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掃除するだけなのに、国のトップに会えるなんて聞いたことないぞ!?
カイルは混乱しながら執事を見つめた。まさか掃除担当で入ったはずの自分が、いきなり王座の間に案内されるなんて夢にも思わなかった。
「もしかして、王様も掃除好きなの?」
ぽつりと呟いた言葉に、クロードは笑顔を浮かべる。
「我が国の王、グラトリス・バーク様は頻繁に国民と交流をされます。民の声を聞き、民のために政治を行うのが最善だと、常日頃からおっしゃっています。執事としての立場ではございますが、彼こそ、どの国の王よりも優れた王だと誇りに思っています。」
「そういうものなのか」
カイルは半ば納得しかけたが、すぐに考え直した。
「でもさ、普通は掃除担が王様に会うことってなくない?ていうか、王様ってそんな気軽に会っていい人なのか?」
そう言いつつ、ふと思い出し、ため息をつく。
「それに比べて騎士団長っていうのは。はあ….何であんなに言葉が強いんだろうね?迫力もすごすぎるしさ。もうちょっと王様のラフってものを見習ってほしいもんだね。」
「悪かったな。ラフな男じやなくて。」
カイルが慌てて振り向くと、そこにはシュバルツが立っていた。
執事は静かに頭を下げる。
「グランツ・シュバルツ様、お待ちしておりました。」
カイルは自分の発言が聞かれていたことに気づき、慌てて取り繕うように言った。
「団長….いや、グランツさんはとてもラフで、かっこよくて、強くて…..もう欠点という欠点が見当たりません!!俺はグランツさんに一生ついて行きます!!」
団長は王座の間であることを完全に忘れたかのように、声を張り上げた。
「貴様とは金輪際話したくないのだ!!だが、貴様が王様に無礼を働かないよう、仕方なく来てやったのだぞ!!」
「まぁまぁまぁ。シュバルツさん、そんな怒んないでええですやん」
カイルは誤魔化すように苦笑いするが、それがシュバルツをさらに怒らせる。
「それと、私の名前を気安く呼ぶな!!副団長ですら名前を気安く呼ばないというのに!メンツがまる潰れになって舐められたらどうするつもりだ!!」
執事は慌てて制止した。
「ここは王座の間ですぞ。声を張り上げる場所ではございません。王様に聞こえてしまいます。」
シュバルツは一瞬で冷静になり、カイルを睨みつけながら動かなかった。
カイルはその視線に耐えきれず、思わず一歩後ろに下がる。
クロードが静かに一歩前へ出て、扉の取っ手に手をかける。
「では、入りましょうか。」
その動作を見た瞬間、カイルが慌てて両手を広げて制した。
「ちょっと待ってよ!俺、礼儀とかなんも知らないんだけど、大丈夫だよね?処刑されたりしないよね!?」
クロードは眉をわずかに動かしながらも、穏やかな口調を崩さない。
「王様も理解してくれるはずなので大丈夫です。」
「ちょっとトイレ行ってきていいかな。」
落ち着きなく足踏みするカイルに、クロードはやや困惑した笑みを浮かべた。
「そこまで不安になる必要はございません。王様は常に民に寄り添っていますから。」
低い声が横から割り込む。
「安心しろ。挨拶するだけで処刑されることは、あり得ない話だ。」
シュバルツの淡々とした言葉に、カイルは唇を噛みしめ、扉の前をぐるぐると歩き回る。
やがて、立ち止まり、両頬を勢いよく叩いた。
「一発かましてやるぜ!!」
「馬鹿か! 何故あいさつで一発かますという考えになるんだ!」
シュバルツの怒声が廊下に響く。その迫力にカイルは冷や汗を流し、深呼吸をして心を落ち着かせた。
「……それでは入りましょうか。」
きしみ一つない重厚な扉の向こうに、王座の間が広がった。
「すっげえ」
カイルの口から、抑えきれない感嘆が漏れる。その声にシュバルツとクロードが同時に視線を向けるが、当の本人は気づくこともなく、ただ目を輝かせていた。
高い天井から降り注ぐ陽光は、広間全体を淡い金色に包み込んでいる。壁には歴代の王の肖像画が並び、その表情はどれも厳粛で、目が合えば視線を逸らせなくなるほどの威厳を放っていた。
だが、最も視線を奪ったのは王座の真上に掲げられた巨大な剣だった。銀色の刃には精巧な紋様が浮かび上がり、その一つひとつが長い歴史を刻んでいる。
研ぎ澄まされた輝きは、何世代にもわたり欠けることなく保たれ、時の流れを拒むかのようだった。
剣そのものが、この国の誇りと威光を象徴している。
そう思わせる存在感だった。
両脇には鎧をまとった騎士たちが整列し、静かにその剣を見守るように立っている。王座へと続く紅い絨毯は真っ直ぐに伸び、左右には壮麗な柱が等間隔で並んでいた。
そして、その中心――
黄金に輝く王座に、グラトリス・バークが静かに腰掛けていた。陽光が肩口を照らし、その姿はまるで神聖な像のように輝いて見える。広間にいる全員の視線が、ただ一人の王へと集まっていた。
「俺、帰ったら自慢しよ。」
場の空気をまるで意に介さないカイルの呟きに、シュバルツの目が鋭く光る。
次の瞬間、カイルの足の甲に鋭い痛みが走った。
「つ!?」
声をあげかけたが、その口は即座にシュバルツの手で塞がれた。暴れそうになる肩をがっちり押さえられ、カイルは目を白黒させる。
列に並ぶ貴族たちは、不安げに二人の様子を見やるが、王――グラトリス・バークの表情は微動だにしなかった。その冷静さは、広間の空気をさらに重く、そして厳粛なものにしていった。
カイルたちは王へと歩みを進めた。その途中、シュバルツが片膝を床につき、頭を垂れる。石造りの床に膝が触れる鈍い音が、広間の静けさに吸い込まれた。
「連れて参りました、王様。」
低く響く声に合わせ、クロードも同じように片膝をつけ、恭しくひざまずく。カイルもそれにならおうと腰を落としたその瞬間。
「そう緊張せずともよい。」
柔らかな声が広間に広がった。パークの落ち着いた声音は、不思議と張り詰めた空気をほどいていく。
「これは騎士が忠誠を誓うときにするものだ。カイル殿がする必要はない。」
カイルは顔を上げ、正面の王を見た。王座の上で微笑むバークの姿は、陽光に縁取られ、威厳と温かさが同居しているように見えた。
「シュバルツよ、よくぞ予言の男を連れてきてくれた。ご苦労である。」
団長シュバルツは深く頭を下げる。
「いえ、これほどのこと、感謝されるほどではありません。」
「そうか?貴殿にはいつも世話になっているばかりだからな。せめて感謝は伝えねばならぬだろう。」
バークの口元がわずかに緩む。
やり取りを聞いていたカイルは、思わず首をかしげる。
「団長ってこんなに謙虚な人だったか?」
シュバルツの視線が鋭く突き刺さる。そして低く押し殺した声が耳元で響いた。
「貴様も挨拶をせんか!王様の前で首をかしげるなど無礼にもほどがあるぞ!」
カイルはハッとして、慌てて王に向き直った。
「初めまして!!カイル・アトラスです!!掃除が得意です!!趣味は推し活で、にゃんパフに今はまっています!!なんでもするのでこれからよろしくお願いします!!」
決まった。
クールで完璧な自己紹介。これで王様の評価も爆上がりだ、とカイルは確信し、口元をゆるめる。
しかし。
「カイルは礼儀というものを全く知らないのです!どうかこの失礼な言動をお許しください、王様!」
シュバルツが即座に割って入る。
カイルは「礼儀知らず」と言われ、きょとんとした顔で首をかしげた。
「何で礼儀知らずなの?俺、めっちゃ良い自己紹介できたじゃん。ほら見てよ、王様笑顔になってるよ。」
「貴様は本当に馬鹿なのか!早く王様に謝れ!!」
怒声と同時に、カイルの頭が強引に下げられる。貴族たちは互いにひそひそと不安げな視線を交わす。だが、バークは微笑みを崩さず、ゆっくりと口を開いた。
「いいのだ、シュバルツよ。私は礼儀などあまり気にしておらぬからな。ましてや、大事な国の民に頭を下げさせるわけにはいかぬよ。」
その言葉に、シュバルツは大きく息を吐く。カイルは頭を上げ、さらに胸を張った。
「俺の長所は素直なところです!!得意な掃除場所はトイレです!!」
「……」
再びシュバルツの手がカイルの頭を押さえつける。もう一言も発させまいという力強さだ。
バークは笑いながらカイルを見やり、穏やかに告げる。
「カイル殿は素直で面白い人物なんだな。」
そして声を潜める。
「ここだけの話だが、カイル殿の好きなアイドルとやらは、王国の記念日に広場で活動する予定だ。もし貴殿が私の依頼する任務をうまくこなせば、報酬の一つとしてアイドルに直接会う時間を作ってあげよう。」
その言葉に、カイルの目が輝いた。
「ありがとうございます!!どこでも掃除しますのでなんなりとお申し付けくだい!!」
バークが首を傾げる。
「掃除?……さっきから思っていたが、カイル殿は何か勘違いしておられる。予言のことは聞いておらぬのか?」
「え、掃除じゃないんですか?」
バークはゆっくり頷き、王座から立ち上がった。
「シュバルツから聞いておらぬか。なら、私から直接言おう。」
「俺は何をするんですか?」
その眼差しは、まっすぐカイルを射抜く。
「カイル殿。貴殿には王国に存在するかもしれぬ厄災を振り払ってもらうぞ。」
脳が一瞬停止する。カイルは現実逃避のように問い返した。
「えっと、今なんて言いました?」
「カイル殿、難しいとは思う。しかし貴殿にしかできぬことなのだ。頼む、王国に巡る災を振り払ってくれ。」
「えっと……トイレ行っていいですか?」
場の空気を無視したその言葉に、シュバルツが雷鳴のような声を放つ。
「貴様、王様の頼みを断るつもりか!!」
カイルの肩がびくりと跳ねる。
「いやいやいやいや、断るとかじゃなくて……ちょっと心の準備がさ……」
カイルの慌てっぷりを見て、クロードがほんのわずかに口元を緩めた。
「王様、ちょっと待ってくださいね。」
カイルは冷静さを装いながら王に言い、勢いよくシュバルツに向き直る。
「団長!!俺を騙したんですか!?」
「騙してないわ!貴様が勝手に勘違いしていただけだろう!!」
「たかが掃除で王様と会える国などあるわけがないだろう!!」
「た、確かに……まさか団長に納得させられるとは……」
「貴様なめるのも大概にしろ!!」
カイルはなおも食い下がる。
「でも、馬車に乗ってるときに何で予言のことを教えてくれなかったんですか!?聞いていたら、俺絶対王国に行かなかったのに!!」
「なおさら言えぬわ!!王国に危機が迫っているというのに、ましてや王様からの頼みを断ろうとしている貴様に伝えられるわけがないだろう!!」
「た、確かに……なんか悔しいな。」
二度も論破され、カイルは俯く。シュバルツの声が重く響く。
「貴様!!そんなふざけた態度をとっていたら、処刑されてもおかしくないのだぞ!!だが、災を振り払うのは貴様にしかできぬことなのだ。」
カイルは息を呑み、必死に叫ぶ。
「て、てかさ、厄災ってなんなのさ!?俺知らないよ!知らないことをやれって言われてもなあ。困るんだよなあ!……だよなあ!」
バークは静かに目を閉じ、そして深く息を吸う。
「カイル殿には申し訳ないと思っている。しかし、貴殿にしかできぬことなのだ。どうか……どうか王国を助けてほしい。」
そう言って、王はゆっくりと頭を下げた。王座の間にざわめきが走る。
「お、王様……なぜこのような人間に頭を下げるのですか!?臣下にですら、頭を下げたことはなかったというのに!」
カイルも息を呑み、その場の空気に呑まれる。
やるしかないのか?
だが、その思考を振り払うように声を上げた。
「王様!勘弁してくださいよ!俺弱いですよ!なんの能力もないし、力もないし!得意なのは掃除だけです!俺、グラトリスの掃除屋っていう名称がついてるんですよ!!」
「貴様、この状況でよくそんなことが言えたな!もういい!貴様を処刑するしかないようだな!!」
カイルは青ざめ、必死に振り返る。
「ちょ、ちょっと待ってよ団長!!俺は予言のことは無理だけど、掃除するからさ!!クロードも何とか言ってあげてよ!!」
クロードは一瞬驚いた顔を見せたが、静かに口を開く。
「ダンジョンでの騒動を解決したカイル様は、すでに冒険者から英雄と呼ばれています。すでに力は持っていると思うのですが……」
バークは近くの側近に目を向ける。頷いた側近が、小さな袋をカイルに差し出した。
「これなんですか?すっげぇジャリジャリしてますけど。」
「ユグドラという巨大組織の陰謀を死者を出さずに救ってくれた報酬だ。およそ金貨1000枚と言ったところかな。」
「き、金貨1000枚……」
言葉を失ったカイルは、エリーゼからもらったバッグに袋を詰め込み、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます!もう十分です。私は帰ります!」
だが、バークは構わず続けた。
「カイル殿、もしこの国を救ってくれた時の報酬は金貨1000枚どころの話ではないぞ。宝物庫から欲しいものを一つだけ持って行っていいことを約束しよう。」