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夏休みの始まり。
高度育成高等学校の生徒たちは、
南の島へ向かう豪華客船に乗り込んでいた。
広々とした船内。
どこまでも続く青い海。
そして、これから始まる特別試験。
非日常の景色に胸を躍らせながらも、
ひなの視線は自然と一人の少年を探していた。
綾小路清隆。
彼は相変わらず落ち着いた様子で、
船内の様子を静かに観察していた。
その日の夜。
ひなは一人でデッキに出ていた。
潮風が髪を揺らし、
頭上には満天の星が広がっている。
「こんな景色、初めて……」
感動しながら海を見つめていると、
背後から聞き慣れた声がした。
「やっぱりここにいたか」
振り向くと、綾小路くんが立っていた。
「綾小路くん!」
「櫛田から聞いた。星を見るのが好きなんだろ」
胸の奥が温かくなる。
「覚えていてくれたんだ」
「まあな」
二人は並んで手すりにもたれ、静かに星空を見上げた。
波の音だけが優しく響く。
しばらくして、ひなは小さく呟いた。
「これからの試験、ちょっと不安かも」
綾小路くんは海を見つめたまま答える。
「心配しなくていい」
「どうして?」
「お前なら、周りをよく見て動ける」
その言葉に、胸がじんわりと熱くなる。
「……そんなふうに思ってくれてたんだ」
「ああ」
綾小路くんの声はいつも通り落ち着いている。
けれど、その一言には確かな信頼が込められていた。
少しの沈黙のあと、
ひなは勇気を出して口を開いた。
「綾小路くんは……不安じゃないの?」
彼は夜の海を見つめたまま、小さく肩をすくめる。
「不安がないわけじゃない。ただ、考えても仕方のないことは考えすぎないようにしている」
「そっか……」
「それに」
そこで彼は、ほんの少しだけ視線をひなへ向けた。
「お前がいると、落ち着く」
その瞬間、ひなの心臓が大きく跳ねた。
潮風が頬を撫でる。
でも、それ以上に顔が熱くなっていくのを感じた。
「……私も、綾小路くんといると安心するよ」
そう伝えると、彼は静かに頷いた。
「なら、お互い様だな」
頭上には無数の星。
目の前には静かな海。
そして、隣には綾小路くん。
それだけで、この夜が特別なものに思えた。
「ひな」
不意に名前を呼ばれ、どきりとする。
「今回の試験でも、無理はするな」
「うん」
「困ったことがあれば、俺を頼ればいい」
その言葉に、胸の奥が温かさで満たされていく。
「……ありがとう」
ひなが微笑むと、
綾小路くんはほんの少しだけ口元を和らげた。
「お前の笑顔を見ると、安心する」
その一言で、嬉しさがあふれそうになる。
部屋へ戻る時間になり、
二人はデッキを後にした。
別れ際、綾小路くんは立ち止まり、静かに言う。
「また明日」
「うん。また明日」
いつもと同じ言葉。
それなのに、今夜はいつも以上に特別に聞こえた。
自室に戻ったひなは、ベッドに腰を下ろして胸に手を当てる。
星空の下で交わした言葉。
隣に並んで見た海。
そして――
“お前がいると、落ち着く。”
その一言が、何度も心の中で響いていた。
恋の方程式は、まだ解きかけのまま。
けれど確かに、
綾小路清隆という存在は、
ひなの青春に欠かせない答えになりつつあった。