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かんな
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「……柊吾さん?」
「ひゃいっ!!」
覗き込んでくる瑞樹の視線に、裏返った悲鳴が飛び出す。
このまま深入りしたらマズいという本能的なアラートが頭の中でガンガン鳴り響いた。柊吾はまたしてもパニックになり、力任せに話題を明後日の方向へ蹴り飛ばした。
「あ、あの! 黒瀬さん、介護のお仕事って……シフト制で慣れるまで体調管理とか大変ですよね……!?」
(また僕は何を聞いてるんだ!!)
一度狂った歯車は止まらない。喉まで出かかった「この前は逃げちゃってごめんなさい」の一言がどうしても出てこず、柊吾はどうでもいい質問でその場の空気を誤魔化そうと必死だった。
「そうですね。夜勤もありますし慣れるまでは大変ですが、今は自分のペースを作れていますから大丈夫ですよ」
瑞樹は嫌な顔一つせず、温かいお茶の湯気の向こうで穏やかに微笑む。元アイドルでありながら今は社会から取り残されている自分と違って、社会の中で着実に生きている瑞樹の余裕のある姿が、余計に柊吾の情けなさや引け目を際立たせた。
「……そ、そうですか。……あ、近藤さんってすごく仕事ができて素敵な方ですよね。黒瀬さんとも息がぴったりで……」
自分からその名前を出しておいて、頭に浮かぶのはあの日の二人の親密な姿だ。
瑞樹が「そうですね、近藤先輩は本当に尊敬できる人です」と答えるたびに、さっきの『大切な人』の存在も相まって、柊吾の胸の奥がじりじりと焼けるように焦げ付いていく。
(……なんで自分で聞いておいて、こんな嫌な気持ちになってんだろ……)
勝手に疑心暗鬼になり、勝手に傷ついて視線を落とす柊吾。
そんな柊吾の不自然な態度と揺れる瞳を、瑞樹は眼鏡の奥から静かに見つめていた。ふっと湯呑みをテーブルに置くと、低く澄んだ声で告げる。
「近藤先輩も素晴らしい方ですが――俺が一番すごいと思うのは、柊吾さんですけどね」
「え……?」
不意を突かれ、柊吾は弾かれたように顔を上げた。
「四年間……たった一人で、逃げずにご家族を支えて来られた。本当に、よく耐えましたね。俺なら途中で投げ出していたかもしれません」
まっすぐに見つめてくる、真摯な眼差し。
アイドルを辞め、表舞台から消えてただ母の介護に追われてきた自分。格好悪くて、情けなくて、惨めだと思っていた空白の4年間を、この人は真っ直ぐに肯定してくれる。その温かい言葉が胸の奥に染み込んだ瞬間、渦巻いていた暗い情念も不気味な違和感も、全部綺麗に吹き飛んでしまった。
「っ……黒瀬さん……」
目の前がじんわりと熱くなる。この一言をもらえただけで、世界が一気に明るくなった気がした。
(ダメだ……僕、この人の言葉ひとつで、一瞬で救われちゃう……)
帰り際、玄関でようやく「この前は逃げてすみませんでした!」と頭を下げることができた柊吾に、瑞樹は優しく「気にしないでください。僕が柊吾さんに怒る理由なんてありませんから」と笑ってくれた。
コメント
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「俺が一番すごいと思うのは、柊吾さんですけどね」——この一言で全部持っていかれました。自分では情けなくて惨めだと思ってた四年間を、真っ直ぐ肯定してくれる人がいるって、本当に救われることですよね。慌てて話題をそらす柊吾さんの不器用さも愛おしくて、最後にちゃんと謝れてよかった……! お似合いすぎてにやけてしまいます。