◻︎ニシちゃんの家出
これは、私《未希》にも責任がある。
「ごめん、ニシちゃん、これは私にも責任がある、ホントごめんなさい」
テーブルに手をついて謝る。
「ひっ…え、ど、どうしてですか?」
しゃくり上げながらも話をするニシちゃん。
「この前会社でね、貴君に相談されたのよ、嫁さんが最近綺麗になったのと何か始めたようだけど知らないか?って」
「……話してあった…のに?」
「ぜーんぜん頭の中に入ってないよ、貴君。で、ニシちゃんが綺麗になったのは新しい出会いでもあったからじゃない?って思わせぶりなこと言っちゃった。心配だったら本人に確認してみたら?って言ったんだけど…」
黙り込むニシちゃん。
もう泣いてはいない。
「…なんですか、それ…」
低い声で呟く。
「ごめんね、私のせいで」
「いえ、そうじゃなくて、あの人のことです。今の今まで私には特に興味もなさそうだったのに、なんで突然こうなるんですかね?」
「…ニシちゃん、というか自分の嫁を誰かに取られそうになったから慌てた、とかかな?」
「こっちの話は何も聞かずに…」
膝の上に置いた両手が震えている。
「おいおい、ちょっと待て!ニシちゃんも未希も」
洗濯物を取り込んでいたらしい進君がやってきた。
「嫁と旦那がごちゃごちゃ揉めるのは勝手だ、そこにはそこのやり方ってものがあるし。だけどな、この場合誰が一番の被害者だ?この侑斗君じゃないのか?いわれのないことで殴られて怪我までしてるんだぞ!警察沙汰になってもおかしくないのに」
大丈夫か?と侑斗を気遣う進君。
進君に言われて、ハッとした。
「あ、そうだ、一番の被害者は侑斗さんですよね。ごめんなさい、私のせいで怪我をさせてしまって。病院へ行きましょうか?」
「いえ、もう大丈夫ですから」
そう言うと顎に当てていた保冷剤をそっと外した。
それまでそこに黙って座っていた侑斗のことを思いやっていなかったのは、私も同じだ。
「あー、でもアザになってる。どうしよう私ってば自分のことばかりしか考えてなくて、協力してくれてる侑斗さんに怪我をさせてしまって…」
さっきまでの貴君に対する怒りはいくらかおさまった様子のニシちゃんは、侑斗にしきりに頭を下げている。
「ごめんね、私が貴君によけいなこと言ったから…」
私も謝る、怪我の発端は私だから。
「あの、もういいですから。あの時、ちょっとだけ下心あったのも事実なんで…」
侑斗が照れ臭そうに言う。
___おやおや?
「私はなかったけどね」
一瞬見せた侑斗の気持ちを、一刀両断にしたのはニシちゃんだった。
___あー、そういうことか。
ニシちゃんの気持ちが、少しだけわかった気がした。
「ニシちゃんは、本当に貴君のことが好きなんだね?」
「そ、そんなことないですよ、あんな人!」
「好きだから、疑われたことに腹が立ってるとか?」
「……」
「普段は話しも聞いてくれないのに、こんな時だけ夫ヅラしてるのも腹が立つ。営農のことだって貴君が考えなきゃいけないのに、任せっきりなのも腹が立つ!ってこと?」
「…半分、当たりかも。好きだから腹が立ってるのか?はよくわからないです」
「半分か。で、どうするの?これから」
ぴろろろろろろろろろろ🎶
ニシちゃんのスマホに着信。
発信者は、トメ。トメ?
「はい、そうです。詳しい話しは貴さんから?えぇ、いえ、とんでもない、…そうです。怪我を…はい…」
トメは、姑のトメのようだ。
「いえ…あの、今夜、樹をお願いしてもいいですか?貴さんには、私の居場所はわからないと言ってください。ちょっと離れて考えてみます…、はい、お願いします」
「お義母さん?」
「はい、動物園から帰ってきたらリビングが散らかってて、あの人に話を聞いたらーー男が部屋に上がり込んでたから殴ったーーと」
「お義母さんはなんて言ってるの?」
「お義母さんもお義父さんも侑斗さんのことはよく知ってるから、あの人の勘違いだってことはわかってました。でも、なんか拗ねてるみたいで…」
「拗ねてる?貴君が?なに、子どもみたいなこと言ってるんだろ?」
こんなに子どもだったんだ、貴君は。
まるで奥さんのニシちゃんのことを、お母さんだと勘違いしてるようだ。
「未希さん、私、今日は家出します。これから侑斗さんを送ってそれから、1人になって考えてみます」
「ニシちゃんがいくら考えても、貴君の考え方が変わるとは思えないけど」
「ですよね?でも、今家に帰ったら本気で喧嘩してしまいます。だって、あの人は一言も謝ってくれてないから」
そういえば、貴君からの謝罪はないようだ。
「こりゃきっちり、お灸を据えないといけないかもね」
「はい。じゃ、私はこれから侑斗さんを送ってそれから、家出しますね。もしも未希さんにあの人が何か聞いてきても、知らないと言ってくださいね」
「ん?うん、わかった」
家出をすると宣言してからの、ニシちゃんの家出。
1日か2日くらいのものだろうけど。
それからニシちゃんと、連絡が取れなくなってしまった。
本当に家出してしまった…。
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