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第34話 〚借り物競争と、近づく影〛
運動会の中盤。
校庭に、
ひときわ大きな歓声が上がった。
「次はー!借り物競争!」
澪は、
胸の前で手を組んだ。
(人混み……苦手だけど)
でも、
さっきの大玉転がしよりは、
少し気が楽だった。
走る距離は短い。
探し物をして、戻るだけ。
――そのはずだった。
先に走り出したのは、
白組の橘海翔。
軽やかにカードを引き、
一瞬、固まる。
「……は?」
カードを見たまま、
数秒。
次の瞬間。
「おい、ちょっと待て」
そう言って、
一直線にこちらへ向かってきた。
「……?」
澪が戸惑う間もなく、
目の前に立つ。
「澪」
低く、でもはっきりした声。
「え、なに——」
「借り物」
そう言って、
カードを見せる。
そこに書かれていたのは――
『好きな人』
一瞬、
時間が止まった。
周囲が、
ざわ、と音を立てる。
「は!?」
「え、マジで!?」
澪が言葉を失った、その瞬間。
視界が、ふっと揺れた。
「……っ!?」
海翔が、
澪を抱き上げた。
――お姫様抱っこ。
「な、なにして……!」
顔が一気に熱くなる。
「走る方が早いだろ」
そう言って、
海翔は迷いなく走り出した。
校庭が、
一斉に沸く。
「うわあああ!!」
「橘ーー!!」
「やばすぎ!」
澪は、
必死で海翔のジャージを掴む。
(落ちる……!)
でも、
腕はしっかりしていて、
揺れは少ない。
「……ちゃんと掴まって」
耳元で、
小さく言われた。
心臓が、
うるさいくらい鳴っていた。
ゴール。
テープを切った瞬間、
さらに歓声が上がる。
海翔は、
そっと澪を下ろした。
「ありがとな」
澪は、
声が出なくて、
ただ小さく頷いた。
その光景を――
少し離れた場所から、
恒一が見ていた。
唇を、
ぎゅっと噛みしめている。
(……奪うな)
(俺の、澪だろ)
その目は、
さっきよりも、
はっきりとした敵意を帯びていた。
――次。
今度は、
澪の番。
カードを引く。
『スルー』
一瞬、
意味が分からなかった。
「……?」
先生が、
淡々と言う。
「はい、そのままゴールしていいですよ」
澪は、
少しだけ肩の力を抜いて、
一人で走り出した。
視線を感じる。
背中に、
突き刺さるような。
(……来てる)
予知は、
起きなかった。
でも、
感覚だけが、
強く訴えてくる。
――近づく影。
ゴールした澪の背後。
人混みに紛れて、
恒一が立っていた。
誰にも気づかれない距離。
でも、
確実に、
距離は縮まっている。
それを、
えまが見ていた。
しおりも。
みさとも。
「……ねえ」
えまが、
低い声で言う。
「借り物競争、終わった後」
「澪、一人にしない方がいい」
しおりが、
静かに頷いた。
「うん。
“影”、近すぎる」
みさとは、
冗談を言わなかった。
「……次、来るよ」
校庭の空は、
晴れている。
でも――
確実に、
何かが迫っていた。