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イケメン騎士は、むっつりした表情を隠すこともせず、腕を組んで一人掛けのソファに腰かけている。
ティアが座れば、つま先がやっと床に届くか届かないかなのに、騎士は足を組んでいても、片足はきちんと床に届いている。
ふんぞり返っているようにも見えるその姿は、大変、カッコいい。
娼館にお抱えの絵師がいたら、間違いなくデッサンを始めてしまうだろう。
すぐ傍で直立不動でいるティアには、騎士の身体から発するピリピリとした緊張感が刺さるように伝わってくる。警戒心剥き出しのその姿も、非の打ち所がないほどにカッコいい。
そんなふうに、ティアは悪態をつきながらも騎士に見とれていたが、バザロフから言いつけられたことを思い出し、騎士に向かって声をかけた。
気づかれぬよう、こっそり手櫛で髪を整えてから。
「騎士様、なにかお召し上がりになりますか?」
「結構だ」
にべもない。ついでにギロリと睨まれてしまった。
でも、バザロフから、きちんとおもてなしをしなさいという命令を受けているティアは、ここで引き下がることはできない。
ティアは娼館生まれの娼館育ちだけれど、娼婦ではないので、客を持つことはしないし、接待のやりかたも教えてもらっていない。
ほとほと困り果ててしまうティアは、こんな状況になってしまったことにも困っている。
先日来たばかりのバザロフが、10日も経たずにイケメン騎士を伴って、娼館へ来てくれた。
そして、古傷が痛むのかと心配するティアをよそに、バザロフはマダムローズに話があると言って、イケメン騎士を部屋に残して出て行ってしまったのだ。
ティアがいる部屋は、いつもの二間続きの部屋ではない。中堅クラスの客をもてなす部屋だ。そこそこ広いけれど、どどんとベッドが我が物顔でいる。
シーツの交換や、清掃で、何度もこの部屋には足を踏み入れているけれど、異性と……しかもイケメン騎士と二人っきりでいるのは、どうにもこうにも落ち着かない。
唯一の救いは、この部屋の照明が、妖艶な雰囲気を演出するキャンドルではなく、オイルを使うルームランプだということ。
食事がとれるほど明るい部屋の中で、ティアは従者のようにイケメン騎士の傍に突っ立っている。
ティアは、目線だけを動かして、不機嫌な騎士をちらりと見た。
バザロフからついさっき聞いた情報では、彼の名前は、グレンシス・ロハン。26歳の王宮騎士であり、近衛隊第四王女付伝令役。超が付くほどの、エリート騎士様である。
世間知らずのティアは、わからないことが多かったけれど、理解できることもあった。
彼が3年前の傷の後遺症に苦しんではおらず、ちゃんと剣を握ることができていること。イケメンのまま、この世界に存在していること。
見抜くことができなかった性格の悪さは置いといて、純粋にティアは嬉しかった。
結婚しているのかとか、恋人はいるのかという下世話な疑問がむくりと湧き上がったが、ティアはそれを振り払った。知ったところでどうする?詮無いことだ。
「食事がいらないということでしたら、お酒をお持ちしましょう。お好みの味があれば教えてください」
「勤務中のため、飲酒はできない」
再び騎士への接待にトライしたティアだが、秒で撃沈した。泣きたい。
「あ、あの……で、では、お茶をお持ちしましょう」
「結構だ」
「っ……!」
取り付く島もない騎士の塩対応に、ティアは泣く代わりに、心の中で盛大に舌打ちした。もしかしたら聞こえてしまったかもと心配する程、大きな舌打ちを。
顔にこそ出しはしなかったけれど、何となく不穏な空気を感じ取ったグレンシスは、ぼそりと呟いた。
「……こんな小娘に接待を受けてたまるものか」
「聞こえております。それとも、わざとですか?」
「……俺の承諾もなしに聞く方が悪いのでは?」
「なっ」
ああ、いっそ今の言葉をバザロフに聞かせてやって欲しい。そうすればこの苦痛でしかない時間から、間違いなく開放されるのに。
そんなふうに思うティアだけれど、グレンシスに対して怒りの感情はない。
ティアは娼婦達のおしゃべりを、ずっと聞いて育ってきたので、男性というのは、年齢に関係なく少々子供っぽいところがあることを知っている。
きっと、このイケメン騎士は、言いたいことがあるけれど、それを口に出すことができない、天邪鬼なのだろう。
そこまで推理したティアは、ピンときた。
「……ああ、そうですか。そういうことですね」
「何を一人で納得しているんだ?」
合点がいったとばかりに深く頷くティアだったが、グレンシスは、まったくもって理解できず眉間にしわをよせるだけだった。