第13話:君だけが違う
夕方、校舎裏。
空気清浄塔の影で、ナナはフェンスに背中を預けていた。
陽は傾き、都市のビル群が長い影を落としている。
制服の胸ポケットに差し込まれた青い管理IDが、赤い光を一瞬だけ反射した。
ミナトは無言で、隣に座った。
手に小さなスケッチ帳を持っている。中には詩の断片たちが、折り重なるように書かれていた。
ナナはそれを見て、ぽつりと呟いた。
「……やっぱり、君だけは違うんだよ」
彼女の声は小さく、でもはっきりと芯があった。
「他の子たちも、“感情”はあると思う。
でもそれって、“自分の中だけ”に閉じ込められてるように見えるの」
「誰かのことを、思って言葉にしてる人、ほとんどいない」
ナナは少し間をあけて、前を見たまま続けた。
「……あたし、ずっと怖かったんだよ。
何を感じても、それが“正解”じゃないって言われる。
“あなたの気持ち”より、“社会の形”のほうが大事だって」
「でも君は、違った。
君の言葉は、**“誰かの痛みを見ようとしてる”**んだよ」
ミナトは、ゆっくりと彼女の横顔を見た。
ナナの瞳は、人工光の中でほんの少し濡れていた。
それでも涙は落ちない。
風が髪を揺らす。制服の袖がはらりとめくれ、そこに小さな手書きのメモが覗いた。
> 「誰かのことを思って書いた言葉は、
> 自分の体の中にも火をつける」
> ――イズミ・ナナ
「……これ、君の詩に返したの。はじめて自分で書いた」
「まだ、怖いけど」
「でも、“言葉”って、ひとりじゃないって感じがするから」
ミナトは、ゆっくりとメモを受け取った。
文字は震えていたけれど、そこにははっきりとした“温度”があった。
「ありがとう」
その一言に、ナナは驚いたように目を見開いた。
“感謝”という言葉が、ここまで自然に返ってくるのを聞いたのは、久しぶりだった。
その日の夜。
ミナトの端末には、またしても通知が届いていた。
「対人共鳴スコア異常:観察対象昇格」
「新たな関係性反応が検知されました」
彼は通知を閉じ、スケッチ帳の最終ページを開いた。
> 「感情は、ひとりじゃ生まれない。
> 共鳴して、言葉になって、
> 世界がやっと“少しだけ”変わる。」
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