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初恋
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刀鍛冶の里での戦いで負傷した、炭治郎、玄弥、蜜璃、無一郎は帰ってきて暫くの間、超屋敷で療養していた。
無一郎が記憶を取り戻したと聞き、椿彩もとても喜んでいた。
柱の2人はわりとすぐに回復し、蝶屋敷を後にした。
柱合会議から数日後、無一郎が蝶屋敷を訪れた。
「あら?時透くん。今日はどうしましたか?」
「…胡蝶さん…僕、なんだか身体がおかしいんです」
“痣を発現させた者は、例外なく25の歳で命を終える”
先日聞いた言葉が脳裏をよぎり、早速体調に変化が出てしまったのかと心配になるしのぶ。
「僕…記憶を取り戻す前からつばさといると不思議な感覚になるんです……。胸がドキドキしたり、ぎゅってなったり。不快な感じはないんですけど……。気付くとつばさのことを考えちゃって……」
あらあら、まあ…としのぶは口元が緩みそうになるのを必死で堪える。
「戦いの後ここ(蝶屋敷)でお世話になってる時も、つばさの顔を見る度に鼓動が速くなって。…それに僕の記憶が戻ったことをすごく喜んでくれた彼女の笑顔が、僕自身も堪らなく嬉しくて 」
本人は気付いていないようだが、無一郎の頬が赤くなっている。
しのぶは少しだけ、無一郎をからかってやりたくなってしまい、神妙な面持ちで口を開く。
「時透くん…残念ですが、その症状に効く薬や治療法はありません」
「えっ…!?」
案の定、動揺する無一郎。
笑いを堪えるのが大変になったので、しのぶはからかうのはもうやめることにした。そして、優しい口調で言葉を紡ぐ。
「時透くん。それはね、“恋”というものですよ。あなたは椿彩のことが好きなんですね」
「僕が…つばさを好き??…恋……?」
無一郎がしのぶに言われた言葉を反復する。
「そうです。時透くんには、たくさん好きな人がいるでしょう。炭治郎くんだったり、悲鳴嶼さんだったり、お館様だったり。でもね、椿彩への“好き”は特別なんですよ。他の人には椿彩に対する感覚はないんでしょう?」
「はい…つばさに対してだけです。こっちを向いてほしい、僕だけにその笑顔を向けてほしいって思ってしまうんです」
「それは紛れもなく恋ですね。気付かなかったということは、初恋でしょうか?おめでとうございます」
しのぶがにっこり笑う。
初恋……僕…つばさのことが好きなんだ……。
自覚した途端、無一郎は身体中が熱を帯びていくのを感じた。
「椿彩はとてもいい子です。優しくて、努力家で。そんな彼女を、時透くんが好きになってくれて、私もとても嬉しく思います。……ただね…」
「?」
「気掛かりなのは、あなたが好きになった彼女は、少々特殊な相手だということです」
しのぶが少しだけ顔を曇らせる。
「椿彩は別の世界から来た…それはあなたも知っていますね。その恋が実っても実らなくても、いつかは彼女が元いた世界に帰る日が来るかもしれないということを忘れないで。いつまでもずっと、椿彩が鬼殺隊にいてくれるとは限らないのです」
「…そっか…そうですよね……」
もし、この恋が成就しても、いつかは別れる日が来るかもしれない。
この想いを胸の内に秘めたまま別れても、それを引きずって生きていくことになるかもしれない。
「……僕はどうしたらいいんでしょうか…」
「それは私には答えかねますね。何が正しいのか、最善は何なのか、導き出す答えは人それぞれ異なると思います。……他の柱の皆さんにも相談してみるといいですよ。きっと親身になって話を聞いてくれる筈ですから」
「…はい……」
すっかり気を落としてしまった無一郎に、しのぶが続ける。
「大事なのは、いつかは別れる日が来るかもしれない椿彩と、たくさんの思い出を作ることですよ。たくさんお喋りして、たくさん美味しいものを食べて。彼女が元の世界に戻った時に、ここでの思い出を胸に頑張れるように。記憶の中の椿彩の笑顔を力に、あなたが自分自身を支えられるように。ね」
しのぶの言葉に、顔を上げた無一郎の表情が少し明るくなった。
「分かりました。胡蝶さん、ありがとうございます」
診察室を後にすると早速、 恋心を自覚してすぐの相手を見つけてしまった。
庭でシーツ等の大物の洗濯物を干している椿彩。上手く竿に引っ掛けられないのか苦戦しているようだった。
「つば………っ!…」
声を掛けようとしたら、見慣れた男が椿彩のところに現れ、シーツを干すのを手伝い始めた。
風柱の不死川実弥だった。
何やら話をしているが、無一郎にはその内容までは聞こえなかった。
なに…あれ……。
見たこともないような優しい表情で愛おしそうに椿彩の頭を撫でる実弥と、嬉しそうに顔をほころばせる椿彩。彼女があんな風に笑うなんて、無一郎は知らなかった。
「……何してるんですか」
「ぅお!?時透…いつの間に!」
『あ、無一郎くん』
突然声を掛けられ顔を赤くして椿彩の頭に乗せた手を退かす実弥と、対照的にけろっとした表情で名前を呼んでくる椿彩。
「…不死川さん…随分とつばさと仲良しなんですね……」
「え?…ああ、まあな」
『実弥さんね、シーツを干すのを手伝ってくれたの』
知ってる。だって見てたもん。
それにしてもなんで“さねみさん”呼びなわけ?
「つばさ…不死川さんのこと好き?」
「お…おい、時透!」
『え?うん、好きだよ』
「「!?」」
相変わらず、けろっとした顔で答える椿彩。
『実弥さんも冨岡さんも煉獄さんも伊黒さんも宇髄さんも悲鳴嶼さんもみーんな大好き。頼れるお兄さんみたいで』
無一郎は最後の2人はお兄さんっていうよりおじさんなんじゃ…と思ったが口にするを我慢した。
椿彩の返答に、顔を赤くしながら“参った”とでも言いたげな表情で笑う実弥。
「ん…まあ、俺にとっても椿彩は妹みたいなもんだよ」
そう言って実弥は再び椿彩の頭を撫でる。
彼もしれっと名前で呼ぶようになっていた。
椿彩も先程のように無一郎が見たことのない顔で微笑んだ。
それを見て無一郎の胸がぎゅっと苦しくなる。
「……僕は?」
『え?』
「さっきつばさが大好きって言った人たち、柱の男衆だった。僕が入ってない」
珍しくぶすくれる無一郎に、実弥はそこでピンときたようだ。
「椿彩よォ、時透の奴拗ねてんぞ。時透にも大好きって言ってやらねえと」
『あ。無一郎くん、私、もちろん無一郎くんのことも大好きだよ?』
「……………」
椿彩の取ってつけたような言葉に、黙ったままの無一郎。
あーあ、こりゃ完全にご機嫌損ねちまったなァ。
しっかし“あの”時透が恋しちまったか〜…。
とりあえず、邪魔者は退散しようかね。
「んじゃ、俺は帰るから。椿彩、頑張れよォ」
『あっ、はい!実弥さんありがとうございました!……ところで頑張るって何を??』
「時透のご機嫌を直すのをだよ」
実弥は最後の最後で無一郎をからかいたくなってしまい、別れ際にまた椿彩の頭を撫でて、そのまま前髪を少し掻き分け、あろうことか彼女の額にそっと口づけを落とした。
「!?」
目を大きく見開いて固まる無一郎と、ぽかんとする椿彩をその場に残し、実弥は必死に笑いを堪えながら蝶屋敷を後にした。
そして、いつの間にその場にいたのか、健康診断を受けに来ていた伊黒に先程のやり取りを途中から見られていたようで、「あまり後輩をいじめてやるな」と呆れられたのだった。
『実弥さんって意外と欧米風のスキンシップとるよね、無一郎くん』
「……………」
『えーっと…無一郎くん?』
「………さっきの……おでこに口づけなんて…つばさは嫌じゃないの……?」
『うん、べつに抵抗ないよ』
本当に抵抗がないのだろう。椿彩は頬を赤く染めることもなく、いつも通りといった様子だった。
それを見て無一郎は内心ほっとする。
『無一郎くんは、今日はどうしたの?具合が悪かった?』
「…ううん…平気……」
自分の状態を身体の不調と思って相談したら、それは恋だと教えられ急に椿彩を意識してしまったなんて言えない。
椿彩に顔を覗き込まれて、無一郎は心臓が大きく脈打つのを感じた。
『そう?なんかいつもと様子が違うみたい』
「…っ…だ、大丈夫だよ。ほんとに」
『んー、そっか。それなら安心した』
にこっと微笑んだ椿彩に、より一層脈が速くなる無一郎。
「……ねえ、つばさ」
『なあに?』
「………抱き締めてくれる?」
『えっ?』
「…なんか僕、今ものすごくつばさに抱き締められたい気分なんだ」
無一郎くん、今日はほんとにどうしちゃったんだろう。
『…いいよ。じゃ、こっちに来て』
「?」
『そこだと丸見えでしょ。私はそういう文化の人が身近にいる環境で育ったから、おでこのキスもハグも抵抗ないけど、そうじゃない人が見たらびっくりしちゃうだろうから』
「……そっか」
先程実弥が干すのを手伝ってやったシーツの向こうへ移動する2人。
そして、俯いた無一郎を椿彩が優しく抱き締める。
ふわりと広がる、石鹸の香り。
『無一郎くん』
「………」
『さっきも言ったけど、私、無一郎くんのことも大好きだからね?』
「…………ほんと…?」
『当たり前じゃない。さっきだって、無一郎くんのこと忘れてたわけじゃないんだよ。柱の中で、無一郎くんだけ私より年下だから“お兄さん”とは違うと思ってて。…大好きじゃなかったら、こんな風にぎゅってしたりお誕生日をお祝いしたり、お家に泊まったりなんかしないよ』
「………ん…そっか……」
無一郎もそこでようやく椿彩の身体に腕をまわす。
僕…さっき不死川さんに嫉妬した……。つばさのあんな顔、僕には向けてくれたことなかったから悔しかったんだ。
力強くて頼もしいあの人と、年下の僕とじゃ何の勝負にもならない。
どれだけ鍛えて今よりもっと逞しい身体つきになっても、年齢の差はどうしようもない。
4姉弟の“お姉ちゃん”であるつばさが、“お兄さん”という存在に憧れを抱いているなら尚更、僕なんて他の柱の男の人たちと同じ土俵に立つことすら不可能だ。
悔しい。悔しい……。
…ああ、こんなに嫉妬するくらい、僕、つばさのことが好きなんだ……。
じわりと無一郎の目に涙が滲む。椿彩の肩に顔を押し付け、それをバレないように彼女の隊服に染み込ませる。
気付いているか否か、椿彩が無一郎の背中を軽く叩いて声を掛ける。
『無一郎くん』
「…………」
『今日は私お食事当番じゃないんだ。だから無一郎くんが迷惑じゃなかったら、またごはん作りに行ってもいい?』
「……っ!…うん!」
ぱっと身体を離し、ようやく笑顔を見せた無一郎。
『よかった〜!やっと笑ってくれた』
安心したように、椿彩も微笑んだ。
『じゃあ、残りのお洗濯物急いで干しちゃうから、ちょっと待っててね』
「僕も手伝うよ」
『いいの?ありがとう』
2人で残りの洗濯物を竿に干し、無一郎の自宅へ向かった。
道中、黙っていた無一郎が口を開く。
「…ねえ、つばさ」
『ん?』
「なんでごはん作りに行こうかって言ってくれたの?」
『だって無一郎くん、元気なかったから。無一郎くんの好きなもの作って食べてくれたら、また笑顔になってくれるかなーと思って』
眉をハの字に下げて笑う椿彩の表情に、無一郎の胸がちくりと痛む。
ごめんね、つばさ。心配させちゃってたんだね。
「つばさ、ありがとう。僕もう大丈夫だよ。…食べたいの、言っていい?」
『よかった。うん、いいよ』
「ふろふき大根が食べたい」
『あ、やっぱり?そう言うと思った!』
先程とは違う椿彩の笑顔を見て、無一郎の胸の痛みが取れて、身体の中心が温かくなるのを感じた。
霞柱邸に着き、無一郎の好きなふろふき大根と、その他にも3品程の夕食を作り、一緒に食べた。
そして帰りは今日も無一郎が椿彩を蝶屋敷まで送り届ける。
昼間ぶすくれていた無一郎の機嫌は、その時にはすっかり直っていたのだった。
つづく