途中アグリに襲われながらも、鳴海は火葬場へ続く道をひた走る。
だが火葬場の扉が見えてくると同時に、鳴海は信じられない光景を目の当たりにする。
辺り一帯に大量の血が飛び散り、通路は赤に染まっていた。
そしてその真ん中に1人の男性が倒れている。
見慣れた白衣、見慣れた服装、見慣れた明るい髪色…
さっき自分に”また後でね”と笑いかけてくれた、同期・花魁坂の姿がそこにあった。
「あちゃぁ…これ生きてる?」
なんて軽口をききながら花魁坂の横にしゃがみこむ鳴海。
とりあえず脈と呼吸の確認をすると、どちらもかなり弱い。
今にも消えてしまいそうな風前の灯であった。
「こんなとこで死なないでよ〜」
明らかに致命傷と見られる首の裂け目から流れ出ている血を手で押さえた鳴海はそう呟く。
血…というか菌でも治せなくはないがそれをすると純血の血が穢れてしまう。
だから菌を使う時は外傷だけに留めているのだ。
そこで鳴海は、花魁坂がいつも携帯している彼自身の血を白衣の内ポケットから取り出した。
それから花魁坂の頭を自分の膝の上に乗せ、試験管に入った血液を口から流し込むのだった。
花魁坂side
首の傷が塞がっていくのが分かる。
大量に失われた血液が戻ってくるのが分かる。
深いところに沈んでた意識が浮上してくるのが分かる。
そうして目を開けて感じたのは、安心する匂いと温かい体温…そして、柔らかい表情で俺を見つめるなるちゃんの視線だった。
「おっは〜。よく眠れた〜?」
「なるちゃん…」
頭の位置的に、俺はきっとなるちゃんに膝枕をしてもらってるんだろう。
その状態のまま、なるちゃんはそう言って俺の頭を優しく撫でた。
それがあまりに気持ち良くて、また目を閉じそうになったけど、それだと更に心配をかけると思い会話を続ける。
「服、汚れちゃうよ?ここら辺、俺の血がすごいから。」
「なぁに言ってんの!洗えばいーのそんなことは」
「……1人でここに来てくれたの?」
「うん」
「こんな…いつ唾切たちが戻ってくるか分からない場所に?」
「…うん。だって…」
「ふっ。無茶するな~なるちゃんは。同期の顔が見てみたい。」
「京夜くんでしょ…」
「ふふっ。そうだね。」
なるちゃんの子供みたいな言い方と表情が可愛くて、自然と笑顔になる。
この体の回復具合は、恐らくなるちゃんが俺の血を飲ませてくれたからだろう。
白衣の内ポケットに血を入れてることを知ってるのは、自分以外には彼しかいない。
すごく優秀に育ってくれた友人に喜びを感じながら、俺はゆっくりと体を起こした。
「はいこれ」
「なにこれ。」
「京夜くんの血が入った輸血パック」
「いつも間に…」
「1滴貰えればそこから培養出来るし。俺は血がないと能力にセーブがかかるから」
「だとしてもよ」
「持ってて良かったねー」
そう言ったきり、下を向いてしまったなるちゃん。
どこか具合でも悪いのかと心配して声をかけると、顔を上げたなるちゃんの目は涙で溢れていた。
さっきまでとのギャップに驚く俺を他所に、なるちゃんは泣きながら話し始める。
「死んだかと思った…」
「!なるちゃん…」
「能力使ったら拒絶反応出るかもだし出血酷いし…だから、ほんとに…」
大号泣してるのに、それでもなるちゃんの表情は笑顔だった。
俺が目覚めるまでの間、不安で…怖くて…それでも何とかしようとしてくれて…
いつ唾切たちが来るか分からない中で、ずっと俺の傍にいてくれた。
きっと俺が目覚めたことで安心して、今まで抱え込んでた負の感情が溢れ出したんだろう。
なるちゃんが京都を離れる時に封印して、気づかないようにしてた感情が、彼の泣き笑いの表情を見てるうちに蘇ってくる。
この気持ちをぶつけるには、俺となるちゃんの間には壁が多すぎる。
でも…
「(そんな顔されたら…抑えられないよ。)」
気づいたら、涙を止めようと必死に目をこするなるちゃんの腕を引いて、俺は彼の胸に飛び込んだ。
顔を見なくても、突然のことにビックリしてるのが分かる。
動揺した声で俺の名前を呼ぶのを聞いて、思わず笑みが漏れた。
「きょ、京夜くん…?」
「…目が覚めた時、なるちゃんがいてくれてすごく嬉しかった。”また後でね”って言ったのに、もう会えずに死んじゃうんだって思ったから。ごめんね。…ありがとう、なるちゃん。」
「うん…!」
「ふふっ。だい…っ!」
「え?今何か…」
「ん?何でもないよ。独り言。」
なるちゃんを解放した俺は、そう言っていつも通りの笑顔を向ける。
危なかった…生き返ったことで気が緩んで、つい言いそうになった。
なるちゃんから見えないように小さく深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
この気持ちはちゃんと抑えとかないとね…
花魁坂の貧血がだいぶ回復し、2人は次の行動について話し始める。
隠し通路を使って部屋へと戻る花魁坂に、最初は鳴海も同行する予定だった。
だがその折、今いる通路の奥の方から、何かがぶつかり合うような大きな音が聞こえてくる。
その中でよーく耳を澄ませば、かすかだが人の声も…
それは鳴海にとって聞き馴染みのある声だった。
「今の声、迅ちゃんかも」
「…ここに戻って来ようとしてくれたのかもね。」
「そうかも……俺、ちょっと行ってくる」
「え?何言ってるの!ダメに決まってるじゃん!」
「京夜くんが無事なこと伝えて他の人と合流するように言うだけだから」
「だからって、なるちゃんが1人で行くなんて絶対ダメ。」
「無茶なことはしないもん!危なくなったら殺すから!!」
ぶっ飛んだ回答に頭を悩ませる花魁坂。
昔からこんな感じ、危なくなったら殺せば問題ナシ!という思考回路の持ち主で同期の間ではサイコパスなのでは?と噂が広がる始末である
「まぁ…なるちゃん強いけど無茶して怪我したら怒られんの俺よ!?」
「それは…………どうにかする!」
「それないやつじゃん…勝算とかあんの?」
「?殴って殺せば良くない?だめ?」
「思考がバイオレンス…絶対無茶しないでよ。いい?絶対、だよ?!」
「任せとけ!」
不安しかない回答に頭痛がしてきた花魁坂は後ろ髪を引かれながら、全開笑顔の鳴海に一旦別れを告げた。
危険な状態の花魁坂、そして突然自分の前から姿を消した鳴海。
鳴海が間違いなくさっきの現場に戻ると踏んだ皇后崎は、2人がいるであろう火葬場前へと向かった。
だがそんな彼の前に、蓬が立ちはだかる。
お互いに血触解放し、戦い始めて数分…
相対している蓬の背後に、皇后崎は1つの人影を見つける。
「(ん?あれ、まさか…)」
「戦闘中に余所見なんていい度胸っすね。」
「(やっぱりこっち来てたか…!)」
「無視っすか。舐められたもんっすね!」
イライラMAXの蓬の攻撃をかわしつつ、皇后崎は向こうから走ってくる鳴海を確認した。
自分に何かを伝えようとしているようだが、こちらが戦っているため、なかなか落ち着いて内容を把握できない。
この状態が続けば、いつかは蓬に鳴海の存在がバレる。
そこで皇后崎は内容把握を後回しにし、まず彼を隠す方へ作戦をシフトした。
目線で通路の上にある配管に上がるよう合図を送れば、鳴海はすぐに意図を理解するのだった。
菌で自分を覆ったかと思うと景色に溶け込むように姿を消した。小さく息を吐いた皇后崎だったが、次の瞬間…!
蓬が無数に出していた箱の1つに閉じ込められてしまう。
「(しま…!)」
「あ…」
「はい、これでもう私の許可がないと出られないっす。一丁上がりっすね。」
「ふんっ!」
そう言った鳴海は、蓬の脇腹を狙って蹴りを繰り出した。
それをもろにもらい吹っ飛んだ蓬
「感触的に肋折れたかな?綺麗に折れたかも。もっと雑に折れるようにしないと」
「この野郎…あんた無陀野のイロ…っすよね。先輩に連れ帰るよう言われてるんで、一緒に来てもらうっす。」
「は?嫌なんですけど〜?新手のナンパ?趣味悪ぅ…って迅ちゃん!!」
「こっからが面白いっすよ。」
笑みを浮かべた蓬が少し指を動かすと、それに合わせて皇后崎を閉じ込めている箱がグググと小さくなっていった。
最初は幅が狭まり、それからだんだんと高さが低くなっていく。
「体って結構小さくなるんすよ。圧死するまで体感してってくださいよ。」
「迅ちゃん出してあげるから我慢してね。こんな脆いのなんかすぐ壊してあげるから!」
「は?」
「無理っすよ。これは絶対に壊せないし壊すことが出来ないんすから。圧死確定っすね。」
「せーーーのっ!」
蓬の話を無視して鳴海はある一点に向かって拳を叩きつけた。
素早く叩き込み内部へと浸透させていくように殴り続ける。
するとだんだんヒビが入り、蓬の箱は粉々にになった。
蓬は驚いた顔をして立ち尽くす。
「ほら、脆い」
「てめぇ…」
背後から聞こえたボンという音に振り返る。
投げ捨てられたアグリの首と共に現れたのは、和室でバラけた同期の矢颪だった。
「こんな雑魚で俺を殺せると思ってんのか?舐めすぎだろ!イラつくぜ!発散させろよ!この怒りをよぉ!」
「引っ込んでろ。」
「あぁ!?命令すんじゃねーよ!イラついてんだこっちは!俺があの桃太郎を…桃……なんだその格好!無闇に露出しやがって!」
「別にいいっしょ。」
「碇ちゃんそこはどうでもいいよ」
「よくねーよ!TPO考えろ!馬鹿が!肌なんか出しやがって!イライラする…!つーか、お前そこで何してんだよ!」
「何してるって…あ、これ倒してよ。」
「しょうがねぇな!…今日の怒りは何を生む?」
親指に歯を当て血を流すと、矢颪もまた自身の血を解放した。
床へと落ちた血は、少しずつ形を変えていく。
皇后崎の時と同じように無数の箱を繰り出す蓬だったが、その合間を縫って矢颪がもの凄いスピードで向かって来た。
そして勢いそのまま、蓬の顎を蹴り飛ばすのだった。
「くっ!(なんだ今の速さは…首持ってかれるかと思った。)」
「ちっ、今回は”ハズレ”だ。怒りの質がわりーな。今日はブーツか。」
「(碇ちゃんの血触解放…!すごいな。)」
不意にその場にいた全員が揺れを感じる。
それは最初こそ小さかったが、徐々に強さを増し、気づけば通路を崩壊させんばかりの揺れになっていた。
「おい!なんだ、揺れてんぞ!?勝手に揺れんじゃねー!」
「このまま揺れ続けたら、支部が崩壊する…」
「だな。どういうことだ…」
収まる気配を見せない揺れに不安を感じながら、鳴海たちは天井を見上げるのだった。
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