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石畳を軋ませながら馬車は進んでいく。
窓の外には、並ぶ建物の屋根が次第に高く、豪奢になっていくのが見えた。白い壁に金の装飾を施した邸宅、広い庭を構えた館――そのどれもが一般人では足を踏み入れられないような場所だ。
「どこ向かってんの?」
カイルは落ち着きなく景色を見回し、シュバルツに声をかける。
「王宮だ。」
「なんで!俺なんかしたっけ!?」
一気に焦りの色が浮かび、カイルは身を乗り出す。だがシュバルツは前を向いたまま何も答えない。
沈黙の中、カイルは必死に記憶を掘り返した。
謎の男たちとの乱闘、狼との死闘、ダンジョンでのドタバタ……。
「俺は一人でよく頑張ったよなぁ」
自分で自分を励ますように、目頭を熱くしながら頷く。
そして、ふと閃く。
「やっと王宮で働ける日が来たのか。おばさんだらけの職場から抜け出せる日が……」
心の中で花火が打ち上がる。これまでの出来事は、きっと王宮で働くための試験だったに違いない。
普通なら門前払いの場所に、俺はもう正面突破で招かれている。そう思うと、胸の鼓動が早まった。
「もうマッチング使わなくても女の子から寄ってくるな」
頭の中では、メイドたちと笑顔で掃除をする自分の姿が浮かぶ。
「住み込みで働けるの?」
「好きなだけ働けるぞ。」
「じゃあ住む部屋はメイド達と一緒で。」
「それも考えておこう。」
嬉しさが限界まで込み上げ、涙がこぼれそうになるが、必死でこらえる。
「三人くらいと関係持ちたいけど……俺くらいになると十人も少ない方なのかな。」
はぁ……。
シュバルツは深く息を吐く。
隣にいるだけで疲れるな
馬車が止まり、降り立った先は宝飾店や仕立て屋、高級レストランが軒を連ねる一角だった。
通りの中央には噴水があり、その周囲では大道芸やマジックショーが行われ、人々の笑い声と拍手が絶えない。
そして、カイルの視線はひとつの店の前で釘付けになる。
ガラス越しに並ぶ剣や槍、輝く鎧。刃先には灯りが反射し、淡い光が走っている。
「カッケー!!」
「お前がしっかり働くなら、そこに置いてあるものは全部手に入るぞ。」
「最高っす!好きだー!!」
こいつ、私のことをなんだと思っているんだ。
シュバルツは心の中で呟きながら、王宮の高い尖塔へと視線を向けた。
カイルはその隣で、噴水の水しぶきすら宝石のように見つめ、子どものような笑顔を浮かべていた。
時間が経ち、ついに王宮の目の前にたどり着いた。周囲には巨大な石像が並んでいる。
歴代の英雄たちの姿をかたどったものだろう。
「なんだあれ…..ただの銅像って感じじゃないな。」
カイルがじっと見つめていると石像の表面に薄く光が走った。次の瞬間、低く響く声が広場に流れる。
「かってこの地を守りし騎士たちの誇り….それは、決して揺るがぬ意志であるーー』
「は?」
突然の語りに、カイルは目を丸くした。
どうやら魔法の力で、夜になると英雄たちが語り始める仕掛けらしい。街の住人たちは慣れた様子で、特に気にすることもなくその場を通り過ぎていく
ふと目を向けると、一体の石像が語り終え、剣を天に掲げる姿で静かに光を失った。その堂々とした姿に惹かれ、王国の歴史に興味を持った。
「王国ってどうやってできたの?詳しく知りたいんだけど。」
団長はちらりとカイルを見て、短く答えた。
「それは王宮の敷地内に入ってから話す。」
カイルはワクワクしながら、団長とともに王宮の敷地内へと足を踏み入れた。
「遙か昔、この地にはとてつもなく強大なドラゴンがいた。それを討ち倒したのが初代の王という言い伝えがある。
ただし、王一人で倒したわけではない。様々な種族が協力し、ドラゴンを討伐し、この王国の基盤を築いたのだ。」
「だから王国のシンボルはドラゴンなのね」
「それに、多くの種族がともに暮らしているのは、その戦いがあったからなのか。」
カイルは理解しながら、さらに話を聞く。
「この王国は、遙か昔の人間、エルフ、竜族、獣人族一一様々な種族が力を合わせ、築かれたのだ。」
団長は誇らしげに語る。
「でも、種族が違えば文化も考え方も違うしね。一緒に暮らすなんて簡単なことじゃないと思ってた。」
カイルは歩きながらしみじみと語る。団長はそんな様子の彼をちらりと見て、わずかに眉をひそめる
「そもそも、王国の民なら誰でも知っている歴史を貴様が知らないとはどういうこと
だ?」
彼の性格に慣れたのか、団長はもうため息をつかなかった。代わりに、じっと見つめる。
カイルはその言葉を聞き、過去の生活を振り返るように顔を上げる。
「えーっと…..バイトして、読み物読んで、かわいいアイドルがいたらその子を推して…..うん、幸せな生活を送ってたね!」
カイルは胸を張って自分の生活を誇らしげに語っていたが、次の瞬間、団長は何のためらいもなく指を指した。
その先には数人の執事たちの姿があった。
「貴様はあの執事たちのところへ行け。」
カイルは一瞬固まり、団長を見つめる。
「え、俺の幸せライフ聞いてた?」
「貴様の幸せライフなど興味ないわ!!」
「そっちが聞いたんでしょ!!」
「違うわ!!なぜ王国の歴史を知らないのかを聞いたのだ。貴様の生活など興味ないわ!!本当に適な人間たな貴様は!!もういいから早く行け!!」
「ちぇ….わかりましたよ。行けばいいんでしょ、行けば」
ぼそっと呟き執事たちのもとへ駆け寄ろうとした。
しかし数歩走った後、突然振り返る。
「ちなみに俺の好きなアイドルは、今世界で人気のにゃんにゃんパフパフっていうアイドルです!!」
「貴様!!早く行かないと処刑するぞ!!」
「ひっ!!」
カイルは反射的に全速力で執事たちの元へ駆け寄った。
別の入り口へと歩きながら、シュバルツはひとつ息を吐き、肩の力を抜いた。
「やっと行ってくれたか……」
その小さな声は、ほっとした響きと、わずかな不安を含んでいた。
「あんな奴が本当に王国を救えるのか……」
脳裏に蘇るのは、ダンジョンでの騒動を終えた後、ギルドマスターのグリウェルと交わした会話だった。
ギルドの最上階の重厚な扉を開け、石造りの部屋に足を踏み入れたとき、暖炉の火が柔らかく揺れていた。机越しに座るグリウェルは、書類から視線を上げ、穏やかな笑みを浮かべる。
「今のままで大丈夫なんでしょうか。」
シュバルツの声は低く、切実だった。
「まぁ、大丈夫じゃろう。わしの力添えも必要ないはずじゃ。」
「今のあいつは、はっきり言って王国を救えるとは思えないのですが……」
「シュバルツはカイル殿と会ったとき、なにも感じなかったか?」
「少し魔力がある程度にしか感じませんでした。……何かあるんですか?」
「いや、わしもそれくらいしか分からんかったぞ。お主なら他にも分かることがあるかなと思ってな。」
「グリウェル様が分からないのに、私が分かるはずがありません。」
「そう言うでない。今のお主は、わしより力があるではないか。」
「そんなことあるわけないじゃないですか。」
「フォフォフォ。お主がカイル殿をサポートしてくれ。少しの魔力しかなくても、きっと強くなれるはずじゃ。」
「分かりました。精一杯努めます。」
立ち上がり、部屋を出ようとする。
「大丈夫。事はちゃんと進むはずじゃ。」
背中にかけられたその声に、思わず足を止めた。
「本当に何も知らないんですよね?」
「予言の事については、何も知らないぞ。」
グリウェルはなぜか口元を緩めていた。その笑みを見て、シュバルツはこれ以上問いただすことをやめ、静かに部屋を後にした。
「初めまして。クロードと申します。」
完璧な所作で頭を下げた執事に、カイルは気さくに手を差し出す。
「よろしく、クロード。」
手を握ると、クロードはうっすら汗ばんでいた。彼はすぐにそっと手を離し、静かに歩き出す。
「話はもう聞いておられますか?」
「ここで働けるんでしょ。もう楽しみで仕方ないぜ!!」
「働く?」
わずかに眉をひそめるクロードだったが、興奮しきったカイルを見て何も言わず、歩を進める。
「さっき聞こえたのですが、にゃんパフが好きなのですか?」
「うん。でも身近にエリーゼとゼリアっていう美人がいたから、なんか以前の興奮は薄れてきたかな。」
「そんなカイル様に朗報がございます。」
「なに?」
「他言はしないと約束出来ますか?」
「できるよ。」
「本当ですか?」
「うん」
「本当ですね?」
「もういいから早く教えてくれ!」
クロードは一瞬周囲を確かめ、小さく声を落とす。
「ここだけの話なのですが、近々始まる王国の記念日に彼女たちがサプライズで、王国の広場でライブを開催する予定です。」
「えっそうなの!?マジかよ!!……マジかよ!!!」
声が大きくなり、クロードが慌てて手を振る。
「ここだけの話なので、くれぐれも他言はしないようにお願いします。これから王国と深く関わる貴方だからこそ、お伝えしたのですよ。」
カイルは興奮で頭が空回りし、口を開けたまま固まった。
「えっと……なんだっけ?もう一回言ってくれる?」
クロードは苦笑し、もう一度ゆっくり繰り返す。
「ここだけの話なので、くれぐれも他言なさらないように。」
「わかってる、わかってる。絶対に言わない。何があっても言わない。俺のすべてをかけてでも誓うよ!!!」
会話を交わしながら進むと、クロードが静かに足を止めた。
「着きました。ここで正装に着替えていただきます。」
「えっ、掃除するだけなのに正装なの!? やっぱ王国はレベルが違うんだね!」
「案内ありがとうね。あとさ、同じ王宮で働く同士なんだから敬語じゃなくてため語で話そうよ。なんか距離遠いじゃん?」
しかしクロードは困ったように首をかしげる。
「一緒に働く?どういうことかはわかりませんが、執事はため語を使ってはいけません。あくまでお世話を手伝うだけですから。」
「まぁいいけどね。これからよろしく!」
カイルの無邪気な笑顔に、クロードは小さく息を吐き、扉を押し開けた。中からは、磨き上げられた大理石の床と、鮮やかな赤いカーペットが視界いっぱいに広がった。
「着替えるだけの部屋なのに、なんでこんな広いの!?シャンデリアでかすぎるやろ!!すっげー!!」
興奮しながら部屋を見回す。宝石、馬の刻、その他高級品の数々が飾られていた。だが、部屋が広すぎるため、まったく邪魔にならず、むしろ空間をさらに豪華にしていた。
「いや、王宮ってすげーな!」
そう思いながら、夢中で部屋を物色している。すると、ドアの向こうから執事の声が聞こえた。
「そろそろ時間なので、急いでくださいね。」
まだ物色したい気持ちを抑えながら、急いで着替えた。
着替えを終え、部屋を出ると、執事に案内される。
たどり着いたのはとてつもなく巨大な扉の前だった。
カイルはその威圧感に思わず一歩後ずさる。
「これなんなの?」
「ここは王座の間です。この扉の奥に王様たちがお待ちしております。」
「俺、王様に会うの!?」