怪我人の治療を行っているダンスホールにもいない。避難場所にもいない。
となると、残る可能性は……。
(どこかでまだ、助けを待っているの……?)
そうよ。ロザリーは王城どころか、社交の場も初めてなんだもの。
なのに紫焔獣まで現れたら……必死の思いでどこかに隠れ、恐怖のあまり動けなくなっているのかもしれない。
ううん、それどころか。大怪我を負って、ひとりで苦しんでいるのかも――。
「っ! ロザリーを、探さなきゃ」
紫焔獣の発生源が特定できていない今、再び襲撃に遭う危険性があるのは重々承知している。
けれど……だからといって、このまま黙ってロザリーの無事を祈るだけなんて出来ない。
ルキウスをはじめとする遊撃隊の皆も、城内のどこかにいるはず。
もしどこかで会えたら、事情を離して協力してもらえれば……!
(他の隊員の方々がいる周辺は、きっともう探されているはずよね)
ならば私が探すべきは、人の少ない、かつ死角になるそうな場所。
出歩いているのが見つかったら、外は危険だと連れ戻されてしまうに違いない。
私は慎重に、柱や物陰に隠れながら、隊員たちの目を盗んで人気のない通路を選んで進んでいく。
(でも、こんな状況で誰も探しにこない場所なんてあるかしら……)
「……あ」
ある。一か所だけ。
王城の中で、誰も近寄りたがらない場所……!
歩を早める。目的地に近づくにつれ、確実に人の気配が薄まっていくのを感じながら辿り着いたのは――。
「白薔薇の、庭……っ」
とっくに花弁の存在しない、葉と枝のみが鎮座するその空間。
私はすうっと息を吸い込み、
「ロザリー! いるのなら返事をしてちょうだい……っ!」
「――マリエッタ様」
「!」
白薔薇の木の背後から、そろりと姿を見せたのは、間違いなく探し続けていた彼女。
「ロザリーっ!!」
私は咄嗟に駆けだして、ロザリーの両肩を掴みながら、
「ああ、良かった怪我はない!? 見つけるのが遅くなってしまってごめんなさい……!」
首を必死に巡らせて全身を確認するも、目につく傷は存在しない。
ドレスの汚れも見当たらないし、どうやら無事なようだと悟った途端、安堵に涙が浮かんできた。
「本当に、良かったわ……。ロザリーが無事で。あなたに何かあったらと、私、ずっと心配で……っ」
とうとう涙を零してしまった私に、ロザリーは困ったように微笑みながら、
「……私なぞの身をご心配いただき、心からの感謝を申し上げます。マリエッタ様」
私の目じりをそっと拭ってくれた指先を、私は勢い任せにぎゅっと掴んで、
「心配するにきまっているでしょう!? だってロザリーは、私の大切なお友達なのですから……っ!」
「マリエッタ様……」
「一人で心細かったでしょう? ごめんなさい、私が会場を離れなければ、この手を引いてあげられましたのに。謝罪は後ほど、改めてさせてくださいませ。今はとにかく、避難所に参りましょう。紫焔獣が再び襲ってくる危険があるようですの」
さあ、と避難所へ続く通路を目指し、ロザリーの手を引こうとした。が、
「マリエッタ様」
ぐっと。ロザリーが手に力を込め、私を引き留める。
「ロザリー……? もしかして、怖くて動けないとか――?」
「マリエッタ様。私と共に、逃げてはくださいませんか」
「……? え、ええ、もちろんよロザリー。ですから共に避難所へ……」
「いいえ、避難所へではありません。この国を捨て、新たな国へと、共に向かってはくださいませんでしょうか」
「……え?」
(この国を捨て、新しい国へ……?)
ロザリーは、なにを言っているのだろう?
(ああ、そうだわ。きっと、とても怖い思いをしたのね)
紫焔獣はなぜか、この国にしか発生しない。
だからロザリーは一緒に、紫焔獣の発生しない他国へ逃げてほしいと懇願しているのだわ。
「……ロザリーの気持ち、わかるわ。あんなものが襲ってくる国だなんて、怖くて不安になってしまうわよね。無理もないわ。まずは落ち着いて話をするためにも、避難所へ行きましょう。ここで話していては、騎士様たちもなかなか見に来てはくれないでしょうし」
「……ですから、ここにしたのです」
「え……?」
「もしも来て下さらなければ、諦めるつもりでした。ですがこうして、来てくれた。マリエッタ様、私達の運命はやはり、繋がっているのです。これはきっと、聖女様のお導き」
「ロザリー?」
「マリエッタ様。私はあなた様に救われ、あなた様との約束だけを糧にここまで耐え抜いてきました。王子として国への敬愛を優先するアベル様とも、騎士たる献身に固執するルキウス様とも違います。私には、マリエッタ様だけ。マリエッタ様だけが、純然たる光なのです。その光を曇らせる者は、何人たりとも許せません。それがたとえ、あなた様が心を寄せたお相手だろうと」
ですから、と。
ロザリーはなおさら強い瞳で私を見つめ、私の手を繋いだまま両の膝を地につき、
「私と共に参りましょう、マリエッタ様。少々生活の質は落ちてしまいますが、この身も心も、全てを尽くして生涯をお守りすることを誓います。今は友の情で構いません。いいえ、一生友のままでも。ですが私はマリエッタ様が、いついかなる時も輝いていられますよう。他の誰でもなく、私が。一番の愛と敬意をもって、この手をお支えいたします」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいませ、ロザリー。言っている意味がよく……!」
(な、なんだかロザリーが変だわ)
だってこの言いようではまるで、友情というよりも愛の告白のような――。
「――マリエッタ、離れて」
「!?」
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