を向けた。


倍の歩幅で歩き出したバザロフを、ぼんやりと見送ってていたティアだけれど──


「……あ」


たった一言発したあと、ティアはものの見事に固まった。


裏庭と呼んでいいのかわからない貧相な庭に、馬車に寄り添うように一頭の馬と一人の騎士がいたのだ。


騎士は、夜の森のような艶のある深緑色の髪だった。


そして意志の強そうな眉。整いすぎた目鼻立ち。控えめに言って、まばゆい程に美しい青年だった。3年前よりも更に。


バザロフよりこぶし2つ分低いけれど、それでも長身の部類に入る。無駄のない筋肉で覆われた体は、まるで彫刻のように美しかった。


(う、嘘みたい。また…会えるなんて……!!)


3年ぶりの再会の場所は、ティアがもっとも望んでいない娼館だったけれど、騎士は娼婦目当てではなく、父親代わりのバザロフの護衛で目の前に現れてくれたのだ。


こんな再会、想像すらしていなかった。嬉しい。嬉しいっ。嬉しい!!


感極まったティアの口元が、ほんの少しだけ弧を描く。


その瞬間、騎士と目が合った。


一瞬だけ見つめられたその瞳は、水のようなひんやりとしていて、それでいて潔い美しさを持つ色だった。


トクンとティアの心の臓が跳ねた。緊張しすぎて、うまく息ができない。頭がくらくらする。


それでもティアはありったけの勇気をかき集めて、小さく会釈をした。ギジギジと音がしそうな程、ぎこちなく。


だが、ティアの姿をしっかり視界に収めたはずの騎士は、会釈を返すこともなく、完璧な所作でティアに背を向けた。


ふわりと舞うマントは、あの日と同じ艶やかな深紅。


国中……いや、世界中探しても、こんなに美しい姿の騎士はいないだろう。


けれど、それを見つめるティアの頬は引きつっていた。


騎士はあろうことか、ティアに背を向ける直前、眉間に皺を寄せたのだ。まるで汚いものを見るかのように。


騎士は、ティアのことを覚えていなかった。


精一杯の勇気が砕け散った。惨めで、無様で、つんと鼻の奥が痛くなる。


でもティアは泣く代わりに、精一杯の虚勢を口にした。


「……なによ。お高くとまりやがって。いけすかないヤツ!」





「あのティアが、あんな顔をするとは……な」


一方、馬車の中でその一部始終を見ていたバザロフは、人知れずほくそ笑んだ。


その笑みは、あたかも起死回生の奇襲が成功したかのようだった。

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